There you are
大和なでしこ
第1話 現在
バタンと閉じた向こう側も初冬だった。
ドアの鍵を閉めて靴を脱ぎ、足裏に貼り付く廊下の冷たさを蹴り飛ばしながら進む。リビングの電灯が点いていた。
「お、お帰りー」
まだコートを着たままの勇雄くんが小さく手を挙げた。俺も帰ってすぐでさー。
私はテーブル上のエアコンのリモコンを取り、電源を入れた。設定温度を少し上げて風速最大に設定したけれどランプの点いたエアコンは寝転んだ牛が尻尾だけで応えるように鈍重でなかなか起動しない。いつものことだけれど。
私もコートを羽織ったまま勇雄くんの座るソファーに座る。すぐに勇雄くんが私の肩に身を預けてきて、私は押し返そうとするけれど重くて無理だった。勇雄くんは筋肉質で厳めしい肉体の割に心は甘えん坊だ。
疲れたー。
ゴミ箱に紙屑を投げるような、放り出す声で勇雄くんはため息し、一拍置いておきあがりこぼしのように身体を起こした。
「そう言えば、乃々宛てに郵便物が来てたよ」
「そうなの?」
テーブル上、指さされた封筒には私の名前が書かれていた。請求書以外特に郵便物の郵送されない私は、自分宛てに宝箱を開ける華やぎを感じながら、テーブルの小物入れに立てたペーパーナイフを手に封を切った。
中身を確認して、まるで剃刀の刃が滑り落ちてきたように心がざわついた。
中学校の同窓会の案内だった。
なぜ、今?
お世話になった先生が退官されるので、送別会を兼ねて、と記されているが読み込むとどうやらアラサーがどうのという節目に集まるに丁度良い理由として先生の退官が持ち出されている印象だった。
SNSだと人が集まらなかったのだろうか。私は皆に好んで呼ばれるようなクラスメイトでもなかったし。
「なんか顔険しいけど、どうしたの?」
ぐいっと勇雄くんの顔が寄って、紙面を覗き込んだ。
「あー、同窓会ね。行けばいいじゃん。有希さん来るんでしょ?」
「分からない」
「訊けばいいじゃんメッセージで。子供じゃないんだから」
ソファーを発った勇雄くんがコートを脱ぐ様を見て私も慌ててコートを脱いだ。フルパワーのエアコンが暖風を吹き出している。私の身体は妙に加熱していた。
少し型崩れし始めているコートをハンガーに掛け、一息ついて、私はもう一度ソファーに座り同窓会の案内に目を通した。
参加・不参加。
会いたくない人がいる。
より正確には、どういう顔で接すれば良いか分からない人がいる。
三千五百円という会費に眉が寄ってしまう。もっと高ければ断る理由になるのに。
「グリューワイン、いるぅ?」
勇雄くんが温めたワインの入ったマグカップを手にリビングに戻ってきた。マグカップは二つ。そう言えば暖風の音の厚みの陰で電子レンジが弱く鳴っていた。
「悩んでんの?」
勇雄くんは私の返答など待たずにテーブルにマグカップを置き、私の元へ一つ滑らせた。
「俺だったら迷わず参加に丸つけるけどなー。誰か会いたくない人でもいるの?」
驚きに顔を上げた私を、勇雄くんは見ていない。温めたワインの水面を見つめるのに熱心だった。
「会いたくないというか、どう接すればいいか分からないっていうか……」
ふーん。勇雄くんは超然としていた。
「乃々は成人式出なかったんだろ? じゃあ、同窓会行けばいいよ」
「じゃあ、の理屈が分からないよ」
私は揚げ足を取った。しかし勇雄くんはカップの中に目を落としたままだった。
「意外と、会ってみたら何でもなかったってことも多いよ実際。どんな蟠りも、時間が解決するのさ」
おっさんか、と自らに言う彼は今年で二十六歳だった。ワインをちびちび飲んでいる。この姿が日常になる可能性が高いと思うと、なんだか少し安心した。
ワインを口に含むとアルコールの蒸気が鼻へと抜けた。勇雄くんの泣きで買った、ちょっとお高いワイン。
気分がくつろぎ、勇雄くんの論拠のない助言がワインを味わうほどに正しく思えてきた。酔うほどに勝気になっていく。
あなたも分かっているはず。放置の残酷さと罪の重さを。放置してしまったあなたなら。
私は熱を失っていくワインを口に含みながら、味よりもあの子と顔を合わせた時の想定問答に頭を巡らせた。
彼女を傷付けたことへの謝罪が必要だった。ちゃんとした返答をしなければならなかった。それを避け続けての今だった。
私には伝えなければならない言葉がある。
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