第63話 新たな姿
ゼルをくるりと手の平で一回転させ、ルーナはゼルの中に内包される魔力を自らに流し出す。
かつてルーナ自身が魂すら込めて使った魔法……星魔法「アームズ」。その全力の残滓はルミナによって使われた。だが内包させた魔力はルミナがたった一度全力で使ったくらいで無くなるなどあり得ない。せいぜいが半分程度であり、それも自然に回復していくものだ。
現にゼルの中に溜まっていた内包する魔力は魔力が吸われるマイマイの腹の中であっても全く減っていない。ゼルの回復速度が魔力吸収速度を上回っていたためだ。
ルミナの補助にゼルの内包している魔力を流していたが、ゼルの魔力が回復していく量と同等であり何よりゼルのおまけ程度の使い方だ。しかし今、そんな補佐的な使い方ではなくルーナの手によりゼルの本来の使い方が行使される。
「ゼルは槌……願いを叶える魔法の槌。けれどそれには限界が、壁がある。それはとある強さの災害クラス。世界を崩壊させるほどの災害には届き得ない。でも今から想う願いはそんなレベルの願いじゃない」
(そういうことか。魔力を共鳴させればいいな?)
「ええ」
トカゲはゼルに込められた魔力が一度ルーナに戻っていく様子から何をしようとしているのか察する。
魔力操作が異常なルーナの様子を察すること、それは元の……ガイカルドの姿であったらできなかったことであり、トカゲがルミナである証明だ。
ゼルに込められた魔力がルーナの魔力操作能力を介し、尻尾にも、球体にもその魔力を浸透させていく。
「これは……止められんな。仕方あるまい」
キグンマイマイの声が空に響き、同時に天から一筋の光がルーナに降り注ぐ。
それはキグンマイマイが腹の中から追い出したという意味に他ならない。キグンマイマイはその姿がほぼ空気と同じであるがゆえに腹の中だろうと体内であればその大きさや場所は変幻自在。
そしていきなり環境が全くの別物になることで、身体がマイマイと化したはずのルーナは動けなくなるほどの致命傷を負う―
「無駄よ」
「……どういうことだ」
―はずだった。だがルーナの様子は全く変わらない、むしろ余裕の笑みすら浮かべていた。さらには調子が戻ったかのように魔力の浸透速度が速まっていく。
「相性が悪い。ただそれだけね」
(全くだ)
ルミナの身体はマイマイに変質させられた。それは間違っていない。
だがルーナやトカゲはルミナの身体にはいない。精神や魂、意識に根付いているといった方がまだ近い。ルミナが持っている魔力を消し去れば弱まるのは間違いないのだが、ルミナは身体には干渉されたが魔力には干渉されていない。
そして魔力さえあれば自らの身体を保つことなどルーナやトカゲにとっては息を吸うより簡単なことだ。
つまり彼らに環境変化はほぼ効かない。
ルーナは口角を上げ、一筋落ちてきた光を遡るように魔力を噴出させていく。それはかつて岩石竜の災害の目の前で起きた現象に酷似していた。
「さて、聞いておきましょうか。あなた……名前はある?」
(必要なのか?)
「あの子になんて言わせるつもり?」
(ない……。が、お前に名付けられるなど気に喰わん。自分で付けるとしよう)
「あら、嫌われたものね」
(名前を呼ばれる度にお前の魔力がチラつくなど考えたくもないのでな)
軽口を叩くルーナとトカゲ。彼らから噴き上がる魔力は綺麗に螺旋を描き、少しずつ大槌の形態になっていくゼルに纏わりついていく。息がぴったりの熟年夫婦かのような魔力操作能力だ。
それはまるでゼルが魔力を吸い取って成長していくかのようにすら見えた。
「……マズいな。妨害も無理か」
「魔力が邪魔で届かない、か」
キグンマイマイと町長の声がルーナの耳に届くも、もはや意識の外だ。完全に集中しきっており、今のルーナに届くのはルミナに連なる者の声だけ。
噴き上がる魔力、纏われていく魔力が収束し、ゼルが在る空間が軋む音さえ鳴り始める。かつて星魔法が使われた時とはまるで違う魔力の流れであり、それが正しい使い方なのだとルーナは示す。
「あの時とは違う。ゼルがあれば星魔法も正しく使える。星魔法は……星そのものと同等の力という壁までなら願いを叶えられる」
(願うはあの子の力になること。たった一瞬だけでなく尽き果てるまで)
「叶えましょう、私たちルミナの願い。魔法を唱えるから名前を続けて頂戴」
(分かった)
ルーナの髪が逆立ち、紅い魔力の色に染まっていく。ゼルもまた深紅と金が混じった色から金色が消え、紅く染め上げられていく。
まるで本来の姿がそれなのだと叫ぶようにゼルに流れる魔力が暴れだす。
空間の軋む音が消え、放出した全ての魔力がゼルへと流れきる。同時にゼルは大槌から姿を変えた。武器を打つ槌の大きさへ。
「さぁ再誕の時。ルミナに眠る災害獣よ、その奮いし力の全てをルミナに捧げなさい」
ルーナはゼルを振りかぶり、トカゲは尻尾の先にある球体を振り下ろす先に来るように尻尾を伸ばす。
それに当てろと言わんばかりに。
「あらゆるモノを我らが力へ変えよ。星魔法、アームズ」
(災害足る我が名はガイード。ルミナを護り、敵対者を破壊する名なり)
「展開―アームズ・ガイード・エボルト!」
完全に紅くなったゼルを尻尾の先にある球体へと振り下ろす。音はなく、ただ眩いばかりの魔力が弾ける。
ゼルという槌が存在する空間と球体が存在する空間が混ざり肥大化していく。そこにルーナ自身も包まれていく。
さらに肥大化する空間に地面が呑まれ、呑まれた地面から先が黒色に染まっていく。
「……触れれば削られるな」
キグンマイマイの警戒するような声が響く。ルーナ一人分程度に空けていたキグンマイマイの体内と外への境界が、肥大化する空間から侵食されないように広がっていく。
それでも盆地の半分はある大きさから家一つ二つ程度の穴が開いた程度であり、すぐさま体内に埋めようとしているのはあからさまだった。
それを察知したのか肥大化はピタリと止まる。しかし黒色に染まっていた地面がべロリと剥がれ、その肥大化していた中心を覆うように被さっていく。
四方から綺麗に被さるそれはピラミッドと呼ばれるものに酷似していた。地面が剥がれピラミッドが形成され、さらにその剥がれた地面の下を剥がし作られたピラミッドを覆うようにさらに一回り大きいピラミッドが形成される。
一瞬一瞬で一回り大きくなっていくその速度はキグンマイマイという体内であれば時間すら操れる災害でようやく認識できるほどであり、傍目から見れば瞬きをする程の早さでピラミッドの形成は完了した。
ピラミッドに内包されている魔力は災害と言ってもおかしくない程……否、災害すら超えかねない程だ。キグンマイマイも気づいてしまえるが故に圧倒されており、格が違うやもしれぬと疑問に抱いてしまう。
黒色のピラミッドが大きさを変えず、色を灰色に変えていく。そしてピラミッドの外側からボロボロと崩れていく。それは灰色になったのではなく灰そのものに変わったことを示しており、ピラミッドだった灰は風に舞ってキグンマイマイの体内ではない直上の空へと散っていく。
そして崩れていくピラミッドは3,4m程の球体を暴きだした。そこにあるのは球体に在った全てを飲み込むような漆黒の色であり、散っていった灰色のピラミッドよりも遥かに大きな存在感があった。
さらに球体が小さくなり人の……ドワーフのような姿へ変貌していく。
「……聞いておこう。災害よ、名は何と言う?」
キグンマイマイの声が鳴り響く。そこには同格以上のものと戦う覚悟が込められており、全力を賭して戦うという宣言に他ならなかった。
そして現れた姿はルーナの姿だった。だがその様相は完全に別物だ。
漆黒のドレスに左目だけ包む眼帯。ドレスの下には変わらずタンクトップとホットパンツがを着ているが、紅と黒で染められており着ていたものとは完全に違う物となっていた。
何より最も違うのはその背中に装着されているという他ない装備、翼。背に飛竜がしがみつくような形状をしており、脇から腰まで百足のような足が抱きしめている。翼もしがみつく竜から生えている。
さらに竜から尻尾も伸びており、球体こそなくなっているもののその先端は鋭く、槍のような姿をしていた。
だが首から先はない竜だ。しかしてその首から先は別のところにある。
「名は災竜黒鎧ガイード。ルミナと共に在る貴様を滅ぼす名だ」
いつの間にか両の二の腕に付いていたバングルが左側だけになり、そこに竜の顔が発現されていた。
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