第10話 準備(2)

「さて、第二段階だ……」


 第二段階は第一段階と違ってやってみなければうまくいくかどうかわからない。

 難易度は格段に上がるため、膨大な魔力と集中力が必要となる。



『魔防』



 まずは自分に魔法防御をかける。

 次に、この『隔絶』空間そのものに対して『加速』の魔法をかける。


『加速』は魔法の対象のスピードを速くすることができる。

 人間にかければ速く走ることができるし、矢にかければ通常よりも速く飛ぶようにできる。

 ならば空間に『加速』をかけたら時の流れを早く出来るのではないだろうか?



 呼吸を整える。


 意識を集中する。


 頭の中に浮かぶのはソフィーと一緒に頑張って育てていたドウル麦の畑だ。

 今でもあの光景をはっきりと思い出すことができる。


 風に揺れる黄金の海。

 畑の向こうから俺に向かって手を振るソフィーの姿。





『加速』




「……ッ!?」


 魔法を発動した瞬間、全身に負荷がかかる。

 だが耐えられないほどではない。

 通常の『加速』であればここまでの反動はないのでどうやら成功したようだった。


 さっき水をまいたばかりなのに土が一気に乾いていく。

 慌てて水源から水を持ってきて平原全体に雨を降らせる。

 雨を降らせようとして浮遊を解除した途端、水が消えてしまったので地面に落ちるまで魔法は解除しないようにした。

『魔防』で守られている俺が発動した魔法の対象になっていると『加速』の影響を受けないようだった。

 そのまま雨を降らせつつ、様子を観察し続けた。


 それから約一日。


『隔絶』空間にかけた『加速』を維持しながら雨を降らせるのは非常に神経を削る仕事だったが、なんとかやり遂げた。

『加速』を解除する。



 眼下には収穫を迎えたドウル麦の畑が広がっていた。



『空断』


 風で切り飛ばして収穫を行っていく。

 あまりにも簡単すぎて楽しさすら覚える。

 魔法が使えるようになる前は、鎌を使って一つずつ収穫していたことを思い出した。

 間違いなく当時のリクリエト村の住人全員を合わせたよりも、今の俺一人のほうが作業効率がいいだろう。


 一年かけて収穫する分をたった一日で収穫できてしまったという事実に俺は歓喜していた。

 誰も見ていないことを確認してから、歌いながら小躍りしてしまったほどだ。


 こうして最初の1年分の収穫が終わった。



 二日目も同様にドウル麦を育てて、収穫した。


 膨大な量のドウル麦が手に入った俺はあまりにも嬉しくて、いくつもできたドウル麦の山の中に飛び込んだ。

 リクリエト村でドウル麦を作っていた頃の俺だったら大富豪になれたと言って喜んだだろう。


 ドウル麦の山の上で仰向けに寝転がった。

 最近では滅多にないほどよく晴れた青空とそこに浮かんだ白い雲をぼんやりと眺めた。


 昔の俺は毎年収穫したうちの2割が税として持っていかれるのを恨めしく思っていた。

 ソフィーと暮らしていたときに魔法が使えたら楽させてやれたのにな、と考えてしまって少し寂しさを覚えた。


 リクリエト村のレインはもういない。

 今の俺はアイルゴニスト王レインだ。

 税を払う側から税を取る側になったのだ。


 これだけ大量にあれば今年収穫する分を含めて、十分やっていけるだろう。

 ただドウル麦だけというのもどうかと思ったので、三日目はドウル麦がうまくいかなかったときのために予備として持ってきていたイモ類なども育てることにした。



 三日間魔法を維持し、細かい調整なども行った結果、俺は疲労困憊だった。

 最後の方はだいぶ慣れてきてかなり効率的に魔法を行使できるようになっていたけれど、それでも頭痛が酷くなっていたし、身体が重く感じていた。

 魔力昇華によって得られた魔力もこれでほとんど底を尽きてしまっていた。


 この三日間で口にしたものは水源から持ってきた水だけだったため、とにかく空腹だった。


「……イモでも食うか」


 収穫したばかりのイモを『浮遊』で浮かせる。


 水源から持ってきた水で泥を落としながら洗って『発火』で皮ごと焼いていく。


 頃合いを見て二つに割ってみると湯気が立ち昇った。

 中までしっかり火が通っている。

 魔法を使って育てたイモを食べるのは初めてだが、ほくほくしていて非常においしそうだ。


 調味料などは持ってきていなかったので、そのまま齧り付く。

 とんでもなく不味かったら困るなと思っていたが、イモ自体にほのかな甘みがあっておいしかった。


「せめて塩だけでも持ってくるんだったな……」


 今はとにかく空腹だったので、何も味付けがされていないイモでも非常においしく感じられた。




 食料の問題はこれでなんとかなるだろう。


 足りなくなったらまた育てればいいのだから。

 食べ終わってそのまま横になる。

 腹が膨れたせいで眠気に負けて収穫した作物に埋もれて俺は眠りに落ちるのだった。


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