第2話 やっぱりな、そう思ってはいたんだよ。


 俺は目の前に置かれた『人間の血』で出来たスープをどう処理するべきか考える。


 この先、『イザベラ・スカーレット』として生きていくなら避けては通れない問題だな。

 普通なら血液なんて鉄臭くて飲めたもんじゃないけど、……残念ながら目の前のスープからは凄い香ばしい良い匂いがしてくるんだよな。

 ……いや、ここは我慢だ。

 人間の俺がこんな血液如きに負けてたまるかよ!


 ~三分後~


 いやこれ結構美味いな!

 何て言うんだろか、こう、凄い濃厚なんだよね。

 若々しい味っつーのかな。

 一口飲む度に、鼻の奥をスゥーと爽やかな香りが突き抜けていくこの感じたまりませんな!


『あらあら、そんなに急がなくてもスープは逃げませんよ? ふふふ』


「お母様、人間の血液凄い美味しいよ!」  


 俺は夢中になって残りの血を一気に飲み干した。


 若干のやってしまった感は否めないが、まぁ残して捨てるよりは飲んだ方がいいだろう。

 実に美味であった、ご馳走様でした。


『ところでイザベラ。例の件は考えてくれたかね?』


 ある程度食事が片付いたタイミングで、父レイブンから何やら意味ありげな事を問いかけられた。


 『例』の件? 

 羅武螺舞ラブラブ学園の事を言っているのか?

 ゲームのシナリオの通りに事が運ぶなら、イザベラは15歳で羅武螺舞学園に入学する。

 今を10歳と仮定しても、あと5年は時間がかかる計算だ……

 ……墓穴を掘るのも怖いし無難に返答しておくか。


「ごめんなさいお父様。最近、酷い便秘が続いてしまっていて『例の件』が何だったのか忘れちゃったわ」

 

 よし。父親があまり突っ込めない話題を出すことによって『そ、それなら仕方ない』と、半ば強引に話を切る高等技術だ。

 俺の妹がよく親父に対して使っていた技だ。


『な、なるほど。我慢できなくなったらすぐに言うんだよ?』


「はい、お父様!」


『さて、例の件というのは魔王立魔悪魔悪まおまお学園への入学の話の事さ。イザベラも今年でもう10歳だ、人間界に留学する前に最低限の知識を学んでおく必要があるだろう?』


 なるほど、そう言う事か。

 確か作中の設定では、人間界と魔人界は先の大戦で平和条約を結んでいて、今では盛んに交流が行われていますよーって感じだったな。

 イザベラが人間界の学園に留学したのも『人間と魔人の平和の為』だったもんな。

 うーん。魔悪魔悪学園に行っておくべきか否か悩むけど……もし俺のが正しいのなら行っておくべきか。


「お父様、私学園に行きたいです! 人間界に行った際、万が一スカーレット家の名に泥を塗るような事があったら御先祖様に顔向けできませんから!」


『おぉ! 流石は我がスカーレット家を継ぐ子だ、やっとその自覚を持ってくれたか……うぅ…お父さん嬉しくて……涙が止まらないよ…』


 父レイブンの隣にいた母カルティエもつられて号泣する。

 

 将来を見据えて動くなら、早い段階からフラグを立てておくのは重要な事だ。

 羅武螺舞学園での話から逆算して考えるなら、おそらく魔悪魔悪学園にはがいるだろうしな。


『カミラ! 食事のお代わりを持ってきてくれ! 今日は祝日だぁ!!!』


「かしこまりました旦那様」


 おいおいおい、どんだけ親馬鹿なんだよ……




 その後、血液スープを二杯お代わりし、タプタプになったお腹をさすりながら部屋に戻った。



 腹が膨れた影響か今はかなり精神が落ち着いている。

 さっきまでは一種の錯乱状態だった為に、部屋の内装を見る余裕すらなかったが今はよく見える。


 貴族御用達のクソでかベッドに俺よりもやや大きい姿鏡。

 ベッドの横にはクローゼットに化粧棚、さらには天井に趣味のいいシャンデリアまである。

 端的に言えば中世ヨーロッパの貴族の部屋のように煌びやかだった。


 俺はとりあえず、姿鏡の前に置いてある椅子に腰を下ろす。


 はぁ、……どうしたもんか。

 確かに「人生で一度は幼女になってみたい」と思ったことがないわけではないけど、バッドエンド直行ルートがほぼほぼ決まっているというのは勘弁してほしいところだ。

 

 すると、どこからか正体不明の声が聞こえてきた。


「うぉ!? なんだ! 誰かいるのか」


 辺りを見回すが部屋には俺以外には誰もいなかった。

 「幻聴か」と思い再度椅子に座りなんとなしに鏡を見た。


『ばぁっ!!!』


 鏡には見ず知らずの女性が映っており、俺が鏡を見るや否や突然脅かしてきた。


「うぁっ!? ……なんだお前」


 リアクション芸人がしちゃいけないような地味な反応をした後に、鏡に映る桃色の髪の毛を持つ女性を軽く睨む。


『はははっ! いやぁ~なかなかに良い反応を見せてくれるねぇ江呂下 大助えろげだいすけくん』


 金の刺繡が所々に入った白いドレスを着た女性が笑っている。

 しかし、その目はどこか冷めているようにも見える。


「……俺をこの世界に連れてきたのは?」


『そうだよ! 君をこの世界に転生させたのは、無名にして最も新しい女神たる私だよん』


 な、なんだこの喋り方……『女神』というより『ギャル』じゃねーか。

 というかこいつ今『転生』って言ったのか?


 ………………。


「転生? 何を言ってるんだ? 百歩譲って"女神"だというのはまぁ納得はできるよ。このでたらめな状況から考えればむしろあんたが"神様"でない方がおかしいまであるしな。ただ、『転生』というのどういう事だ? 俺はトラックで轢死した訳でも、ヤンデレ彼女に刺殺された訳でもないぞ?」


 額に冷や汗が浮かび、ゆっくりと床へと落ちていく。


『またまたぁ~どうせ予想は出来てるんでしょ? 君が現実を直視、いや理解したくないというのなら女神たる私が教えてあげるよ。江呂下大助くん、君はもう死んでいるんだよね』


「……そ、それマジで言ってんの?」


 ひきつる顔を右手で押さえ精神を落ち着かせる。


『そだよ! 死因は栄養失調による衰弱死だね。まぁ、ほとんど飲まず食わずに一週間ゲームしてたらそりゃ死ぬよ。後半なんかただの意地だけで生きてたからね君』


 そ、そんな……

 限定発売の『魔女っ子リリカちゃんの魔法学園』や『サマーランド~真夏の海に君のムスコもドッキドキ♡えぶりでぇ~』をやらずに俺は死んだのか……?


 嘘だよな……ははっ。


『あ、ちなみに君が死んだあと、君のコレクションは全部売られてたよ』


「ど゛う゛し゛て゛た゛よ゛ぉぉぉあああああ!!!!! うぅ……それはあんまりじゃねぇか!!!」


 ……でも、誰もいない押し入れにいるよりかは、誰かのところにいた方が皆も幸せか……。

 リリカ、マキ、さくら、燈子、全てのヒロインの皆……俺の分まで幸せになってくれよな……。


 俺は一頻ひとしきりむせび泣いた後、やっと冷静に戻った。



「……それで、何で俺が『イケわく』の世界に転生したのかの理由は教えてくれるんだろう?」


 彼女たちの事から一旦頭を切り替えて事の経緯を聞き出す。


『まずは君も知るこの世界、つまりは私が世界について話していこうか』


 ……なるほど、だから『.com』なのか


『ここはゲーム「イケわく」を参考にして作った世界で、生命体の住む本物の世界なんだよね。仮想世界とかじゃなくて、君の住んでいた所とはまた別の地球とでもイメージすればいいんじゃないかな』


「つまりは、平行世界を作った、もしくは元々あった平行世界を改ざんしたとかか?」

 

『概ね後者の予想で正しいよ。厳密には「もう詰んだ」世界戦の上に「イケわく」テクスチャーを張ったってだけなんだけね』


 神様らしい強引なやり口だな。

『どうせ終わるならスキップしてもいいよね?』って事か。


「それで? この世界の成り立ちについては概ね把握した訳だけど、わざわざ『俺』を連れてきて『イザベラ』にした理由はなんだ?」


 そう、一番の謎はそこだ。

 "何故"『イザベラ』なんだ? 

 『エマ』ではいけない理由があるんか?


 それに、何故俺たちの世界で『イケわく』なんてゲームを売っていたのかも気になるな。

 

『そうやって結論を急ぎたがるのは君の悪い癖だよね。まぁいいや。君をこの世界に連れてきた理由は、君が世界で一番早くハッピーエンドに到達して、『パーフェクトエンド』を唯一模索していた存在だからだね。『ハッピーエンド』はでクリア出来たにも関わらず、残りの三日間を使ってもエンディングを君は見たいとは思わはないかな?』


「……やっぱりあったのか」


『あるよ。君が最期に目指した"全て"を救うそんなルート、『パーフェクトエンド』ってやつがね』


 『イザベラ・スカーレット』

 魔界四大貴族の一つ、スカーレット家の次期党首の座が約束女性だった。

 しかしゲームの後半で、人間界側と魔人界側で世界の覇権をかけた世界大戦が勃発し不幸にも一つの決断を迫られる。

 結果、イザベラは苦悩の末に魔人界側に立って戦う事を決意し、人間界側の希望であるエマ・シャルロットの覚醒を阻むべく悪逆非道の限りを尽くした。

 ゲームの設定上、イザベラは作中最高値の頭脳を持つとされていた。

 しかし、その頭脳の高さ故に、誰も彼女の思考に付いていけず、誰に理解されることもなく、ただただ孤独に孤高にイザベラは最後の最期まで『魔王』になってまで戦い抗い死んでいった。

 そう魔人界の未来の為に。

 その生き様から『トゥルー』と『バッド』エンドルートに到達したユーザーからは、「良い悪役」として熱い支持を受けていた。


 だけど俺はそんな『イザベラ』が嫌いだった。


 自身が孤独になってでも家族の為に戦わなければならない。

 絶大な権力を手に入れるために、現存する『魔王』を殺害し、軍部を強くしなければならない。

 魔人界の未来の為に、反逆する民を殺し、友を殺し、そして愛する家族を殺さなければならない。


 果たしてこの選択にどれほどの価値があるのだろうか?


 何より、の心まで殺し戦う事にどんな意味があるというんだ?

 作中最高値の頭脳を持ちながらも、血を流すことでしか問題を解決する術を持たなかったイザベラに俺は深く嫌悪する。


 お前なら平和にまとめることが出来たはずだ。

 お前がもっと人間に歩み寄っていれば十分解決出来たはずだ。

 お前が仲間を信じていれば何とかなったかもしれない。


 そして、お前が俺なら、俺がお前ならきっと全てを解決出来たはずだ……




 ……なるほど、つまりは……


「念の為に聞いておくけど、『全て』を救う事の出来る『パーフェクトエンド』は本当に実現可能なのか?」

 

『私ですら想像をしていなかった、作者ですら想定していなかった、「イザベラ全て」を救済するルートを、君は確立させることが出来ると私は信じているんだよ』


「それがこの世界に来た理由か……。最後にもう一つだけ教えてくれないか? 何故君はをしてるんだ? そっちにメリットがあるようには見えないけど」


『うーん。どこまで教えてあげよっかな~そうだね~、私の目的は大きく分けて二つあって、一つは、見えないルートってのに興味があるってのと、二つ目は、口説きたい男がいるんだけどそいつがガードが固くてねぇ~それで君を見て私も口説き方の勉強をしよっかなって思ったってのが理由かな』


 いや、何を言ってるのかさっぱり頭に入ってこなかったんだが……


 とりあえずまとめると。


 一つ目が、『パーフェクトエンド』を見たいから

 二つ目が、男の口説き方を勉強させろ


 って事か? 


「いやいや、俺は男の口説き方なんて知らねーぞ? 体は女になってるけど、心は男だしな」


『ふふふふふ。その点は安心してほしいかな。君の心は女の子に変わっていくように細工したからさ』


 は?

「は?」


「いやいや待て、それは違うじゃん? 俺は妹に頼まれてたから乙女ゲーをやってただけであって、男が好きだからやってた訳じゃねーぞ? そもそも俺は、内心合法百合を楽しみにしてた訳なんだが?」


 冗談じゃない。

 俺は男に言い寄られても気持ち悪いだけだし、好きなのは女の方なんだよ!

 『パーフェクトエンド』の為なら、多少のオイタは許すつもりだけど、身体まで許すつもりはない。


『ふふふふふ。一体、どのタイミングで君はメス堕ちするんだろうねぇ。お姉ちゃんは楽しみだよ♡』


 こいうぅぅぅぅぅ!!!!!


 駄目だこいつ腐ってやがる!

 どうする? 考えろ! 作中最高値の頭脳を持ってんだろ何とかしろ俺の脳みそ!!!!!!


 A.【私も楽しみです】


 おいいいいいいいい!!!!!

 イザベラまだ頭の中におるやんけぇぇぇぇぇぇ!!!!!!


「おい女神! 今イザベラの声らしきものが聞こえたんだけどこれどうなってんだよ!」


『あぁ、言い忘れてました。その体の本来の所有者である「イザベラ」さんはまだ君の心の中にいるんですよね。神様特権で強引に精神だけを剥がそうかなとは思っていたんですけど、流石にそれは可哀そうだってなって思い、全てのネタバレをしてから本人と契約をしたんです。「精神、自我」は残し、代わりに『パーフェクトエンド』まで体を預けると。本来の目的を考えたら妥当なところでしょう』


「なるほどな。道理でスープがめちゃんこ美味しかった訳だ。ちなみに、イザベラは本当にそれでいいのか?」


【私は構わないです。この世界の成り立ちや、私がこの先など全て魔神さまから聞きました。だからどうか……家族にだけは幸せになってほしいんです】


 …………………。


「……流石は頭脳明晰なだけはあるな。たかだか10歳程度で受け入れられる様な軽い話じゃないんだけどな。オーケーわかった、その気持ちを汲んで俺の方も協力しよう。ただし、一つ俺からも条件がある。日中のフラグ、好感度管理は俺が引き受ける、その代わり夜での生活はイザベラ君が担当しれくれ」


【え!?】


「え!? じゃない。これはお前の人生ならぬ吸血鬼生なんだから、お前自身が頑張るのは当然の事だろ? おい女神これくらい調整当然できるんだよな?」


 俺はやや高圧的に女神に問いかける。


『できるよ。まぁ「イザベラちゃんがそれを望む」のであればの話だけどね』


【……私は未来が怖いんです。こんな思いをするくらいなら誰かに責任を投げちゃおうかなって……】


「……さっき女神が言っていた通り、俺じゃ『パーフェクトエンド』に到達することは出来なかったんだよ。でも、もしかしたら……なら成し遂げられるんじゃないかと俺は思ってる。だから力を貸してくれないかイザベラ」


 困った時に、周りに助けを求められなかった。

 これはイザベラの弱さの一つだ。


【私にできるんでしょうか……】


「言ったろ? 俺が目指すのは全てを救う『パーフェクトエンド』だって」


 しばしの沈黙のあとに、震えるようにイザベラは答える。


【……確かにいつまでも逃げていてはダメですよね。わかりました、私も一緒に頑張らせていただきます! どうかよろしくお願いします大助さん!】


「オッケー! あとできればでいいんだけど、おにいちゃんって呼んでほしいな」


【それは嫌です】


『さてと、そろそろまとめよっか。日中は大助くん、夜中はイザベラちゃんが担当するって事でいいのかな? 一応、応急的なスイッチも可能にはしておくけど』


「おうよ! それで頼む」

【はい!】


『よろしい。次の朝からそうなっているだろうから頑張ってね。私は君たちの行く末に幸多からん事を願ってるよ。じゃ、またね!』


 そう言って、鏡の中から姿を消した。


 静寂が部屋に戻ってくる


「………………」


「イザベラ……おにいちゃ―――」

【嫌です】



 こうして二人の奇妙な生活が始まったのであった。

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