第8話 (レン)
僕とシュウが学院を出て海の街トゥーガへ引っ越す、と言い出した時、ヴァルトマン教授は「やめといた方がいいと思うよ」と言った。
錬金術師には、大きく二つ派閥があった。一つは学院にこもってひたすら自分の興味に任せて研究をする者たち。もう一つは、野に下って作った物で商売をする者たち。シュウは後者の組合の幹部が父親だったこともあり、自分も将来的には市井で技術を活用するつもりでいた。
「なんでですか。こいつの才能は本物だ。こんなすごい奴が辺鄙な荒地で埋もれたままなのはもったいない」
シュウは教授に喧嘩腰で食ってかかったが、教授は穏やかに答えた。
「レン君のそれは、才能とか技術とか、そういうものとはまた違う。人の理解の範疇を超えている。人は、自分と違うものを排除したがるんだよ。奇人変人しかいないこの街ならともかく、人里に降りていけば悪目立ちするに違いない」
その通りだった。
だから、僕はミライや一号が心配だ。
ミライと一号が出て行って、僕たちが残された部屋には気まずい空気が漂っていた。
「おい。今のは流石にないだろ。せっかく一号に友達ができたってのに。だいたい失礼だろうが」
ジンがこっちを睨んでいる。確かに彼女の言う通りだとも思うけど、ドラセーを信用しきれないのも事実だ。
「いいっていいって。私も最初はイッチーのこと殺すつもりだったし。心配するのも当然っしょ」
カラッと笑うドラセーは、冗談を言っている様子ではなかった。
「私、弟いたんだけどさ、ちょっと前に死んじゃったんだよ。バケモノの討伐に行くって言ってさ。「世の中が乱れたら真っ先に割りを食うのは姉さんみたいな弱い人だ」って張り切っちゃってさー。そのまま帰ってこなかったよ。優しい子だった」
ホムンクルスたちを殺そうと人間たちが決めた後、平和を守るためにいくつかの部隊が派遣された。その中にどうやら、彼女の弟がいたらしい。
僕が現場へたどり着いた時には全部が終わった後だった。人間は皆殺しにされていて、ホムンクルスも一号以外みんな死んでいた。
ミライと一号は、ここが違う。ミライと違って、一号はたくさん人を殺している。人間と関われば関わるほど、よくないことが起こるのは目に見えている。
僕が悪い。僕が彼に、暴力以外のことを教えなかったからだ。
「でも、もう仲直りしたし。お師匠さんが心配するようなことはなんもないよ」
「……そっか」
なにがどうなってこの二人が仲良くなったのかはわからない。
でも納得はした。
「二人の間では解決してるってのいうは、わかったよ。でも、君たちは違う生き物だ。そのうち歯車が噛み合わなくなる」
「かもねー」
「うー!」
ドラセーの膝の上で、クリーチャーがぐずりだした。体格の割に言葉を話さないから少し知恵遅れの子みたいだけど、こうして見ると大きな怪物だった頃が嘘のようだ。
「ああ、メンゴメンゴ。お祭りに連れてく約束だったね」
「祭り? 今日なのかい?」
「そうそう。昼にキャラバンが来てさ。お師匠さんのいた頃にもあった感じ?」
「うん。ここは変わらないね」
「いい機会だし、カノピとデートでもしたら? 怒ってたしさあ。仲直りしておいでよ」
「カノピ? なんだそれは」
独特な言葉遣いをする子だなあ。方言だろうか。今まではギリギリ理解できたけど、それは知らない単語だ。
「恋人のことだけど」
「僕に恋人なんかいないよ」
「うん? ミライちゃんってあんたの恋人っしょ?」
「えっ、違うよ。なんでそう思うんだい」
「こういう目だからさ、人には見えないものが見えてんの。いいっしょ」
したり顔でニヤニヤしているドラセーは、冗談を言っているようには見えなかった。
「うーん、でも可能なら先に一号の相談に乗りたいかな」
「おけおけ。ひとまずあの二人追っかけよっか」
促されるままに学院をでて、ミライと一号を探す。二人は街へ向かう道の途中で座って話していた。
「おーい、イッチー! あんたも祭り行くっしょ? 私ら先行ってっから、お師匠さんと仲直りしたらあんたもおいで」
「仲直りなんかしねえし祭りにも行かねえ。俺は勉強に戻る」
「じゃあ後でねー」
「聞けよ」
「ミライちゃんとジンちゃんも一緒に行こ。案内するし」
「行きたいけど、大丈夫?」
ミライとジンが不安げにこっちを見ている。僕たちがまた喧嘩しないか心配しているらしい。
「大丈夫だから、行っておいで」
ミライとジンにお小遣いを渡して、送り出す。女の子たちは仲良さげに街の方へ歩いて行った。
一号は大きくため息をついてから、僕の方を睨みつけた。
「お前、ミライになんて物つけたんだ。このままだとあいつ、俺みたいになるぞ」
「なんてもの?」
「賢者の石だよ。あいつが不死身だって本当か?」
意外だ。ミライが一号に賢者の石のことを話したのか。なんの相談に乗ったら、その話に行き着くんだろう。
「本当だよ。君みたいにっていうと?」
「貧弱に作るんだったら普通の人間と大差ないようにしとけよ。このままじゃあいつも、バケモノ呼ばわりされた挙句一人になる。なんでそんな難儀なものつけたんだ」
一号は、深刻な目つきで僕を責める。そんなに悪いことをしただろうか。
「みんな死んじゃって悲しかったから、あの子には長生きして欲しいなって思って」
「加減ってものを知らないのか?」
「しょうがないじゃないか。できちゃったんだから」
「あいつはこれから、何人見送ればいいんだ」
「一人きりにはならないよ。誰か一人とは一緒に居られるようにした」
「その一人って誰だよ。どうせミライが誰か連れて来ても、さっきみたいに「やめろ」って口出しするんじゃないのか」
「ごめんね。もう言わない。彼女から話を聞いたよ」
一号は心底嫌そうな顔で眉間にしわを寄せた。
「……余計なこと話しやがって」
「彼女、二号に似てるね。君が気を許すわけだ」
「はあ? なに言ってんだ。別に似てねえよ」
「そう? 雰囲気とか、明るいところとかよく喋るところとか似てると思うんだけど」
一号は僕の言ったことを反芻しているのか、少し黙り込んでからため息をついた。
「やっぱ似てねえよ」
「なんでさ」
「二号は俺のこと嫌いだった」
「えっ?」
そうなのか。知らなかった。
「一番仲いいんだと思ってたよ」
「どこに目をつけてたんだ」
「だってほら、いつも一緒に遊んでたじゃないか」
「喧嘩売られてただけだ。なんでもいいから俺に勝ちたかったんだってよ」
それは、すまないことをした。今更ながら二号が不憫になる。
二号は、量産型として作った。筋力、体力、その他諸々、普通の人間と大差ないように設計されている。超人にするつもりで作った一号に勝てるものなど、あったはずがない。
「じゃあ、俺もう行くから」
「ちょっと待ちなさい。錬金術以外の授業に出ないのは、仲間を作る作業に時間を割くためだろう?」
街の方へ行こうとしていた一号が、ピタッと足を止めた。
「顔色が悪いし、動きも鈍い。もしかしてだけど、死期が近いと思ってるんじゃないかい。残された時間が短いから、余計なことを極力しようとしないんだろう。それを聞いたミライが、賢者の石のことを話した。違うかな」
「だったらどうした」
正解のようだ。
「その話ぶりだと、石はもらわなかったようだけど、どうしてだい?」
もらっておけばよかったのに。そうしたら僕も、紆余曲折あったけど当初の予定通りになってくれて安心なのに。
「俺はミライに恨まれたくない」
彼女の選択肢を残してやりたい、ってことだろうか。
「そういうことならもう一つ作ってもいいけど」
少し考えてから、一号はため息をついて首を横に振った。
「死後の世界ってのがあるらしい。永遠にそこへ行けなくなるのは嫌だ。そこへ行ったら、先に死んだ奴らに会えるかもしれない」
「そんな不確かなもののために?」
「俺はいい加減バケモノをやめたいんだ」
一号は今度こそ、祭りで賑わう街へ向かって行った。
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