第67話 町長の最期

「これで終わりだ」


ワグムは戦闘部隊を率い、その全員の攻撃を上空へ浮かんだキグンマイマイへ放った。攻撃範囲が数十kmもある、光線とも言うような魔術を放ち、蒸発させるように打ち込んだのだ。キグンマイマイの内部が水のような流体になっているからこその魔術だ。


さらに地上から見たら殻のようになっていたキグンマイマイの体内と体外を隔てる壁を壊す役目もあった。地中に埋まっている本体を浮かべ全ての身体を晒させ、そこに身体全てを蒸発させる魔術。消滅させきるには十分だった。


地上は数十kmに渡って数十mの穴が空いたが、それもキグンマイマイを倒すには当然の代償だ。


囲むように散らばっていた戦闘部隊がワグムの元へと集う。戦いは終わり、かなりの魔力を消耗したと、息を切らしている者も多い。


「福音ってのはどうなったんですかね?」


ジナガオがワグムに問う。

攻撃の中心になったのはワグムだ。中心数kmをワグムが撃ち、ワグムが放った魔術に螺旋を描くように各戦闘部隊が同様の魔術を放つ。これにより貫通能力と広範囲を足したような破壊力を持つ魔術となる。

だがそういう風に魔術を放ったということは、ワグムが攻撃した結果を最も詳しく知っていることを示している。


「死んでないな」

「ってことはどこかに?」

「違う、キグンマイマイがまだ生きている」

「なっ!?」

「一体どこに……?。本体は消滅させた、とすると分体がいるのか?」


ワグムが顎に手を当て考え込む。デルスとジナガオが感知部隊に伝達をしようとしたが、別働隊として動いていたシュディーアが合流した。

そしてシュディーアがその必要はないと首を横に振る。


「必要ありません。私たちの戦いはもう終わりです」

「む?。……シュディーアか。どうしてだ?」

「あそこに見えませんか?。福音が……三つ」


シュディーアがワグムの後方の空を示す。そこには紅色の魔力と、黒色の竜と、そしてもう一人―




上空から落ちていくルーナと―ミグア。ガイードの翼が動いていないのか自然落下しているようだった。


ドワーフ軍の災害獣を屠る光線のような魔術。それをモロに喰らったガイードは欠損こそないものの恐ろしく魔力を消耗し、鎧部分はただの衣服と化していた。鎧以外の翼や尻尾はルミナそのものであるため魔力さえ使えれば扱えるが、それも魔力があっての話だ。


さらにガイードの本来の機能、収納機能によってミグアをガイードの異空間に格納していたがそれも一時的に麻痺し、ミグアが外に出てきたのだった。


そして予想外な事柄がもう一つあった。


「しつこいわねっ!?」

「ルミ……ナ?。これは……一体!?」


ミグアの右腕、そこに蠢くマイマイの……かたつむりの姿をした存在が一ついた。


「予備としてお前を狙っていてよかったぞミグア!」

「その声は……なんでっ!、町長っ!」


ミグアが叫ぶ。マイマイの伸びる触手や胴体はネチャリとした町長の魔力そのものだった。それが右腕にへばりつき、侵食を進めていた。


「自我を保ったままマイマイの希少種となった存在など他にはいないからな。お前だけは逃さん」


絶対に逃がさない……いや、死にたくないという意志が表に出ており、その侵食する力は人の姿をしていたときとは桁外れのものだった。


「くっ!」


ミグアは右腕を切り落とそうと短剣を取り出そうとしたが、彼女の手に止められた。


「いいえ。逃してもらいましょうか」


ルーナが優し気な顔でミグアに微笑む。それは町長からすれば死刑宣告であり、ミグアから見たルーナとは対照的に死神のようにすら見えたことだろう。


「き、きさま……!」


町長の言葉を無視し、ルーナはミグアと顔を見合わせる。高度が既に浮いていたところから4分の1を過ぎ、着地方法を考える必要がある高さになっていた。

しかしそんなことはどうでもいいと、ルーナはミグアへ諭すように話す。


「ミグア、魔力で意識を私と共有させなさい」

「そんなこと……やったことない」


できないと首を振るミグアに、ふぅと溜息を一つつくルーナ。それはまるで嫌だと駄々こねる生徒と教師のようだ。


「じゃあこっちに頭を突き出して」

「え、あ、うん」


ミグアがルーナの言う通りにルーナの方へと頭を突き出す。そしてルーナも頭をミグアの方へ突き出し、コツンと当てる。

ルーナからすればそれだけで十分だった。意識を共有させる魔術はただ共有させるだけではない。共有させて認識する時間を引き延ばすことも可能だからだ。


「あなたは私の……ルミナの一人、ガイードの血肉をもらい受けた。だからあなたはルミナと繋がりがある」

「それは……」


元々水色のような色をしていた魔力に黒色が混じっていることがミグアの頭に浮かんだ。それも突然ぶちまけたようなものであり、混じっているというよりはごちゃ混ぜにさせられているという方が正しい。


「それね、けれどそれだけじゃない。あなたはもっとずっと昔からあたしと繋がりがある」

「え……ルミナ?」


ルーナも、ミグアもそんな繋がりに心当たりは微塵もない。だがその根底にあるものは似ている、そんな気がしたのだ。

だからこそ勇気づけるためにルーナはそう告げた。例えそれが嘘のことだとしても、ミグアのためだからと自分自身に言い聞かせて。


「ううん、分からなくていい。だけど繋がりがあれば今はそれでいいの」

「……そっか。ルミナと同じように」


ルーナの言いたいことにミグアは気づく。根底が似ているなら、その在り方も似ることができるはずだということに。


ルミナとミグアは確かに似ている存在だ。ルミナは災害と魔物とドワーフの混合した存在であり、ミグアはマイマイという、種族を喰らい自らの血肉とする存在だ。いくつもの生命を混ぜ合わせた存在という意味では同じとさえ言えるだろう。


だがミグアは町長のようなマイマイとは違う。ただ本能の在るがままに種族を喰らったマイマイではなく、自らの意志を持って喰らったマイマイだ。たったそれだけだが、それこそが二つに別たれた違いだ。


「あたしと同質の存在を想像して。あなたはマイマイの希少種かもしれない。だけど別の姿もある。けれどそこにそこのゲスはいない」

「難しい……できるかな?」


不安そうなミグアの顔。目の前には自信と慈愛に満ちたルミナの姿がある。マイマイという種族を知っているからこそ、ルーナはミグアを励ますように口に出す。


「目の前に同じモノがいる。それだけであなたならできるか分かるでしょう?」


ミグアがハッと何かに気づく。ミグアが見せた表情にはルーナが言おうとしたことが何なのか理解したことと、なぜ知っているのかの驚愕が現れていた。

だがすぐさまミグアはその感情を振り払い、口角を上げてルーナに笑い顔を見せた。


「……そうだね。うん、ありがとう」



共有させた意識の共有が途切れる。目を開いたミグアの瞳には力強い光が宿っていた。


「ミグア、きさ……ま……」

「私の邪魔をするな。私は私の道を行く。そこにキグンマイマイの姿は……ない!」


ミグアの右腕が弾ける。ミグアの魔力が水色に黒色がぶちまけたみたいな濁った色だったのが一つの色に変わっていく。碧色よりも深い緑、深碧色の魔力へと。


「が……」


水色の魔力に憑りついていたマイマイは、ミグアの右腕と共に弾けて散った。

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