第31話 (ジン)

 だらりと脱力して垂れ下がる舌には、キラリと光る赤い石がついている。まさかここに置いて行くわけにもいかない。この石一つで国が滅んだり興ったりするくらいの力はあるだろうし。うっかり妙なやつの手に渡ってしまえば一大事だ。目の届かないところに放置はしたくない。

 かと言って、ミライの抜け殻を背負って行けるほど、あたしは屈強ではない。

「……仕方ねえか」

 出店で買った小型のナイフを取り出し、舌に刃を入れる。生体活動をやめた筋肉は、思ったよりも硬い。

 もうここにミライはいなくて、どう扱おうが別に痛くもかゆくもないのはわかっているが、やはり少し抵抗がある。

 舌を切り落として、手のひらの上に乗せる。湿った肉片は冷たくて、少し気色悪い。

 今、外はどういう状況なんだろうか。正直あたしはホムンクルスだの錬金術だのとはあまり関係ない外野だ。あの辺の界隈のことはよくわからないから、想像するのも難しい。あたしが牢にいる間に事態はどう転んだのか、まるでわからない。

 悩んでいるあたしをバカにするように、忌々しい鳥野郎が檻の隙間から戻ってきた。

「ヨウ、キョウダイ!」

「お前! ミライと一緒に行ったんじゃなかったのかよ。あっ! ちょっ! やめろ!」

 シーチキンはあたしの手のひらの上から、鉤爪で石をひっつかんでどこかへ飛んで行こうとする。

「おい! 返せ!」

 慌てるあたしを嘲るように黄色い羽をはためかせて、シーチキンは飛んで行く。

「うわ……やべえ」

 どうしたものか考えていると、ミライの声が聞こえた。

「おーい! ジン! 今開けるよ!」

 元気な声が洞窟の中をこだましている。

 ガチャガチャと束の鍵の中から檻の鍵穴に合うものを探し、いくつか試すと無事に檻は開いた。

「あの鳥野郎追いかけるぞ!」

「えっ、どうしたの?」

「話は後だ!」

 大慌てで走って追いかける。シーチキンは思ったより近くにいた。煤けたランプの上で羽を休めていたが、あたしに気づくと再び羽を広げる。

「コッチダ、コッチ」

 ついて来いってか。上等だ。

 誘われるままに走って行くと開けた広い空間に出た。微かな光が入ってくるとはいえ、明かりもない部屋の中は薄暗い。

 部屋の真ん中に、やたらでかい岩が安置されている。

「なんだこりゃ」

「チカヨルナ」

 暗くてよく見えない。ちょっと小さい山くらいある。ゴツゴツした突起がたくさんある。

「手……? 足もあるな。彫刻か……?」

「なんか怖いね」

 ガラガラ、と少しだけ天井が崩れた。光が差し込んでくる。

 違う。岩じゃない。褪せて乾いてはいるが、これは人の体のパーツが集まってできた肉団子だ。

「これは……。クリーチャー?」

「ええ!?」

 いや、そんなはずはない。クリーチャーは今、女の子の姿で生きている。それに、こいつは、あの時難破船で見た怪物だった頃のクリーチャーより大きい。三倍はあるんじゃないだろうか。

「死んでるのか?」

「ええ、死んでますよ。だいぶ前に」

 ビクッと肩が跳ねる。

「ミュウ……」

 重たい音とともに、壁の一部がゆっくりと動く。その向こうから現れたミュウは、走ってきたのか息が上がっている。

「二人とも逃げた方がいいですよ。近くにいたらきっと踏み潰してしまう。最初の犠牲者になりたいなら止めはしませんが」

 この馬鹿でかい死体も、二号や兄貴みたいに操る気なんだろうか。

 ミュウは、手にした短刀で自分の手首を切って、死体の周りを歩き始める。

「なにをする気だ?」

「強い体がね、欲しいんですよ。誰にも傷つけられない、大事なものを自分の力で守れる、そういう体が」

 血を垂らしながら一周回ると、ミュウは死体に手を添えた。

「最初は学院の街を壊しましょう。そしたらその次は……順番なんてどうでもいいですね。どうせ全部潰すんですから」

「やめなさい!」

 広い空洞に大声が響く。すごい形相のレンが走ってやってきたところだった。

「それと融合する気だね? ダメだ。やめなさい」

「嫌です」

 ズブズブと、死体に添えられたミュウの手が肉塊に埋まっていく。どんどん飲み込まれて、最後には頭が出ているのみとなった。

 ずずず、と大仰に肉塊が体を揺すった。

 何本も伸びている手を、試すように握って開く。身体中の眼球がゴロッと動いた。

「わっ、動いた!?」

「なっ!? おい! なんだよあれ!」

 動き始めた怪物を見上げて、レンがポツポツと語る。

「錬金術でできることは二つ、分離と融合だ。既にあるものを分解して純度の高い物質を取り出すか、複数の物質を混ぜ合わせて新しいものを作るか。多分、いざとなったらこの手段を使えるように、あらかじめ手が加えてあったんだろうね」

「つまり合体したってことか!? そんなのありかよ!」

「結構難しいんだけどね。そうでなくても、あれはただの肉塊ってわけじゃないし。シュウの見立て通り、才能があったってのは間違いないみたいだ」

「のんきなこと言ってる場合か!」

 息を吹き返した巨体は、手足を伸ばして洞窟の壁を破壊する。ガラガラと瓦礫が降ってきて、あたしは大慌てでしゃがみ込んで頭をかばう。

 やばいやばいやばい。踏み潰すってまんまの意味かよ。

 壁を破壊し、瓦礫を踏み越え、山のように大きな怪物は外へと這い出していく。

「どうすんだ!? 学院を潰しに行くって言ってたぞ!」

「学院どころか、この大陸全土を更地にできるだろうね。彼女はただ、歩き回っているだけで全部を破壊できる」

「なんでそんなに落ち着いてんだよ!」

「ともかく、追いかけよう。手段はあるから安心して」

 あれをなんとかする算段はある。そういうことでいいんだろうか。というか、そもそもあれはなんなんだ。

 あとで説明してくれるらしいから、あたしはいろんな疑問を飲み込んで、レンとミライと一緒に、巨大な怪物を追いかけて走り出した。

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