カンカン照り バスケット 屋根


 赤ずきんちゃんはお母さんにお使いを頼まれました。森に住むおばあさんのところへ、パンを届けるお使いです。赤ずきんちゃんはおばあさんが大好き。

「わたし、おばあさんにちゃんとパンを届けるわ」

と、パンの入ったバスケットを片手に持って、意気揚々と家を出ました。

 なお、その日は、記録に残る猛暑日でした。

 家を出た瞬間に赤ずきんちゃんは家に取って返し、ペットボトルを二本持ち直して、あらためて家を出ました。

 被っている赤色のずきんは、取り替えるまでもなく、既に夏仕様。冷感速乾UVカット機能つきの素材です。「これなら大丈夫よ」と赤ずきんちゃんは道を歩きながら呟きます。しかし、日光は容赦なく降り注ぎます。赤ずきんちゃんは木々が作る日陰を、飛び石を渡るように歩きます。


「これは大変かも知れないわ」


 喉の乾きを感じた赤ずきんちゃんは、ペットボトルに口をつけます。二本でも少ないくらいだったかも、と少し不安になりながら、道の先を臨みます。カンカン照りのせいで、道は白っぽく光るようでした。たらりと首元に垂れた汗が、ずきんに染み込んでいきました。


「休憩しながら行きましょう。わたしが倒れてしまったら、元も子もないもの……」


 その赤ずきんを、木々の影から見る者がありました。森に住む、凶暴なオオカミです。

 オオカミは連日の日照りで夏バテ気味。ここ数日は狩りをする気力がなく、虫や木の実だけで飢えをしのいでいました。しかし、いい加減肉を食べて精をつけなければならないと、一念発起立ち上がってきたところでした。


「しめしめ。ちょうどいいところに獲物がやって来たぞ。汗で塩気もついて、さぞかし美味かろう」


 オオカミが後をつけていることを知らず、赤ずきんはそろそろ休憩しようかしらと、道をそれます。そこにはお気に入りの花畑があるのです。春にはお花摘みをしておばあさんに持っていくのが定番でした。

 ですが、夏なので、そこには青々とした雑草が繁茂しておりました。


「あら? ……蚊に刺されちゃったみたい」


 かゆみに顔をしかめた赤ずきんは、少し水を飲むだけで、さっさと道に戻ります。ふと目を落とした時、お気に入りの赤ずきんに汗のせいで白いシミがついていることに気がついて、何だかもう早く帰りたいなと思いました。おばあさんのことは大好きですが、それとこれとは話が別です。

 オオカミはバレないように後をつけていましたが、既に夏バテ気味なのもあって、視界がくらくらするのを感じていました。これはおばあさんの家に先回りして、先におばあさんを食べてしまい、空調の効いた部屋で赤ずきんを待ち構えた方がいいのではないか。そう思い立ち、何とか一踏ん張りして、赤ずきんを追い越しました。

 森の中に見える屋根が、今日はやけに遠くに感じます。


「大丈夫かねぇ、赤ずきんは。こんな暑い日に。途中で倒れていなけりゃいいのだけど……」


 家で赤ずきんを待っていたおばあさんは、とんとんと扉が叩かれる音に気がつきました。「無事に来れたのね」と腰を上げて扉を開けてみると、そこにいたのはぐったりとしたオオカミ。

 オオカミは大きな口を開けておばあさんを食べようとしましたが、力尽き、ばたりと倒れてしまいました。


「おやまあ。大丈夫かい? 今、水を持ってきてあげるからね。そこのベッドで横になっているといい」


 おばあさんは慌てて、台所へ水を取りにいきます。オオカミは言葉に甘えて、ベッドで横になりました。

 そこに赤ずきん。


「おばあさん、赤ずきんが来ました。扉が開けっ放しですけれど、いらっしゃいますか」


 返事はありません。赤ずきんは恐る恐る、家に入りました。


「わあ、涼しい」


 一休みした後、いつもおばあさんがいる寝室に、赤ずきんは向かいました。布団はこんもりと膨らんでいます。


「あら、良かった。休んでいらっしゃったのね」

「赤ずきん……」

「まあ。声がガラガラだわ。どうしたの?」

「ひょっとすると、夏風邪を引いてしまったのかも知れない……」

「なんてこと。熱はない?」

「暑い……暑いのに、体が震えて堪らない……」

「重症だわ! お薬はお飲みになった?」

「喉が乾いた……」

「えぇえぇ。この家、とても空調が効いているもの。もし良かったら、わたしの持ってきたお水を差し上げるわ。口を開けてくださいな」


 オオカミは朦朧としながら、布団から顔を出し、大口を開けました。

 それで、布団の中にいるのがおばあさんではないと気がついた赤ずきん。思わず「きゃああああ!!」と悲鳴を上げてしまいます。台所で飲み物や塩気のあるものを用意していたおばあさんは、慌てて寝室に戻り、大口を開けたオオカミと、尻もちをついて怯える赤ずきんを発見しました。


「オオカミめ! 人の親切を仇で返しよって! この畜生めが!」


 カンカン照りの太陽よりもさらにカンカンに怒ったおばあさんは、無我夢中で、部屋にあった花瓶でオオカミを殴りました。


「赤ずきんや、この畜生を外に運び出すのを手伝っておくれ。捌いて食い返してやろう。夏バテ防止には肉を食べるのがいいんだ。長生きの秘訣だよ」

「お、おばあさん! 待って、勘違いなの!」


 誤解はすぐに解けました。

 ですが、もう手遅れです。

 その後、おばあさんの家に立ち寄った狩人が、オオカミの肉を捌いてくれました。赤ずきんは少し元気になって、家に帰りましたとさ。

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