鳩の三題噺ワンライ

早瀬史田

2020年

ジム 猛反対 パトカー

 空気がオレンジ色に染まっていた。

 確か、高鬼をしていた。タカトウはすでにジャングルジムの上にいて、高いところを探して右往左往する友人を見下ろしてけらけらと笑っていた。

 不意に不穏なサイレン。

 逃げていた子供も皆足を止めた。ずっと前から聞こえてはいたけれど、無視出来ない程にその音は大きくなっていた。

「こっち来るんじゃね?」誰かが言った。皆が固まって、登場を待った。

 けたたましいサイレンと共にパトカーはすうっと視界に入って来た。硬直した子供たちには用はないと言うかのように、あっという間に消えていく。パトカーの進行方向へ子供たちの頭も振れる。

 家の方角だな、とタカトウは思った。父はまだ帰っていないかも知れないけれど母は家にいるはずだ。このサイレンの音も聞くだろう。そして噂好きな母のことだから、何があったかすぐに調べるだろう。後で母に何があったのか聞いてみようと思った。

「ターッチ!」

「あっズリぃ! くっそ」

 パトカーに気を取られた隙をついて鬼が交代したようだ。鬼が交代したら全員が一度地面に降りることになっている。タカトウはパトカーのことを頭の隅に追いやって、ジャングルジムを降りていく。子供たちの笑い声が再び公園に響き渡る。


 友達と別れ、一人帰った、藍色の空の下。

 我が家の前で、パトランプが光っていた。


 当時の新聞には事件のことが大きく載せられている。ちょうど他に大きなニュースがない時期だったということもあるだろうが、加えて「母が父を殺した」という点が世間の耳目を引いた。非力な女性である母がどうやって父を殺したのかという手口の点や、その動機に関してメディアは無節操に書き立てた。まだ小さい息子がいるのに、という点も無論大いに材料となった。

 さすがにタカトウ自身に来ることはなかったけれど、事件が起こった後すぐにタカトウを引き取ってくれた父方の祖父母は、相当に迷惑をかけられたようだ。特に祖父は酒が入ると今でも「あいつらは……」と愚痴をこぼす。母方の祖父母の様子は詳しく知らないが、引っ越したということだけは風の噂で聞いた。「殺人犯側」ということもあって、追及の手はこちらよりも厳しかったのだろう。

 タカトウ自身には当時の記憶はあまりない。父が死んで悲しくて塞ぎ込んでいる内に、何もかも終わってしまっていた。タカトウの記憶を探るよりも、新聞を読んだ方が当時のことが分かる。

 ベッドに寝転んで読んでいると、ノックもなしに部屋のドアが開かれた。

「おい、お前ちょっと手伝え……何見てんだ?」

 おっと、と内心焦るけれど、平静を装って答える。

「宿題のプリント。それより、いつも言ってるけどノックしてよ」

 新聞をどうでもいい物のようにベッドの上に放って立ち上がる。いつもは祖父母に見つからないように、クリアファイルに入れて教科書の間に潜ませている。祖父母はどうもタカトウがあの頃のことに興味を持つのを嫌がるのだ。ちなみに新聞は、大きくなってから図書館で調べてコピーした物だ。

「あぁ? 夏休みだからって昼間っから見られて困るようなことしてんじゃねぇよ」

「してないよ。そういう問題じゃなくて」

「細けぇ奴だな」

 殺人犯と被害者の息子という複雑な立場にあったタカトウを事件後すぐに引き取ってくれたのだから、けして悪い人ではないのだが、プライバシーへの配慮はない。年齢相応なのかも知れないけれど、普通の現代っ子であるタカトウには、いくら恩があるとは言っても耐え難いものがある。どう言ったら分かってくれるのだろうと懊悩しつつも半ば諦めている。

「それで、手伝いって何の?」

 ため息吐きつつ聞いたが、返事がない。「じいちゃん?」声をかけると、先程より固い声で祖父が言う。

「……おい、そのプリント、ちょっと見せてみろ」

 タカトウが後ろめたさを隠しきれなかったか、それとも祖父の勘が働いたのか。

「……」

「……そりゃあ、あの事件の時の記事か?」

 誤魔化したところで、すぐにバレる。

「そうだよ」

「そんなもん、さっさと捨てちまえ!!」

 そう言われることは予想していたが、予想していたよりもずっと強く拒否された。

「お前にそんな時間があるんか! 今年受験するんだろうに、そんな余計なこと考えちょらんで勉強しろ!」

 言う通りだとは思ったが、記憶は朧とは言え実の父母の話だ。いくら育ての親とも言える祖父であろうと、「余計なこと」とまで言われる筋合いはない。

「……ちょっと気になっただけだし、そこまで言わなくてもいいじゃん」

 ボソリと言うと、祖父は不満そうに鼻を鳴らす。

「お前はちゃんと勉強せい。あんなバカ共みたいにならんようにな」

 手伝いをしろ、と言いに来たことも失念したのだろう。祖父は吐き捨てるようにそう言って、部屋を出ていった。

 ため息を吐きつつ、ベッドに放り投げた新聞を拾い上げる。そこには事件の過程が克明に記されているが、ただ一つ、大きなクエスチョンが残されている。

 実はまだ、動機について、分かっていないのだ。

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