第12話 準備(4)

 リーリアと一緒に王城から伸びる一番大きな道を歩いていく。

 城から出るときに、エーデルロンドから護衛をつけるか聞かれたが断った。

 俺がいれば護衛は必要ないだろう。

 むしろ襲われた際には護衛も守らなければいけなくなるのでいないほうが楽だった。


 俺はほとんど王都に来たことがないが、以前来たときに比べて活気がないような印象を受ける。

 閉まっている商店なども多く、通りを歩く人もどこか少ないように感じる。

 戦争が起きたり、いきなりどこの馬の骨か知らない人間が即位したりと政治的に不安定になっているせいだろうか?

 俺のせいかもしれないと思うとあまりいい気持ちはしない。


 今の俺とリーリアは軽めに『隠蔽』の魔法をかけているから、道行く人から国王と王女だとは気が付かれないで済む。

 こういう街中で完全な『隠蔽』をかけてしまうと人にぶつかられたり馬車に引かれたりするのでむしろ危なかったりする。


 目的の場所がどこなのか俺は全く知らないので、案内してくれるリーリアに着いていく。


「ここです」


 リーリアが指し示した家は周りの屋敷と同じくらい立派な家だったがどこか浮いているように見えた。

 綺麗に整えられた周囲の家と比べてやや雑然とした印象を受ける。

 庭に大きな岩がいくつも置かれ、敷地内には加工場もあるようなのでそのせいだろうか。


 俺とリーリアにかかっていた『隠蔽』を解除する。

 門は空いていたので勝手に入る。

 結構不用心だがいいのだろうか。

 先方と知り合いのリーリアが一緒なので不審者扱いされることはないだろう。

 一人で来なくてよかった。

 ドアの前に立って呼び鈴を押すと、すぐに家主が出てくる。


「いらっしゃ~い」


 灰色の髪の気だるげな様子の少女がドアを開けて俺たちを出迎えた。

 やけに背が低い。

 後ろから見たら子どもと見間違ったかもしれない。


「リーリア久しぶり~。来ると思ってたよ~。そちらが新しい王様かな~?」


「レインだ」


「ガルイード家当主エリーテです~。よろしく~」


 普通は国王が直接家に来たらもう少し慌てたり、かしこまったりするものじゃないのか?


 王女様と友達ということだったし、王族など珍しくないということだろうか。


 ただの農民だった俺からすると、国王に対して気だるげな様子のまま敬語も使わず、ラフな感じで対応することに驚きを隠せない。


 まあ俺は王になったという実感がないし、過剰な反応をされるのも好きではないので気にしないことにした。


「これが新しい国王陛下か~」


「ちょっとエリーテ……」


 リーリアが青ざめて諌める。

 俺が失礼な態度を取るエリーテのことを魔法でぶっ飛ばすとでも考えているのかもしれない。


「……俺は民からどう思われているんだ?」


 こいつなら本音で思っていることを言うだろうという確信があって尋ねてみる。


「うーん……アイルゴニストとハーフレイルの兵隊さんを全員洗脳した次期魔王とか、リーリアを自分のものにするために前国王を無理やり退位させた簒奪者とか~?」


「評判最悪だな。ていうか俺は次期魔王じゃねえし……」


「でもその髪にその目だし、あなたは魔族じゃないの~? 魔王を殺せたのも魔族同士の仲間割れだったからって聞いたけど。ふつうの人間なら魔王を殺せないでしょ?」


 白金のような色の髪に金色の瞳。

 魔族と言われたほうが納得するような容姿。


 なるほど、王はそういう風評を流したわけか。

 まあ、わざわざ殺そうとするくらいだし、そんなもんか。

 しかし俺は自分で思っていたよりも相当評判が悪いらしい。


「人間などはそんなもんか……」


 魔王との戦いの中で知った人間の醜さや魔王討伐後の俺に対する酷い扱いを経験したから今更失望するようなことはない。

 ただ民衆に反発されると面倒だなと思った。


「レイン様に感謝している人は多いと思います! レイン様が魔王を倒したおかげで助かった人も多いですし、今回の戦争でもレイン様がいなければ戦争の犠牲になった人が大勢いたはずです。そういう人たちはレイン様のことを悪く思うはずがありません!」


 リーリアがはっきりと俺をの方を見て言った。

 面と向かってこんなことを言われたのは初めてなので驚く。


「そうか……」


 リーリアが俺のことをどう思っているのかは知らない。

 それでもこんなに擁護してもらうと悪い気はしない。


「ふふふ~まあ本気で嫌っている人は少ないと思う。命を助けられた人は多いし、何よりレイン様が国王なら戦争を仕掛けようなんていう馬鹿な国は出てこないでしょ~?戦争になって嬉しい人は少ないし……」


「そうだな……誰も死なずに済むならそれがいい」


 なんとも現金なものだが、それによって我がアイルゴニストが安定するならそれでいい。

 人間同士で争うことほど愚かなことはない。

 敵は魔族だけで十分だ


「それよりも~! リーリアはレイン様と婚約したんでしょ? いつ結婚するの~?」


「……結婚?」


「だって、王様になるってそういうことでしょ? 第一王女の配偶者だからっていうことで継承権のないレイン様が王になれたんじゃないの~?」


 俺が好きなのは……いや、大事なのはそこじゃない。

 リーリアもなんかもじもじしているが少しは言い返したらどうなんだ。


「それに男女で血の誓約を結ぶってそういうことじゃない~?」


 たしかに、恋人や配偶者の浮気を恐れて血の誓約を結ぶことはときどきあることだ。

 相手に全てを捧げるということを意味するので最高の愛の形だとかなんとか。


 まあ形だけでも結婚しないといけないのはその通りだろう。

 リーリアの夫という立場が必要なのは間違いない。

 リーリアとの間に生まれた子どもが俺の跡を継ぐということで王族の血は残るから俺の王位継承は許された。

 もし、リーリアと結婚をしない場合には本当に反乱などが起きる可能性がある。

 俺の力であれば反乱鎮圧など容易だが、混乱を招くことで国力が衰退するとそこを魔族に付け込まれる可能性がある。


「ふむ……形だけであったとしても結婚する必要はあるだろうな」


「形だけって~?」


「リーリアは王に言われてその身を差し出したが、俺と結婚することは望んでいないだろう。好きな男と子どもを作って、その子どもを次の王にすればいい。俺はそう遠くない未来に引退するだろうしな」


「え~? まともな男はお妃様に手を出そうとしてこないよ~! レイン様がリーリアのことを幸せにしてあげないと~!」


 どういうわけか、エリーテが怒っている。

 確かに普通のやつならわざわざ王妃に手を出そうとはしないだろう。

 どう考えても面倒なことになるのが目に見えているからだ。


「こんなにかわいいリーリアに不満があるの~?」


 なぜかエリーテが後ろからリーリアを抱きしめる。

 リーリアはこちらを見ながら顔を赤らめていた。


「不満などないが……おい、俺は仕事の話をしに来たんだ。さっさと中に入れろ」


 ため息をついたエリーテがやれやれと首を振った。

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