第4話 始動(4)

「それで軍はどこで展開しているんだ?」


「ハイリーン平原じゃ」


「なるほど」


 アイルゴニストとハーフレイルの国境にある最大規模の平原だ。


 過去には紅光竜が住み着いたために連合軍が組織されて討伐戦が行われたこともある場所だった。


「それで……アイルゴニスト軍は勝てるんでしょうか?」


 王女様がこちらの様子を伺いつつ尋ねてくる。

 俺は王女様から目を逸らした。


「勝つ必要はない」


「えっ?」


「そもそも戦争など無駄だ。人間同士で殺し合うぐらいなら残っている魔族討伐にその命を使うべきだ」


「それはそうですが……アイルゴニスト軍を助けてくださるのではないのですか……?」


「恨みはあるが俺にとってアイルゴニストは数ある国の一つしかない。国がどうなろうが些末な問題だ……俺は世界を救う」


 王女様は理解できないという顔をしていた。

 無理もない。

 王女様は自国の利益を考えろと言い聞かされて育てられたはずだ。


 顔は似ている。

 だがソフィーとは違う。


 俺がまだ生きている意味。

 それはソフィーの最期の願いを叶えることだ。


「まあいい……俺と王女様は直接戦場に飛ぶ。お前はどうする?」


 肩の荷が下りたという顔をしているルクリウスに尋ねる。


「リーリア殿は任せるぞ。わしは帰る。あれが近いのでいろいろ準備があるのでな」


「あれ?……七聖会議か」


「お主も落ち着いたら観光がてら見に来い。うまい食い物がたくさん出るぞ」


 ルクリウスはとにかく食い意地が張っている。

 そうじゃなきゃここまでデカく育たないだろうが。


「……暇だったらな」


「ふふ。それではリーリア殿、我が不肖の弟子をよろしく頼んだぞ」


 そう言ってルクリウスは透明になって消えた。


「……」


「……」


 沈黙が気まずい。


 だが、話しかける気にはなれなかった。

 さっさとハイリーン平原まで行って用事を片付けるか。


「あの……どうやってハイリーン平原まで?」


「飛ぶぞ」


 目的地まで飛ぶ魔法はいくつかあるが、王女様もいるし『飛行』のほうが良いだろう。


 王女様を連れて小屋から出る。

 波一つ立っていない鏡のような湖のそばに並んで立つ。


「……手を出せ」


 王女様がそっと差し出した手をにぎる。

 やわらかく、なめらかな手のひら。


 鍬なんかもったことがないのだろう。

 苦労をしらない手だ。


 ソフィーの手を握った感触はどうだっただろう?

 もう、よく思い出せない。

 余計な考えは魔法に意識を集中することで打ち消す。


『魔防』

『剛壁』

『夕凪』

『静音』

『浮遊』


 五個の魔法を一気に発動して俺と王女様を保護する。


 最後に『飛行』を発動して飛ぶ準備を完了した。


「行くぞ。目をつぶっていろ」









『飛行』を始めてから、三十分ほどでハイリーン平原に到着した。


「しかしこれは多いな……」


 十三万対七万という数は聞いていたが、実際に目にすると軍勢の多さに驚く。

 ハイリーン平原は見渡す限り人で溢れかえっていた。

 人間だけでも驚異的なほどの数なのに、持ち込まれたものはそれだけではない。

 戦争するとなると、馬や武器、食料など必要な物資は膨大だ。


「赤い旗がアイルゴニストです」


 ルクリウスの話通りにアイルゴニストは対峙する茶色の旗のハーフレイルに比べて軍勢の規模が半分ほどしかない。


「……お願いします。勇者様のお力で我がアイルゴニストを勝利へお導きください……!」


 王女様は実際に自分の目で見て、アイルゴニストが不利ということがはっきり分かったようだった。

 顔面蒼白になりながら懇願してくる。


 答えるのも嫌だったので無視しようかと思った。

 だが、誓約を試してみるいい機会だ。


「……誓約主から誓約者に命じる。許可があるまで一切の発言を禁じる」


 王女様の手の甲が青く光る。

 これで王女様は一切発言ができなくなったはずだ。

 驚いてなにか言おうとしたようだったが、声は出なかった。

 誓約はしっかり機能している。


「とりあえず警告するか……」


『拡散』の魔法を発動し、自分の声が両軍に届くようにする。

 言葉による説得で収まってくれたらいいのだが望みは薄いだろう。


「両軍に告げる! 我が名はレイン! 勇者にして魔王を討ち取りし者! 我が力によって魔王は滅んだが、残党の魔族はまだまだ多い! 人間同士で争うなど愚の骨頂である! 来たるべき戦いの日のために双方武器を収めて退くがよい! さもなくば我が魔法により永遠の苦痛を与えられるだろう!」


 魔王を倒した勇者などという肩書きでも役に立つなら使おう。

 多少は効果があったのか、平原全体にざわめきが走っている。


 しかし、撤退する様子もなく、双方の陣地から魔法と矢が飛んできただけだった。


 あらかじめ発動しておいた魔法のおかげで俺と王女様に影響を及ぼすことはなかった。

 魔法も矢も一瞬で消滅する。


「まあそうだろうな」


 こうなることは分かっていた。

 こんな言葉で引っ込められるような拳だったら最初から振り上げはしないだろう。

 それでも労力がかからない方法から試したほうがいいに決まっている。


 こちらの提案は却下された。

 それならあとは戦うだけだ。


 二十万人を相手にするとなると、体内の魔力だけでは足りない。

 軍勢に張り巡らされた防御魔法はそれなりのもので両軍を相手にするとなるとやや心許ない状況だった。



「あれをやるか……」


 禁忌の魔法の一つ、”世界接続”。

 最初から全力で行かねば不要な犠牲が出ることになる。

 大規模魔法の行使はおおよそ2年ぶりだった。




 呼吸を整える。


 意識を集中する。


 力ある言葉を口にする。




「世界は魔力で出来ている」



 魔力導線を世界と接続。


 抽出機能の起動に成功。


 抽出機能を待機させたまま対象の選択へ移行。







 どこかで鐘の音が鳴っているのが聞こえた。







 ハイリーン平原にあるすべての物質は輪郭がぼやけて二重にも三重にも見えるようになっている。


 今回はそれほど大きな魔力は必要ないのと、後のことを考えて草原に生えている植物を魔力に変換する。



 魔力昇華・変換成功。



 草原を覆っていた草の大部分が消え去ると同時に、俺の体に膨大な魔力が供給される。


 全身の筋肉が弾け飛ぶような衝撃を感じるがそれも抑え込む。


 これで魔力は十分。


「さて……」


 準備は終わったのであとはどうやってこの戦争を終わらせるか考える。


 一番簡単なのは全員殺すことだ。

 例えば魔力を節約するなら『切断』で心臓につながる血管を切る。

 魔力効率を気にしないなら複合魔法『破滅』で二十万の軍勢を丸ごと葬り去る。

 今の俺の魔力量ならそれが十分可能だった。


 ただ、二十万の軍勢はそのほとんどが働き盛りの男で構成されている。

 これほどの労働力が一気に消滅した場合、国が二つ滅ぶことになる。

 もう一度過ちを犯すわけにはいかない。


「……『支配』にするか」






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