Step1
「川中さん。ペアダン、決まった?」
掃除が終わる頃に、声を掛けてきたのは、クラスメートの奥さんだった。奥様ではない。『奥』という名字の方である。
「決まってないよ」
「そうだよね~。私もまだ。でも、女子8人のうち4人が決まってるらしいよ」
「そうなんだー。わざわざ、ありがとう」
私に情報を与え、そして、私の情報を得て、奥さんは帰っていった。
確認がしたかったのだろうか。
しかし、どう見ても、私に相手がいる訳がない。
だって、私は暗くて地味だから、きっとクラスでも目立たない。
眉上で切り揃えた前髪は斜めに歪んでいるし、肩下まで伸びた髪は厚く重い。そして、体調を心配される蒼白い顔色。
スカート丈は校則遵守の膝下。制服を全く着崩さずに身に纏う。
そんな面白みの無い女子を誰が誘うだろうか、いや誘わない。
私が男子なら誘いたくない。
そして、今日は金曜日だから、多くの男子(他クラスも含む)が今日、ゴールを決めたそうだ。
男子も大変だな。
***
その日の夜。
ピロン。
軽やかな音をたてたのはスマホ。
確認してみると、昨年、同じクラスだった上本くんからのメッセージ。
なんだろう。
不審に思い、メッセージを読んでみた。
『もし、まだペアダン決まってなかったら組んでくれない?』
…………
おーー、予想外のところから、奇襲された。
なんと返事をすれば……?
よし、経験のある人に頼ろう。
自室を出て隣の妹のカナの部屋へ向かう。
部屋に踏み入ると、学習机に足を乗せて、少女漫画を読んでいるカナが視界に入った。
お行儀悪いねぇ~。
「カナ、なんて返事すればいい?」
声を掛けると、カナは読んでいた少女漫画を横に置き、こちらに向き直った。
中学生にしては高い背丈、日に焼けた肌は健康的で眩しい。
そして、カナは私と違ってオシャマさんだから、色恋への経験値が高いはずと見込んで助けを求める。
「そりゃ~、『ありがとう! よろしくね!』みたいな感じで返事したら?」
「了解。時間を置いて、後で返事するわ」
カナのアドバイスを聞いて、なるほど、と納得した私はそそくさと自室に帰ろうとした。
「えっ? ちょっと待って!」
カナの声に振り返ると、服を引っ張られ、その場に正座させられた。何か、おかしなことを言っただろうか?
「今すぐ、返事をしなさい!」
「どうして? 後の方が、いいでしょ? 急いで返事したら、びっくりさせてしまうかもだし……」
カナはため息をつくと、「ホント、何で、これが姉なんだ……」とぼやいた。
すまねえな、妹よ。世間知らずの姉で。
「いい? 上本くんがいつまでもお姉ちゃんのことを待ってくれるとは限らないんだよ? 『返事がこないから、他の人を誘おう』って、なるかもなんだよ!」
!! 目から
「今すぐ、返事します!」
私はメッセージを送信する画面をすぐさま開き、文章を打ち込んだ。
『お誘い、ありがとうございます。私の様な、暗くて、目立たない、地味な者にお声を掛けて下さり、誠に感謝しております。短い期間ではございますが、宜しくお願い致します』
誤字脱字は無いな。よし、送信しよう。
「ちょっ、ストップッ!」
送信ボタンを押そうとすると、カナに止められた。まだ、何か問題があったのだろうか?
「お姉ちゃん! ふざけてんの?」
鬼の形相でカナに叱られた。
別に、ふざけてないが……?
「あのねぇ、会社員じゃないんだから、もっと、軽い文章じゃないとおかしいでしょ! 仮にもJKでしょ!」
「そんなに、この文章はおかしいの? 丁寧を意識したのだけど……」
「あのねぇ~、今の時代に、その文章はおかしい! 例えば私ならこう送るわ」
カナは私のスマホを引ったくると、私の書いた文章を書き直した。
『誘ってくれてありがとう~! めちゃくちゃうれしい! よろしくね!』
どうよ! と見せられて、確認をする。
「いや、エクスクラメーションマーク多すぎでしょ!?」
「はぁ? 何? そのエクス……なんとかって」
「感嘆符…………ビックリマークのことだけど?」
「最初から、そう言え! 分かりずらいよ!」
へぇ~。今の子はエクスクラメーションマークって言わないのか。
勉強になります。
「分かった。お姉ちゃんぽく書くよ!」
カナは再び私のスマホを取り上げて、文章を打ち直す。そして、頬を赤く膨らませ、スマホを差し出した。
手間を掛けて、すまんな。
『お誘いありがとう。かなりダンスが下手だけど、それでも良ければ組んで下さい』
「カナ! ありがとう! 私っぽいし、ダンス下手なことも先に申告できて良い感じ!」
「あっそ、用が済んだのなら、帰って」
素っ気ないカナは、もうこちらを見ていなかった。
また、少女漫画を読んでいる。
好きだねぇ~。私は、そんな甘ったるいの読めないよ。
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