空間移動探偵ジョーカーにとって暇つぶしの事件
江戸川雷兎
問題編①
俺の名前は城ケ崎仗介。みんなからはジョーカーって呼ばれてる。世界で二番目に嫌いなものは退屈。そこんとこよろしくな。
ってなわけで俺は退屈で退屈で仕方がなかったんだ。相棒のお姉さんと一緒に日本全国津々浦々旅をしているんだけど、何も事件が起きなければひどく退屈だ。どこかにいい暇つぶしはないかなーって思って空間移動してそこらじゅうをぴょんぴょんぴょんぴょん移動しまくってんだ。え、空間移動って何かって? そんなもん空間を移動する魔法に決まってるじゃん。あ、そっか、一般人には魔法って言ってもエクスペクトパトローナムみたいなのしか思いつかないもんな。えっと、そうだな、能力だよ能力。俺は能力者。そう、スタンドだとか、念だとか、そういうやつ。そういった概念を俺の生きている世界では魔法っていうの。詳しく言うと属性色【藍】、契約対象【目】の《空間移動》魔法なんだけど、そんなこと言っても仕方ないもんなあ? 俺は本当は主人公なんてガラじゃないけど、今まさに俺がくっちゃべってる主人公ってことは、少なくとも俺が話してるこの話はきっと何かもっと大きな話のスピンオフか何かなんだろ。ということで魔法の話は終わり。魔法じゃなくて能力、俺は能力者だとでも考えといてくれ。でもそれで終わらせると俺のこと何もわかんないと思うから、ざっくり能力について説明しておくと、視界に入った場所どこにでも即座にノータイムで移動できるっていう能力なの。高速移動じゃないぜ、移動した軌跡は残らないからな。おっと、瞬間移動でもないぜ、俺の移動は瞬間も時間がかからないからな。俺という存在があっと思ったらもういないこれぞ芸術って感じなの。普通の人でも俺以外の能力者でも俺が移動したということすら認識できないの。もちろん移動後の俺を見たら認識できるけどな。あと言うべきことっつったら、タンクトップにダボダボのカーゴパンツに藍色のニット帽にクロックスが俺の標準装備。はい、自己紹介以上。これより本編開始。
で、何の話してたっけ。ああ、そうそう、俺は退屈が嫌いなんだ。世界で二番目にな。だから空間移動で星野あきよっていう能力者と一緒に日本中を旅してる。日本から外には出ない。能力者は海を渡れないだとかそういうのじゃなくて、俺ってば最終学歴小学生だから日本語以外喋れないの。行こうと思えばどこにだって行けるけど、言葉が通じないと嫌じゃん。コミュニケーションが取れないのは世界で二番目にもやもやすることだぜ。だから外に出たくないの。俺の行く場所は視界に入ってくる日本のどこかだけ。そして俺は今迷子になった。迷子になったんだよ。相棒とはぐれちまって独りぼっちになっちゃったんだ。でも嬉しいんだ。迷子っていう状況は意外とは暇つぶしになるからな。
森の中だから熊とかいねーのかなー。いたら戦って俺の力が本当にジョーカーの名に恥じぬくらい最強だって証明できるのになー。
なんて思ってたら突然の雨。バケツをひっくり返したかのような雨。隙間もない。虫も避けられない。俺ってば雨に濡れるのが世界で二番目にうざいことだと思ってるんだよ。だって濡れたら気持ち悪いじゃん。シャワー浴びたくなるじゃん。梅雨とかはまだいいんだよ、ずっと雨降ってるから。にわか雨はやめてくれ。
ひょいひょいっと空間移動。空間移動して森を奥へ奥へと。あ、ひとつ言っておくと、俺が空間移動って表現したらそれ空間移動したことになるから。実写化されたりアニメ化されたりしたららちゃんと映像でああこうなってたのねってわかるから。
そしたらさ、現れるんだよ。洋館。それなりに大きな洋館。森の中の拓けた土地に洋館。なんか花壇? 植え込み? そんなのに囲まれてて、しかもレンガっぽい壁に蔦が這ってる。すごい。こんな森の奥にこんな場所があるなんてな。誰が住んでんだよ。それとも別荘か何かか? 何にせよ、これでようやっと雨宿りができるぜ。空間移動は壁なんか関係ない。視界に入っててかつ俺が入れるだけのスペースがあればどこへだって行ける。明かりついてないと何があるかわからんから、とりあえずカーテンがかかっていなくて明かりのついた部屋だな。ってなわけで、お邪魔しまーす……って入ったのが間違いだったんだ。入ってから間違いだったって気づいたんだ。
中に人がいた。ふたり。そしてそれがひとりになろうとしてたんだよ。どういうことかって? あれだよ、殺人だよ殺人。
若い女が若い男の頭を花の入った花瓶で背後からゴン! 一撃! 倒れる男。それを見る女。そんなふたりを俺は背後から目撃してしまったんだよ。打ちどころが悪かったのか、男はそのまま倒れて動かない。女はまたがる。そして今度は花瓶を両手で持って追撃、追撃、追撃! 片手で持つより両手で持つほうが強いってか。いや、でもさ、おいおい、そんなに殴らなくてもいいだろ。どんだけ恨みがあるんだよ、その男に。確実に殺しておきてえ、って気持ちがびんびんと伝わってくるぜ。っておっと、女が振り返る。空間移動。部屋の隅、ベッドの陰に移動。見えてないはずだ。気づいた素振りすら見せてない。さすが俺。大丈夫。じゃあもうちょっと観察だ。あ、一応フローリングだし靴脱いどこ。
女は血のついた花瓶に入った花を男の周りにまき散らす。演出? いや、違うらしい。花瓶に入った、ってか残った水を窓の方向へめがけてぶちまけた。フローリングの床がびちゃびちゃだ。なんでそんなことしたんだこいつ。花瓶は花瓶でまったく別の方向に放り投げてるし。花瓶は全然割れないし。丈夫だな、花瓶。そりゃ人殺しの道具になるわ。
あれ? よくよく見たら女の服、濡れてんな。花瓶の水でも被ったか? いや、そんなわけないか。雨が降ってたから雨にでも降られたんだろ。ほら、室内なのに靴履いてる。 靴? なんで。と思ったら女は窓から出ていった。空間移動で彼女から見えない位置へ。おお、どうやら窓の外に梯子があったみたいだな。全然気づかんかった。そしてよくよく見たらもう雨上がってるやん。本当ににわか雨だったな。
女は窓だけ閉めて下に降りる。残されたのは俺と死体がひとつ。そこで俺はもうピンときたね。これひょっとしたら暇つぶしになるじゃん、って。俺は世界で二番目に退屈なんだ。マジでマジで。
森の奥の洋館で殺人事件なんてそんなもう手垢がつきまくってそれこそそれだけで力太郎でも作れると思うが、でも俺はそんな状況初めてだもんね。初めてだから暇つぶしになる。退屈しのぎ。そう、俺こそがこの殺人事件を解決する探偵なのさ! まあ、犯人知ってるけどさ。でもこういうのってさ、だいたいまず登場人物たちが自分で解決しようとするんじゃない? ほら、警察呼んでも時間かかるだろうし、もしかしたらそもそも電話がつながらない場所かもしれない。こういうのなんていうんだっけ、誰か身近な人間がこういうのの専門用語があるって言ってたけど忘れてしまった。まあいいか。
いや、何が言いたいかってさ。普通にしていてもたぶん面白くて暇つぶしになるこの事件を、俺がもっと面白くしちゃえばいいんじゃない?
というわけで、窓の鍵、失礼しまーす。女が閉めずに出ていった窓の鍵を閉める。普通のクレセント鍵。上に押し上げ。はいこれで密室完成。どうよ。でも本当に密室かどうかって思って部屋のドアを開けてみたけど、普通に開いたわ。密室じゃねえじゃん。まあ外からすれば中に入れないから密室だけど。
廊下。外に出る。吹き抜けになってて一階が見える。あと玄関も見えるわ。ガチャっと何かが閉まる音。え、ちょっと待って。後ろのドア閉まっちゃって開かないんだけど。ああ、オートロックね、これ。じゃあ密室だったわ。完璧な密室。中に死体。ドアがあるせいで部屋の中が見えないから俺はもうここから部屋には入れないな。空間移動三回か四回すれば入れるだろうけど。めんどくさい。たしか隣の部屋も明かりはついてたんだよな。って扉も開いてるし。中に人がいたらあれだからあの前は通らないようにしないとな。
下から声が聞こえる。ふたり。男と男。ああ、さっきの犯人女と死体男以外にも人がいるのね。じゃあますますちゃんとした殺人事件っぽくなるな。二時間サスペンスいけんじゃね? それは言いすぎか。もしも俺という物語がシリーズ化してドラマ化なんかももしたらそのうちの一話くらいは使えるかもな……ってこういうのを捕らぬ狸の皮算用って言うんだぜ。どうだ、俺ってば博識だろう?
周囲を見回して人がいないことを確認。今のところ登場人物は四人。おっと、そのうちひとりの犯人女が玄関から入ってきたぜ。びしょ濡れでな。
「あれ、サオリちゃんどうしたの? めっちゃ濡れてるじゃん」
男の声。
「散歩してたら雨に降られたの。最悪だよ。着替えなきゃ」
犯人女。動揺したそぶりはない。人殺してるのに。すごいなこの女。女ってみんなこんなんなのか?
扉の開く音。隣で。危ない条件反射で空間移動。男が出てきた。そいつから見えない場所 に俺はいる。これで登場人物五人。男は階段を降りる。俺は一階へ空間移動。男はどうやら外へ出るらしい。犯人女が部屋に入ろうとしている。鍵はカードキーとかじゃなくて普通の鍵らしいな。部屋の中が見えた。チャンス。空間移動。部屋の中へ。よしいける。とりあえず窓の鍵を開けた。
一息ついた犯人女。部屋の中の俺と目が合う。悲鳴。まあそうだよな。うん、普通の反応。
だから俺もとりあえず悲鳴を上げたんだ。
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