第17話 お買い物

 次の日、ポーションを納品した僕たちは、買い物に出かけていた。

 この日の目的は収納鞄。僕にはインベントリーが存在するので、必要ないと思われるかもしれないが、ミィスが勘違いしていた空間収納魔法はかなり高位の魔法で、これの使い手と思われるのは面倒を引き起こしかねない。

 そこでダミーを用意するため、収納鞄を一つ購入しておこうという話になっていた。


 しかしそこはそれなりに高価な魔道具のため、先立つ物が必要だった。

 そこでポーションの納品で稼いだ金を、ここで注ぎ込もうと考えていた。

 もちろん、インベントリーには頭が痛くなるほどの金貨が収まっている。しかしこれを使うと理性のタガが外れてしまいそうで怖かった。豪遊の結果、どこの富豪かと勘違いされる可能性がある。

 そして、金持ちは特に、トラブルに巻き込まれやすい。

 ましてや僕のように、身寄りのない美少女となると、狙う輩も多くなるだろう。


「ってわけでミィス、これってどうかな?」

「それはさすがに武骨過ぎない?」


 登山用リュックのような大きな背負い袋を担いで、ミィスに確認を取って見れば、あまりかんばしい答えは返ってこなかった。

 口が大きく容量が大きい分、拡張された収納力も高い。それでいて動きを阻害しない、非常に便利な品だったのに。


「ミィスはもっと可愛い方が好きなの?」

「うーん、そこまでじゃないけど、やっぱりもったいないというか……」

「ふぅん?」


 そこまで言われたら、色々試してみたくなるな。

 まずは少し小さいけど花や小鳥の刺繍の入ったウェストポーチを試してみる。

 腰回りのワンポイントになって可愛いのだけど、口が小さくて出し入れの際に薬草なんかを傷めてしまう可能性があった。


「実用性が少し……って感じかなぁ?」

「似合ってたけど、もったいなかったね」

「え、そうかな?」


 ミィスに似合っていると言われ、一瞬心が揺らいでしまった。しかし高価な品に手を出す以上、実用性は無視しがたい。

 続いて選んだのは大きなカバンの付いたショルダーバッグ。

 淡いクリーム色をしていて、白いシャツと薄紅色のスカートによく似合う。

 しかしこの世界に来てもう十日以上経つ。スカートや女性用下着にも、ずいぶん慣れてきたものだ。


「ほほぅ、これはこれは」

「うっ」

「いいね。実にいい」


 肩から斜めに掛けてみたが、肩紐が胸を圧迫し、その形がくっきりと浮かび上がる。

 この身体は豊満な方ではないが、全体的に華奢な分、胸が大きく見える。

 斜めに押されることで、その形状がはっきりと浮かびあがった形になる。

 薄い生地のシャツだから、先端までくっきりと。

 その攻撃力は、一瞬でミィスが視線を逸らせたほどだ。


「よし、これにしよう!」

「ヤメテ! 目のやり場に困っちゃう!」

「なに言ってるの。ミィスは毎日見てるでしょ?」


 一緒にお風呂に入っているのだから、おっぱいも下も丸出しである。

 そのたびに顔を真っ赤にしているミィスをからかうのが、日々の楽しみだ。

 しかしその言葉に、店内の別の冒険者がざわつく。

 この店は冒険に使う魔道具を扱っているため、それなりの数の冒険者が出入りしていた。


「おい、ミィスの野郎……」

「シキメちゃんの胸を毎日見てるだと?」

「そういやアイツの家って、仕切りとか無い掘立小屋だよな」

「ってことは着替えも?」

「フルオープンです」

「やめてよォ!?」


 冒険者の疑問に答えた僕に、ミィスが抱き着いてきて僕の口を塞ごうとする。

 その行為すらじゃれあっているように見えるのか、冒険者たちの視線はさらに鋭くなった。

 そんな視線から逃れるように、僕たちは会計を済ませて店を出る。いや、僕は逃げる必要とか無いんだけど。


 その後は再びギルドに戻って食事をすることにした。

 ギルドに併設されている食堂は酒場も兼ねていて、よく冒険者たちが出入りしている。

 特に安くて量が多いことで有名で、味もそこそこ。実にお手頃だ。


「最近はここでご飯が食べれて、すごく嬉しい」

「そうなんだ? いつもはどうしてたの?」


 ミィスは嬉しそうに鳥の炙り焼きを頬張っていた。

 そう言えば彼は、村にほとんど寄与できなかったので、収入も少なかったらしい。

 しかし最近は、僕の装備と家賃のおかげで、かなり余裕のある生活をできているらしい。


「いつもは狩った鳥の肉を囲炉裏で炙って焼いて、後は野菜をそのままとか」

「おおぅ、なんという偏った食生活。僕が一緒に居る限り、そんな生活はさせないからね!」


 育ち盛りの子供が、そんな不健康な食事をさせるわけにはいかない。

 ポーションの納品で稼げてもいるし、インベントリーの金貨もある。いざとなれば、迷宮に潜って稼ぐのもいいだろう。

 危険な真似はしたくないが、この戦闘力は人目の無い場所でなら存分に振るうことができる。


「そんな! シキメさんには家賃までもらっちゃって。ボクの家、あんなあばら家なのに」

「安心して眠れるってことは、何よりも代えがたい贅沢なんだよ?」

「ボクも男なんだけど……」

「ミィスなら、襲ってもオッケー」

「またそんなことを」

「むしろ襲いたい」

「今日から別の場所で寝ることにする」

「ウソウソ! 冗談だよ」


 いつもの会話を交わす僕たちの耳に、他の冒険者の話が飛び込んできた。

 いつもならそれは聞き流すのだが、内容が無視できない物だった。


「なぁ、聞いたか? ラバンの村の連中が通りすがりの回復術師に助けられたってよ」

「はぁ? 奇特な奴がいるもんだな。でも俺らにもシキメちゃんがいるだろ?」

「まぁな。怪我を負った冒険者がうの体で迷宮から出てきたところに、回復魔法一発で完治させて、名前も名乗らず立ち去ったんだと」

「へぇ……普通は謝礼を要求する場面だよな? 定番だと五千ゴルドってところか?」」

「それくらいだろうなぁ。命の値段にしたら、安いもんだ」


 大銀貨五枚。前のミィスのひと月の稼ぎとほぼ同じ額。回復魔法一発分の値段として、それを高いと見るか、安いと見るかは人による。

 それでも確実に言えるのは、決して安い金額ではないということだ。


「その奇特な聖人様の姿は見たのかよ?」

「金髪のガキと黒髪の女だってよ」

「おい、それって……」


 話をしていた冒険者の視線が、僕の方に向けられる。

 聞き耳を立てていた僕は、それ気付かぬ振りをして食事を続けていた。

 頬に一筋の汗が流れ落ちたのは、ご愛嬌である。


「あの人たち、悪い人じゃなかったみたいだね」

「そーだねぇ。人は見かけによらないねぇ」


 だらだらと汗を流しながら、僕は料理を口に運び続ける。

 今までは美味しかった料理が、全く味がしなくなっている。

 ここで同一人物とバレるより、シラを切り続けた方が面倒はなさそうだ。

 そう判断して、僕はミィスとの食事に専念するのだった。

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