第66話 災厄の最期

「福音とやらだな。シュディーア、行くぞ」

「ええ。この魔力は間違いなくルーナ、それも魔法を使ったルーナです。キグンマイマイ共々消耗していることでしょう」


城にいたはずのドワーフ国王ワグムに王妃シュディーアは地震が起きたとほぼ同時に都市の南門まで移動していた。

ワグムもシュディーアも魔力感知技術は近衛より上だ。都市を何かが襲えばすぐさま何が襲ったのか、どこから襲ってきたのかが即座に分かる程には感知ができる。


分かったのは南門からさらに南南東に行ったところにキグンマイマイが出現したという事実。種族を滅ぼすとさえ言われるキグンマイマイが相手である以上、ドワルガ王国最大戦力である王と王妃が出撃するのは当然だった。


「目の前に行きますよ」

「転移だな。頼む」


シュディーアが持っている杖の先に付いている光玉が光り、ワグムとシュディーアがいる空間が捻じれ、二人は南門から姿を消した。

そして現れたのは戦闘部隊がルーナの魔法を減衰させた現場だった。


「ワグム王……。……あんたなら来るよな」


ジナガオが苦々しさと安心を混ぜたような顔を浮かべる。こんなところに来るなと言いたかった。が、ドワーフの王は国を守る最も強い者を示し、戦闘に共にいてくれることにこれ以上ない安堵を持てる。

国を運営するという責務もあるが、ドワルガ王国は王が居ない程度で滅びるような運営はされていなかった。


「既に姿を見せていたか。ならばあとは浮かせて撃滅するだけだな」

「浮かせるのはこちらでやりましょう。ワグムは撃滅の方を」


ワグムとシュディーアが二手に分かれ部隊を率いる。ワグムは戦闘部隊を、シュディーアはそれ以外を。

被害を追っていた部隊だったが、魔力を消耗した程度であり致命傷を負った者は一人もいない。行動も地震前と変わらず迅速だ。


「うむ。戦闘部隊はキグンマイマイを囲むように展開せよ」

「はっ」


ジナガオの了承の言葉と共に一瞬で散っていく戦闘部隊。ルーナの攻撃によって既に外からも見えるようになっており、その全周に展開することは何の問題も無くなっていた。


「戦闘部隊以外は……あんまりいないわね。都市の高位軍人からは少し時間がかかるし、仕方ない。感知部隊、通信魔術で都市の高位軍人に呼びかけなさい」

「何と?」


フェガがシュディーアに何を聞くべきかと疑問を呈する。魔力感知ではキグンマイマイは直径数十kmはある巨体だ。これを地上から引き剥がすとなると高位軍人でも数人は必要なはずだ。


「私に魔力を寄こしなさい。少し負担こそかかるけれど魔力さえあればこんなもの私一人で十分よ」


シュディーアは事も無げにそう言葉にした。




キグンマイマイの外ではドワルガ王国の総力が集まりつつある頃、その体内では地獄のような光景が広がっていた。


町は崩壊しそこに住んでいた亜人の悉くが死に、生きている者たちも地割れや倒壊した建物から這い出るのが精一杯でありそこで力尽きる。そこにはダイダクやエシータといった姿もあった。


町より外は更に酷い。そこかしこに地割れが走り衝撃波により弱まった大地がなだれ込み、灼熱のような空がへし折れた森の葉を燃やし尽くす。


その上空にルーナ達はいた。ガイードにより浮遊し、その身体に傷一つついていない。本来ならルーナ自身が魔法の威力に耐え切れないという魔法を行使しながらも、ガイードの防御能力によって耐え切ったのだ。


「手加減でもしたのか?。我に放った時とは随分と威力が落ちているが」

「手加減なんてしてるわけないでしょう。むしろ威力としてはかなり増してるわ。方向性が違うだけよ」


キグンマイマイからの攻撃が来ないことを感知しつつもガイードとの違いについてルーナは話す。同じなのはせいぜい大きさが多少近い程度であり、それ以外は全く違うのだと。


「ガイードは外殻を打ち抜くことが前提だった。だから貫通能力も十分に持たせる魔法じゃないとダメ。それは魔法の応用ではなく基礎のところをとにかく強化するという方向性。けれどこいつは違うわ」


周囲を見回し、この光景こそがその違いだと示す。そしてガイードの防御性能があまりにも突出しており、この光景を起こす一撃ではありながらもそれを集中させなければ倒せなかったとも。


「広範囲に被害を及ぼす威力。それが必要だったからそういう風に応用しただけ。本当はこの光景そのものがあなたに襲っていたのだけれど……周囲に被害なんて出なかった。とんでもない防御性能ね」

「なるほどな。一点特化を広範囲に広げたのか。褒められて何よりだ。……だが」


コクリと頷くルーナ。ガイードの言いたいことを察し、町があった方向ではなく真逆の、キグンマイマイの体外の方に身体を向ける。


「ええ。でも流石ね。これだけ削ってもなお生きてる」


ルーナの言葉に応えたかのように町長が一人空に、ルーナと対峙するように現れた。


「舐め……るな」


ギロリと睨みつける町長だが、既にルーナは戦いが終わったのだと言わんばかりに余裕を示している。そしてそれが誇張でも何でもないことを告げる。


「もう終わりよ、あなた気づいてないでしょ、外への擬態が解けてるんじゃない?」

「そんなわけが……っ!?」


対峙していた町長が体外の方へ、ルーナに背を向けて身体の向きを変えた。その行動こそがルーナが言葉にした答えに他ならない。


「これは……どうやって?」

「ガイードを纏ったところまでは当初の私の予定通り。けれどその先は決めてなかった。何せ今いる場所が分からなかったから」


ガイードも気づいたようで、ルーナへの疑問にしてきた。

ルーナも本当はキグンマイマイの討伐なんてするつもりはなかった。けれど脱出はするつもりであり、そのための武器としてガイードを準備していた。

けれどあまりにも場所がよかった。だからこそこんな魔法を撃つようなことになったのだった。


「あの時……っ!」

「あなたが私を一度外へ出してしまったのが運の尽き。まさかドワルガ王国が近くにあるなんて予想だにしていなかったけど、それならそこの戦力が来てくれる」


ルーナは元々ドワルガ王国のドワーフだ。さらに正確に言えばドワルガ王国の王と同格以上と言われる魔術師だ。災害に対する研究を行っていた魔術師であり、その戦いにも参加したことは何度もあった。

故にドワーフの軍に伝わる情報伝達手段についても詳しく知っているし、キグンマイマイの生態や討伐方法も熟知している。

魔法の展開に紅の花を示したのもそれが理由だった。


「今更擬態しても無駄。外からなら一度バレれば擬態が元通りになるのに二日以上はかかる、違うかしら?。何より私の攻撃はあんたの身体を通して地上を走ったのだから、ワグムやシュディーアが気づいているでしょう」

「災害を倒せる人材がかなりいるな。特に4人がひどく強い。これではあの時の我でも消されていただろうな」


感知した人物をルーナの知識に当てはめると、間違いなくワグムとシュディーアがいた。残り二人は感知したことない魔力だが、近衛あたりだと見当をつける。


何かに気づいたルーナはハッと町の方へと身体を向ける。その視界には町があった場所に町が無くなり、百m近く遠くへと移動していた。


「逃げさせないわよ?」


ガイードの左片翼が形を変えゼルに纏われていく。鋭くなったゼルはもはや槌ではなく槍そのものだ。ゼルが大槌形態に変わり、纏われるガイードはドリルのような形状へと変わっていく。数mサイズになったそれは槍と呼ぶには武骨が過ぎた。


ルーナは町へと羽を羽ばたかせて勢いよく降りていく。ガイードの槍を真正面に構え、町に空から突き刺すように。


「もうじきさっきと同じようなのが指向性を持たせて放たれるでしょう。そこまではここにいてもらうわよ?」

「ふざけるなぁ!!」


町長が蒸発しながらも大量に出現しルーナへとへばりついてくる。だがガイードがその全てを振り払うがためにルーナの勢いが止まることはない。


隕石のような勢いを持ってルーナはズガリと町に槍を刺す。刺さった槍は形を変えさらに伸び、地下十数mまで突き刺さり根を張ったか巨木のように抜けなくなる。


その影響か、町ごと移動していた動きが極端に鈍くなった。数秒も目を離せばその場から無くなるほどに移動していた動きがまるで止まったかのような緩慢な動きに変わる。


「……ぬ?。貫通しかけたぞ」

「あら、だとするともう時間はないわね」


外から見ればドワーフの誰かがキグンマイマイを地面から引き剥がし空へと持ち上げたのだろう。そのルーナの予想は間違っていなかった。


外からはシュディーアが魔術を行使しキグンマイマイを上空百mへと浮かばせていた。地面を数十m抉り、まるで平野を丸ごと持ち上げるが如く浮かばせる。都市から高位軍人が続々と到着しているものもあるが、遠距離から魔力を渡すという高位軍人にしかできない技術を用いてシュディーアに大量の魔力が供給されていたからできたことだった。


「貴様らさえ殺せれば!」


四方八方に町長が出現すると同時に地面が揺れる。ルーナの魔法による余波ではない、どんどん強くなっており崩壊の音でもなっているかのようだ。襲撃に現れた町長も動揺し、襲うどころではない様子だ。


「来たわね。ガイード、私の魔力もほとんどを使っていいわ。全力で防御しなさい」

「なら容赦なく貰うとしよう」


ゼルを指輪に戻したルーナは膝を抱えて丸くなり、ガイードの翼がそれを覆うように球体を作る。それとほぼ同時にキグンマイマイの体内が光で満たされた。

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