第5話 嵐の前の静けさとはまさに

~ガタゴトガタゴト~

 【『客車の中』】



「ところでお姉様、今は太陽が出ている時間帯ですけれど外に出て大丈夫なんでしょうか?」


 やや心配そうな顔をしながらアンナが質問してくる。


 まぁ無理もない、吸血鬼にとって太陽というのは天敵でしかないからな。

 しかし、日傘などの日光避けのアイテムを持ってきてはいない俺を見て、アンナがそう疑問に思うのは当然の事だろう。


「心配してくれてありがとうございます。今は【影魔法『影纏かげまとい』】を発動させているので問題ないですよ」

「……『影纏』? その魔法名は初めて聞きますわね。もし、スカーレット家の秘伝魔法とかでしたら私は聞かなかったことにしておきますわ」

「いえ、秘伝とかではなく覚えるのが難しいってだけの魔法ですよ」

「……やはりお姉様はすごいですわ!」


 そういうや否や、全力で俺の腹部に抱き着き、自身の顔をスリスリとこすりつけてくる。

 俺は無言でアンナの首にそっと腕を回してヘッドロックを決める。



「あだだだだ! 痛いですお姉様! ……あれ、お姉様聞いていますか!? 痛っ、いだ……ぁ、お、お姉様の胸が頭に―――ん? 待ってください! ちょっと気持ち良くなってきたかもしれませんわ」


   ●【大助さん! 大助さん! 『影纏』って何ですか! 私が教えた『闇纏』とは違う魔法なんでしょうか!?】

 

 血液アイスクリームで口の周りがベタベタなロリベラが質問をしてくる。

 こいついつも何か食ってんな。まぁ、成長期だから大目に見てやるか。

 ってかそのアイスクリームどうやって作ったんだよ……


   ■「違う物だぞ。視認性を下げる『闇纏』と違って、『影纏』ってのは光属性の魔法に対して強くなる魔法だな」

   ●【へー初耳ですね】

   ■「本来なら羅武螺舞学園編で覚える魔法で、要求知能値が62のかなりレベルの高い影魔法だから認知度が低いのは仕方がない事だな」 

   ●【なるほど、その……ずっと気にはなっていたんですが『知能値』というのは頭の良さの事でいいんでしょうか? あとそのレベルというのも気になります】

   ■「ふむ。その辺りはイザベラも知っておいた方がいいかもな。おけ、少しだけ『イケわく』における魔法のシステムに関して説明しようか」

   ●【わーい!】


 【『大助の魔法の授業』】


 『イケわく』の世界における『魔法』というのは簡単に言ってしまえば「何か凄い力」の事を指す。

 かなりあやふやな表現ではあるが、とりあえずは"そう"と言う他ないのである。

 このゲームを作った奴の考えを推測するのであれば、「あぁ~色々作るのメンドクセーなぁ。とりあえずは全部魔法って事で良くね?」といったところだろうか。

 


 基本的な属性は、『火』『水』『風』『雷』『闇』『光』の6つで構成されている。


 魔法を理解するうえで一番大切なのは『「知能値」の高さによって使える魔法の数と質が変わってくる』という事だ。

 ゲームの仕様上

 知能値の範囲は、最小値が1で最大値が100である。

 知能値の平均は、魔人が35で、人間は40とされている。


 説明終わり。


   ●【おー! 中々興味深いですね】

   ■「まぁ、昨晩色々とステ周りの確認をしてみたりはしたけど、残念な事にそういった数値は"あくまで"ゲームの仕様上見えていたってだけで、今現在の正確な数値を確認する事は出来なかったんだよなぁ……」

   ●【つまりは、存在してはいるけど視認することが出来ない個人情報という事ですかね】

   ■「物分かりがよくて助かる。一応はイザベラが何レべで何が使えるようになるのかは全部覚えていたから、現在の大まかな位置を雑ではあるけど把握できたよ。推定 65といったところだな。67で使えるようになる【氷魔法『平等なる氷槍』】が使えなかったからほぼ間違いない」

   ●【なるほど……わかりました、私の方でもちゃんと使えるようには準備しておきますね。少しでも選択肢が多い方が大助さんが動きやすいと思いますし】

   ■「オーケー。じゃ、この話はまた夜だな。今夜に備えて今日はもう休んどいたほうがいいぞ」

   ●【そうですね、この後の『ぱりきゅあ』を見たら休ませてもらいますね】


 大人びて見えはするけどやっぱりまだまだ子供なんだよなぁ。


 ……心に傷が出来ないように気を付けないとな。




 その後、一時間程とりとめのない会話をし、気が付いた時には森を抜けていた。


「お姉さま! お姉さま! 町が見えてきましたよ!」 


 アンナの声に反応し窓の外を見る。


「!!」


 ゲームをやったことのある俺からすれば、この街並み自体は何回か見ていたので知ってはいた。

 しかし、俺の記憶にある魔人界とは全く違った光景がそこにはあった。

 そう、多種多様な魔人や人間たちが行きかっていたのである。

 少なくとも俺の知っている魔人界はこんなに良い世界ではなかったはずだ。

 世界は暗い闇に閉ざされ、建物はその形を残すことなく倒壊し、種族に関しても一部貴族を残しそのほとんどが戦争によって死に絶えていた。

 まさに『死の世界』といった感じだった。



 しかし、今のこの光景はどうだ?

 町は奇麗に舗装され、高さが100メートルはあるんじゃないかという石造りの時計塔が聳え立っている。

 町中を行き来している魔人達もちゃんと服を着ていて小奇麗だ。

 『イケわく』の魔人界を廃墟と表現するのなら、ここは18世紀ロンドンと言ったところだろう。

 まぁぶっちゃけ、あの時計塔はビッグベンのパクリだろうしな。

 


「……その驚き様、お姉様はもしかして『バーデンガル』は初めてですか?」


『バーデンガル』

 魔人界は中央に魔王城を拠点とする『魔王領』が存在し、それを四つの世界が円形状に囲むように形成されている。

 スカーレット領に属するバーデンガルは魔人界の左下に位置していて、人間界がすぐ隣にあるという特性を生かした巨大な商業都市である。


   ■「イザベラ、バーデンガルに来たことはあるか?」

   ●【はい、そこそこの頻度で足を運んでいますね。そもそもここは私たちスカーレット家が管理している地域ですしね】


「い、いえ。アンナちゃんと来るのは初めてだったので嬉しくてつい……」

「ア、アアアアアアアアアア!!!」


 アンナは絶叫と共に盛大に鼻血を噴き出し倒れた。

 ピクピクと痙攣するアンナを座席に寝かせ、天井上で寝ているレオンに声をかける。


「レオン様。バーデンガルに到着しましたよ」

「……ん、もう着いたのか」


 口の端に涎跡を残したレオンが目を擦りながら反応する。

 ちょっと可愛いなおい。 


「はい。もう町の中に入ったのでそろそろ客車の中に入ってください。いつまでも天井上にいると注目を集めてしまうので」


 気が付くと周りにいた者たちがこちらを注目しているのが分る。

 スカーレット家の紋章が付いた馬車と、サーベラス家のご子息が天井上で寝ていたらまぁ、注目を集めるのも無理はないだろう。


「おっと、わりぃ」


 そう言うや否や、客車の窓からスッと入ってきて横たわるアンナの上に勢いよく座る。


「ぐっふッ」


「ところでよ。図書館に来たのはいいけどなんかする事があるのか? もしかして、来週から始まる魔悪魔悪学園の準備とかか?」


 ん? 待って、来週!? 

 おい! イザベラパパ! そういう重要な情報はもっと早くよこしてくれよ! 行くか否かの質問しかしてなかっただろ!

 


「ええ、勉強の役に立つ本を借りようかと思いまして。いつまでも親におんぶにだっこさせる訳にもいきませんからね」

「へ~、最近までうちの兄貴の真似して自分家の窓ガラス割ってたお前が『勉強』なんて単語を口にするのか」

「……そう言うレオン様の方はちゃんと勉強をしているんでしょうか?」


「…………」


「レオン様ー? 聞いていていますか?」


「…………」

「…………」



「ふぅー」


 俺はレオンの犬耳に優しく息を吹きかける。


「んっ」


 すると、息を吹きかけた瞬間、ビクッと体を震わせ変な声が漏れた。

 そう、獣人系の魔人は耳がかなり敏感だったりするのだ。


「……レオン様今変な声が―――」


「気のせいだ」


「……いや、でも―――」


「気のせいだ」

 

 レオンは顔をやや赤く染めながら窓の外に視線を移した。

 

「…………」

「…………」


「ふぅー」 


「おいやめろ!」



 軽く二人でいちゃつきながら魔王立図書館へと向かった。



 ♂♀♂♀♂♀



【『魔王立図書館前』】


 眼前に広がるこの光景を何と表現するのが妥当だろうか。

 巨大、圧倒的、威圧感、どの言葉もこの図書館の風体を表現するのには役不足に違いない。

 外観は全体的に黒をイメージカラーとして統一されており、左右には蝙蝠の翼の様な物が付いていた。 

 大きくそびえ立つ様はまるで『バベルの塔』と言っても過言ではない。


「す、凄い迫力のある図書館ですわね……」


 ついさっき目を覚ましたばかりのアンナが腕を組みながら感心する。


 この図書館は世界的に見ても古く、世界で二番目に多く書物を保管している所でもある。

 正式名称は『魔王立図書館』。その独特の見た目から『ブラックバベル』なんて言われたりもするそうだ。


「さてと、では早速中に入りましょうか。あ、その前に一応言っておきますが、あまり目立たないようにお願いしますね。もしかしたら、『沈黙卿』がいらっしゃる可能性もありますので。……お二人もまだ死にたくはないでしょう?」


 俺は笑顔を作りながらケモミミっ子の二人に警告を発する。


「……帰っていいか?」

「駄目です」


 即座に帰ろうとするレオンの腕をガッチリと掴み、そのまま半ば強引に図書館へと入っていった。

 そして何故か逆の腕にアンナが引っ付いていた。



【『魔王立図書館一階』】



 受付に軽く挨拶を済ませ中へと入ると、本の壁が360度広がっている広大な空間が見えてきた。

 中央には螺旋状の階段があり、途中途中にある通路を渡ると、丁度ぐるっと一周建物の内側を渡れるような通路に出られるのだろう。

 そういった構造が何層にもなっていて、まるで蜘蛛の巣の様にも見えてくる。

 


「わぁっ! 凄いですわ!」

「噂には聞いていたけどすげー数の本だな」


 どうやら二人はここに来るのは初めてだったらしく、年相応な反応を見せた。

 

「この図書館を建てたお父様曰く『一個人が大金なんて持っててもしょうがない。であるのであれば、私は"知識"という形でその富を民に分配しようと思う。知識とはつまりは金なのだからね。』という事らしいです」


「まぁ俺なら知識なんかよりも現金の方が欲しかったりはするけどな」

「ちょっとお兄様! そんなはしたないことは言わないでください! サーベラス家の一員として恥ずかしいですわ!」

「でもよ、その日を生きるのに必死な奴だっているわけだろ?」

「……確かにそうですけども」


 珍しいくアンナの方がカバーに入っていた。

 ……いつもそう真面目ちゃんだったならどれほど助かることか。

 

「私は色々な意見があっていいと思いますよ。その意見に対しての回答としては『人間界との間に明確な教育の差が出来てしまうからそれは愚策だ』とのことですね。つまりは、働かなくても、勉強しなくてもお金が入ってきてしまう、というは魔人界の未来にとっては毒となる可能性が高いという事です。後、この都市では『最低限の生活』というのは保証されているので、飢え死にすることはないで安心して勉学に励むことが出来ます。まぁ、"やる気"があればの話ですけどね」


「なるほどな、流石は『商人の町』と言われるだけはあるな。こっちは軍人の育成がメインだったりする影響で、識字率が低かったりするからその辺は見習わないといけないな。と言っても兄貴がそれを納得するかどうかはわからんけどな」


「……確かにベルゼ様なら『勉強するより殴った方が早い』と、お考えになる可能性は高いですよね」


「いえ、お姉さま! そんなことは!―――ありますわね……」


 出来る限りの擁護をしようとはしたけど、弁護の言葉が見つからなかったんだろうな……可哀そうに。


「まぁ、ベルゼ様が居なかったら、魔人界の治安が今より3倍は悪くなるという分析結果もありますし、サーベラス家の威厳はいまだ健在かと思いますよ!」


「う、うぅ……お姉さまはいつもアンナにお優しいですね」


 ウルウルとさせた瞳でこちらを見つめてくる。

 俺はその視線を華麗にスルーしつつ人物を探した。


「…………」

 

 どうやら見渡した限りには【沈黙卿】の姿はないようだ。

 とりあえずは安全に【寡黙なる羊】のフラグを立てられるな……


「アンナさん、レオンさん。少しの間、ここのテーブルでお待ちになってもらってもいいでしょうか? 司書のドルバラ様に軽く挨拶をしてきたいと思いまして……」


「わかった、大勢で行っても仕事の邪魔になるだろうから俺達はここで待ってるよ」

「え!? 私はお姉さまと離れたくありません! 私も一緒に!」

「おいアンナ、さっきお前は俺に対して、『サーベラス家の一員として恥ずかしい』とかなんとか言ってなったか? ん? 俺の聞き違いとかだったら教えてくれ。どうなんだおい」

「うぅ……」


 ふーん、やるじゃん。

 ちゃんとした『お兄ちゃん』もできるんだな


「……アンナさん、私は空気が読める女の子はとてもステキだと思うんですよ―――」

「お姉様、私はここでいい子に待っているので、どうぞお気をつけていってくださいまし」


 oh……即答。

 アンナのイザベラ愛が重すぎる件について……


「あ、ありがとうございます。それでは行ってきますね」


 俺は【寡黙なる羊】のフラグを立てるために、この図書館の司書である『ドルバラ』の元へと向かった。


 1分ほど一階を歩き回り、とうとうドルバラの姿を見つけることが出来た。


「あ、ドルバラ様! ここにいらしたのですか」


「……おや? そのお姿、イザベラ様でしょうか!?」

「ええ。スカーレット家のイザベラ・スカーレットで間違いありませんよ」

「三年前よりもさらにお美しくなっていて一瞬気がつかなかったですよ! またお会い出来て光栄です」

「もう、本当にお上手なんですから」


 見た目の印象を一言で言い表すのであれば、『小太りなおじさん』と言ったところだろうか。

 髪の毛はクルクルと丸まっており、牛人の特徴である大きな角が左右についているそんな男だった。

 服装に関してはわりとしっかりとしているのだけれど、先程までずっとレオンの近くにいた影響か、どことなく"汚い"という印象を拭えずにいた。


「それで、今回はどういったご用件で図書館を訪れたのでしょうか?」

「今回来たのは、来週の魔悪魔悪学園への入学準備の為ですね。本格的に学生生活が始まる前にある程度の予習をと思いまして」

「おお。それは素晴らしい試みですな。私に何かできることがあれば何なりとお申し付けください。お父様には随分とお世話になっていますからね」

「お気遣いありがとうございます。ですが、自分で探すのもまた"勉強"だと思いますので、今回は挨拶だけで失礼させていただきますね」

「なるほど、それは勤勉な事で。何か困った事ができた際には気軽に声をかけてください。では私はそろそろ仕事に戻らせていただきますね。貴方に良き学びがあることを願います」


 ドルバラは丁寧なお辞儀をし立ち去ろうとした。


 俺はそれを見るや否や、行かせまいとドルバラの腕を掴んだ。


「ドルバラ様お待ちになってください!」

「おや、まだ何か言い残した事がおありなのでしょうか?」

「……いえその、今晩図書館を閉めた後に二人っきりで……その、会えないかと思いまして」


 恥ずかしがる生娘の様な反応を見せながらドルバラの耳元に囁きかける。


「……ふむ、なるほど。わかりました。何か悩みがあるのでしょうな。私で良ければ最後までお付き合いしましょう。ふふ」


「あ、ありがとう……ございます。ではまた今晩お会いしましょう……」


 俺はそう言い残すや否や、視線を合わせることなく駆け足でその場を離脱した。



 ♂♀♂♀♂♀



「お二人ともお待たせしてすみません」


「おう、じゃあさっそく必要な本を探そうぜ」

「お姉さまァァァ!!! クンクン、あぁ、やはりお姉さまの匂いは落ち着きますわ」


 その後、腕にクレイジーサイコを纏わせながら色々な本を見て回り、『魔人界の成り立ち』や『魔法学』、『魔人の種族表』などの役に立ちそうな本を多く見つけることに成功した。


 しかし、他の本も見るべく上階に移動しようとしたその瞬間、危惧していた問題が発生した。


 薄いブロンドヘアーに黒縁の眼鏡、さらには白衣の様な物を身に纏ったがそこにいた。

 だが幸いなことに、五階にある本棚の前で、静かに一冊の本を読んでいるあいつ絶望はまだこちらの存在には気が付いていないようだった。


「―――!? お二人とも待ってください! 上階に【沈黙卿】がいらっしゃいます」

「「!?」」


 三人はそれ以上の言葉を交わすことなく、ゆっくりと後退しようとした。

 

 ゆっくりとゆっくりと、焦らずに移動しろ!

 

 ……………………

 ……………………


 ……あともう少しで階段を下りられる。


 ……………………


 よし! 後は出口までゆっくり―――

 

「―――やぁ、皆さんお揃いでどうされたんですか?」


 ッ!?


 一瞬にして冷や汗が噴き出すのがわかる。

 ……駄目だったか。



「……ご、ごきげんよう マモン様」


「こんにちは、イザベラ様、レオン様、アンナ様」


 視線を外し、振り返った瞬間にはもうそこにいた。

 にっこりとほほ笑む優しそうな雰囲気を纏った男の名は『マモン』。


 【魔王軍七魔将の一柱 マモン・フォルクス】


 多くのプレイヤーの心をへし折り、『沈黙卿』の異名で呼ばれるクソ眼鏡。


 

 ……すまん、俺ここで死ぬかも。

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