第64話 黒竜と紅花

「身体も戻してくれたのね」

「当然だ。あんな姿ではマトモに動けん。むしろ動かそうとしてできていた貴様がおかしいのだ」


ルーナに呆れるようにガイードが声に出す。その声がどこから出ているか、ルーナは気にする気配もない。しかし魔法を行使した当人であるが故、どこから聞こえてきているのかは分かってた。


「ガイード。いい名ね」

「貴様が付けたらろくでもない因果に巻き込まれかねん。ならば完全に独立した個でなければルミナを守ることはできんだろう」


ルーナの瞳が鋭くなり、左の二の腕にある竜の……ガイードの顔を睨む。バングルの装飾のような状態のガイードはその顔から首を伸ばすようにバングルから伸ばし、ルーナの瞳を睨み返す。


「随分私の深いところまで知った様子ね。でもそっちの方が私の思い通り。私は私で因縁がある者がいるし、それにあの子を巻き込みたくないわ」


予定通りだとルーナは告げる。ガイードは不満そうな顔であり、尻尾がルーナの頭をベシベシと叩く。ルーナも避けず、そうされても仕方ないと思っていた。


「我は巻き込んでいいと?」

「ええ。独立してるならいいでしょう?」


尻尾が叩く強さが強くなる。だが抗議する意思を示すそれは嫌々と言っていても、ダメだと言うほどではない。


「というか挑戦状を叩きつけられているのだからまずそれからでしょう。……初陣にはちょうどいいわね」

「全くだ。血沸き肉躍る、というのはこういうことか?」


背中の翼の魔力が高まり、ぐぐぐとその翼を大きく広げる。翼は魔力に呼応したかのように大きくなっていき、ルーナよりも片翼の大きさの方が大きくなるに至る。

だがそれはあくまで戦意が高ぶっているだけに過ぎない。ルーナらが自然に発する魔力に身体が反応しただけだ。


しかしそれだけで大気は震え出す。キグンマイマイの体内にこそ届いていないものの、その影響は正しく災害と言えるだろう。


ルーナはゼルを大槌形態で展開する。武器として扱うためではない、持っているだけで使うべき機能が十分に使えるからだ。


「ガイード、ゼルの手助けは?」

「かつての我を破壊した魔法、あれをお前が使う。それがお前の求めることではないのか?」


口をへの字に変え不快感を示すルーナ。ルーナがそうすることは珍しく、余程話されたくない秘密に踏み込まれた時くらいのものだ。


「心を読まれるって面倒ね」

「いつもお前がやっていることだ」

「私は優位になることだけしかやらないけれど?」

「それだけでも十分過ぎる」


ルーナはガイードとの軽口の会話に動揺しつつもゼルの機能を行使する。

簡単な願いを叶える槌ゼル、今回願うのは垂れ流す魔力を別の現象へと変換する…ルーナ本人ならその程度の技能は造作もないものでありゼルを通す必要すらないものだ。


だが対象はガイード。ガイード本人もその技能を持っているが、キグンマイマイに対して有効な現象ではない。故に現象を変える願いを込める。


「突っ込むぞ」


バサリと一度羽ばたきルーナとガイードはキグンマイマイの体内へ空を駆ける。いつの間にか数百mは離れていたキグンマイマイへほぼ一瞬で追いつき体内を抉るように侵入する。


「ぐ…が?。貴様っ!、これはっ!!」


驚愕の声がキグンマイマイの体内で響く。そこから続くのは痛みに喘ぐような声だった。数kmに広がる空に苦痛の声が鳴り渡る。

範囲に入っているマイマイでないものには異様なものに聞こえることだろう。


「ぁぁぁぁぁぁ!!!」

「体内から燃やされているようなもの。いいえ、それどころではないわね」

「流体なんぞに身体を変えるからだ」


ガイードから放出される魔力はゼルによって熱そのものに変えられている。それも水のような流体であれば瞬間的に沸騰させるほどの熱だ。

仮に空気のように状態変化しないものであってもガイードの放つ熱は動きを変化させる。本来その空間にあるべき自然の状態へ。


すなわち、キグンマイマイは体内が熱で蒸発させられているような状態になっていた。それも熱で焼かれて体内が機能停止するのではない、熱で体内そのものが消されていくのだ。


ただそこにいるだけで十分過ぎる被害を出せるルーナ達だが、当然それだけにとどまらない。ゼルを振り下ろすように構える。


「っ!?」

「そう簡単にはやらせん」


町長たちが突如として眼前に現れる。しかもガイードが鎧になる前とは戦術がまるで変わっていた。一人一人でも十分過ぎる戦力が連携して襲ってくる形だったのが、まるで民衆がパニックになり施設へ突っ込むように、大量の質に任せた物量攻撃へ。


さらに町長たちはガイードの熱による蒸発はあまり効いていない。それも当然である。今の彼らはマイマイであっても水のような流体ではない。


マイマイの生態は、不特定の幼生体にとりつき共に成長し、とりついた同種を殺せるようになったら怪しまれないように殺し、その同種を喰らう。同種を喰らいその魔力総量や使い方、身体能力を奪い、それを繰り返すことで成長していく。自分自身がマイマイとは気づかないままに。

そして一定以上の魔力を得たと判断した各マイマイはキグンマイマイの元へ向かう。そしてキグンマイマイはマイマイと判断したらそのまま体内へと受け入れる。つまりキグンマイマイの中であってもマイマイであるか生身であるかはマイマイたちは選べる。


今の町長たちは先ほどまでとは違い生身の存在だった。さらにキグンマイマイは自らの魔力を使い、亜人たちを材料に町長という生身を複製して襲わせたのだ。

生身の彼らといえど魔力を変換させた熱の影響はある。が、キグンマイマイはその程度無視するほどの、キグンマイマイのために自身のあらゆる全てを費やすという使命感を配下となるマイマイに与える。


キグンマイマイの体内はマイマイのホームであり、どこからでも町長たちは現れることができる。今のルーナの視界に映るような、眼前から飛びつき、上空から降ってくる、地上から引き下ろすというように。物量に呑まれ、ルーナらの視界は彼らに埋め尽くされて地上へ落とされていく。


「ガイードを甘く見ているのが丸わかりね」

「全くだ」


しかしルーナはニタリと笑い顔へ歪ませる。


戦術が変わったことで一瞬だけだがルーナは驚いた。だがガイードのおかげで奇襲されても傷が付くことも苦痛を味わうこともない。

地上へ落ちたのも町長たちの奇襲によるものでこそあるが、ガイードがその力を示すためちょうどよかっただけだ。マイマイたちの思い通りになっているように見せるため、そこから圧倒的な力を示すため。


「…っ!?。馬鹿な!?」

「無駄だ。その程度の攻撃では我は揺るがすこともできん」


落とされたように見えたルーナらは、ゆったりと着地した。膝を曲げることもなく翼でホバリングして降りるようなそれだ。地上から山のように町長を踏み手を伸ばして掴み掛かろうとしていた大量の町長らも踏みつけ、踏みつけられていた山のような町長らも貫き、地面に降り立つ。


踏みつけた町長らの身体から血飛沫が噴き上がる。だが身体を複製され、マトモな意思を持たない血など魔力を熱に変え蒸発させるルーナらには届くことはない。


「これだけで十分かしら?」

「いいやまだだ」


ガイードは再び空へ飛び立とうと翼をはためかせる。

町長らは増えに増え、翼にも町長たちはしがみつく。そしてルーナを中心とした町長による肉の山が出来上がっていく。次の瞬間には一回り大きくなるその山の真ん中、動くこと…いや喋ることすらままならないはずなのだ。


だが翼をはためかせ、少しずつ空へと飛びあがろうとするガイード。町長らは動かさせないと、肉の山に縫い付けようと、増えた町長がどんどん山の上から覆いかぶさる。

だがそんなものはガイードの障害にすらなり得ない。


「…な」

「無駄だと言ったはずだ」


肉の山そのものが持ち上がるように少しずつ空へと浮かんでいく。流体でなく生身であるため、町長らは肉の山から剥がれ、落ちていくものもそれなりにいた。

ルーナらにしがみつくものであれば落ちることはないものの、熱で少しずつ焼かれ、掴めなくなったものから同様に落ちていく。まるで錆びついた身体の錆を落とすかのようだ。


町長が襲ってきた高さと同等の高度まで浮かんだルーナらは勢いよく一回転した。たったそれだけで纏わりついていた肉の塊は一気に剥がれ落ちる。


「ぐぐ…」

「しつこい汚れってあるのね」

「これからやることからすれば落ちていた方が楽だったろうに」


町長が襲ってくる前と変わらない様子でルーナはゼルを振り下ろすように構える。使う魔法はかつて災害を破壊した一撃。

それをルーナが最適な威力に変えて放つだけだ。


「何を…!?」


振り払った町長らが再び襲ってくるも今回はガイードも落ちるような様子はない。ルーナらが妨害されようがその行動を必ず通すように、ガイードの身体は微動だにしない。


「ガイード、少し協力しなさい。あなたも暴れさせたいでしょう?」

「ほう?、それは助かる。だがいいのか?、お前だけでも十分だろう」

「その姿になってから全力を出してないでしょう。その練習とでも思えばいいわ」

「なるほどな、それならいいだろう。魔力を共鳴させよう」


ただでさえガイードの魔力が熱に変換されることで周囲に及ぼしてた熱波が、ルーナと魔力を共鳴させることでさらに温度と範囲を上昇させる。


「ぐぅぅぅぅぅ!?」


町長とキグンマイマイの苦痛に呻く声がさらに大きく響く。ただそこにいるだけでさえ苦痛の声が出る程のダメージを受けていたのだ。そこからさらに大きく影響を及ぼす真似をすればこうなることは必然だった。

流石にしがみつくことさえできなくなったのか、ルーナらにとりついていた邪魔ものは何もなくなった。


「魔法陣展開」


キグンマイマイの体内であるにもかかわらずルーナの魔法陣は展開される。空に浮かぶ陣など体内なのだからすぐさま対処できるはずだが、魔法陣はキグンマイマイの干渉を跳ねのけていた。


ルーナは容赦なく宣言をする。それはキグンマイマイを破壊の嵐に堕とすという宣言。そこにいる全てのものを殺すというもの。その意志を明確に魔法陣に込めている以上、ちょっとやそっとの干渉を行うことはできない。


「……貴様、旅をしていたものはいいのか?」


キグンマイマイの声の意図をルーナは分かっている。だがゼルを握る手に籠る力は変わらない。


キグンマイマイはあくまでマイマイとなったものをそのまま体内に入れる。つまり旅をしていたダイダク、ファイネ、エシータにリガードはマイマイだ。だが彼らからすれば身体は元のままであると認識しており、意思もそうだろう。マイマイになったと認識した瞬間に一瞬で変質するだけだ。

そしてマイマイであってもキグンマイマイではない。それは彼らがマイマイへ変質する前であり、キグンマイマイさえ討伐すれば元の姿に戻れる可能性があることを示している。


言い換えると人質そのものだ。キグンマイマイを討伐する際に最も注意しなければならないことこそがこれであり、身近なものが囚われていた場合、助けられるかもしれないという言葉に非常に油断しやすくなるのだ。


もしもこの言葉を聞いていたのがルーナではなくルミナであれば動揺し、魔法陣が崩れていたのは間違いなかっただろう。


事実、ルミナの微かな声はルーナに届いていた。止めて、お願い止めてという切ない願いが。


「どうでもいいわね。私は私の道を行くだけ」


だがルーナはバッサリと切り落とす。その瞳には深淵すら燃やし尽くす程の業火が溢れており、自らを焼き尽くしても自分の道を行くのだと言っているようだった。


「さて、花を示しましょう。星魔法――コメット」


魔法陣にゼルを叩きつける。それと同時に地震のような震えが町、空……キグンマイマイの体内全域に起きる。

魔法陣が更にルーナを中心に球体上に魔法陣を展開させる。さらに天空には紅色の花のような魔力が咲き誇る。魔力が一気にルーナから魔法陣に吸い取られ、魔力そのものが破壊そのものへと変換されていく。


地震が起き地面が裂け、空が割れて空からは隕石のようなものが降り注ぐ。さらに空間そのものに亀裂が走りブラックホールのような現象まで発生する。各地で衝撃波が起こり生命は一体足りとも残さず殺し尽くすと言わんばかりの殺意の嵐が舞っていく。


まさしく天変地異、それがキグンマイマイの体内で発生した。


だが体内は外と陸続きだ。衝撃の悉くはキグンマイマイに吸われようと、その余波はキグンマイマイの外の大地に吸われていく。


「我慢比べだ。さぁ来い」


その衝撃の中心に坐するガイードはそう告げた。

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