第18話 炎嵐弓

 どうも僕が通りすがりの回復術師と疑われたようなので、しばらくは家の中での作業に集中することにした。

 ミィスも僕の助手になってくれているので、退屈はしない。

 今回の作業内容は、ポーションだけではなく道具生成である。


「せっかく錬金術が使えるんだから、色々試したいよね?」

「で、なんでボクの弓を使うの?」

「ミィスの弓が弱いと思ったから」

「グサッと来るなぁ」

「腐らないの。君はまだ成長途中なんだから」


 とはいえ、現状は成長を待ってくれない。

 僕は異世界転生した身であり、いつまで彼と一緒に居られるか分からない。

 ならば、僕がいなくなっても大丈夫なように、彼を補助してやるのは悪いことではないだろう。


 現在はロバーズボウを貸し出してはいるが、それだけでは少し物足りない。

 確かに迷宮表層の敵は一撃だったが、これが中層や、さらに深い階層の敵となると、そうもいかないだろう。

 そこまで足を伸ばすつもりはないが、大は小を兼ねるとも言う。もう少しマシな弓を持たせてやりたい所存。


「えーと、キマイラの皮、ワイバーンの腱、エルダートレントの木材……」

「待って待って。それだけでなんだか不穏な気配がするんだけど!」

「気にしない気にしない。えっと、皮と芯材と弦の素材はこれでいいとして、複合弓にするにはもう二種くらい木材が欲しいね」

「こ、これ以上強くするの?」

「骨を使おうか。ファイアードレイクの肋骨」

「それ、一匹でも出たらこの村が滅ぶよ?」


 ドレイク種は、ドラゴンほどではないが、強敵に属するドラゴンの眷属だ。

 ゲーム内でも後半にならないと出てこない敵なのだが、得られる素材はかなり高級な武器の材料になる。

 それらを錬成台の上に並べると、目の前にレシピ画面が現れた。


「あれぇ?」

「どうかしたの?」

「いや、これ……」


 どうやらレシピ画面はミィスには見えていないらしい。

 そこに表記されていたアイテムは、灼牙刀という刀の一種だった。


「なんか刀ができちゃうみたいなんだよ」

「ボクに接近戦をしろと?」

「いやいや、そんな危険な真似はさせられない!」


 どうやら腱が弦の素材として認識されなかったっポイ。ポイポイ。

 レシピでは腱は柄の素材に使われていた。そこで糸を用意することにした。

 どうもこの世界に来てから、レシピにも微妙な修正が入っているっぽい。というか、僕のスキルをこの世界に無理やり合わせた感じだろうか?


「ワイバーンの腱はダメかな? じゃあエピックアルケニーの糸を……」

「それ、国が亡ぶ敵だよね?」

「そうだねー、迷宮の深層にいた敵の素材だね」

「シキメさん、あの迷宮に入ったことあるの?」

「あ、あそこの迷宮じゃないよ。別の迷宮」


 ここはゲーム内とは違う世界なので、強さの基準が異なる。

 エピックアルケニーは深層の敵だが、僕にとってはランダムエンカウントする雑魚的の一種に過ぎない。

 しかし、この糸はかなりいろいろなアイテムに使用することができたので、ゲーム内では非常に使い勝手が良かった。

 なので見つけ次第率先して倒しまくり、インベントリーに大量にアイテムが収納されている。


「今、この錬成台に乗ってるアイテムだけで、この村を全部買えちゃう気がするんだけど」

「あー、買えるかもしれないねぇ」

「こんなのでできた弓を持ち歩いてたら、ボクが襲われちゃうんじゃない?」

「あ、その可能性もあるか」


 そう言いながらエピックアルケニーの糸を錬成台に乗せた瞬間、再びレシピが開いた。


「お、今度は弓だ。でもこのままだとミィスが目を付けられちゃうのか」

「うん、ボクを殺して弓を奪って、よその村に行って売り払えば、凄い大金が手に入るね」

「それは困るなぁ。ミィスは僕のお嫁さんになってもらわないといけないし」

「お婿さんじゃないの!?」


 そう言いながら、今度は別のアイテムを錬成台に乗せる。

 今度はインビジブルストーカーというアンデッドの皮だ。

 インビジブルストーカーは透明なグールのようなモンスターで、その表皮は強力な隠蔽効果がある。

 この効果で姿を隠し、背後から急襲してくる面倒な敵だ。


「コレ、インビジブルストーカー」

「なんでカタコトなの?」

「いやなんとなく。ともあれ、これを一緒に錬成したら隠蔽効果が付くんだよね」

「へぇ、すごい!」

「そーであろう、そーであろう」


 素直に驚きの表情を見せるミィスに、僕の鼻は天井知らずに伸びていく。

 この反応の良さは、彼の魅力の一つだ。


「とにかく、錬成開始」


 ポーションの錬成と違い、こちらは素材の変形などが必要になってくる。

 使う錬金術系魔法も違うため、この世界では初めての武器錬成となる。


「まず、【変形】で形を整え、【融合】で素材を強化していく……」


 ベースとなるエルダートレントの木材が弓の形に変形し、その左右にファイアードレイクの肋骨が貼り付き、融合していく。

 それを取り巻くようにキマイラの皮が巻き付き、弦の部分をエピックアルケニーの糸が張られていった。

 性能は単純な弓だけなので、特殊な付与は必要ない。魔術式を組み込む手間は省ける。

 隠蔽効果はインビジブルストーカーの素材を【融合】した時に付与されているので、これも後付けで魔術式を組み込む必要はなかった。


「えーと……完成かな?」


 出来上がった弓は、一メートル程の複合弓コンポジットボウだった。

 これは狩りに使うには少し取り回しが悪そうだ。


「ま、まぁ問題は性能だよ」

「うん……」


 不安そうなミィスの視線に耐えかねて、僕は出来上がった弓に【鑑定】をかける。

 結果、出来上がったのは炎嵐弓という、非常に強力な弓だった。

 その威力はロバーズボウの三倍以上である。


「威力は問題なし。隠蔽効果も付いてるね」

「良かった。でもこれ、そのままでも目立つよ?」

「そこは外側に何らかの偽装を施そう」


 炎嵐弓の表面は、きらきらした赤い素材で覆われており、非常に目立つ。

 なので性能を阻害しない範囲で木の板やボロ布を貼り付け、できる限りみすぼらしく仕上げてみせた。


「どうかな?」

「これなら、目を付けられることも無さそう」

「弦の方はどう? 固くて引けないとかないかな?」


 ゲーム内では筋力の使用制限などは無かった。

 しかしここは現実。筋力が足りなければ引けないという可能性もある。

 ミィスは偽装した弓を手に取り、その弦を大きく引き絞る。


「うわ、すごく固いのになぜか引ける。気持ち悪い……」

「使用者制限が無いから、そのせいかな」


 ミィスが手を離すとバシュッという音を立てて、弓弦が鳴る。

 その音の鋭さに、この弓の威力が窺い知れた。


「実際の威力は、放ってみないと分からないね」

「今から試しに行ってみる?」


 わくわくした表情を隠そうともせず、ミィスは積極的にそう言ってきた。

 この子が自分からどこかに行こうと言ってくるのは、初めてかもしれない。


「お、ミィスがデートに誘ってくれるの? それは行くしかないじゃない!」

「もう、そうやってからかうのはヤメテよ」

「あはは、ごめんね。でも試射はした方がいいから、試しに行くのは賛成」


 僕の【火弾】の魔法のように、とんでもない威力を発揮する可能性がある。

 うっかり村の中で射てしまうと、周辺に被害を及ぼすかもしれない。

 そうなると、ただでさえ低いミィスの立場がさらに悪くなってしまう。

 そんなわけで、この日の午後は新しい弓の試射に向かうことになったのだった。

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