第18話 雷鳴の先に

「バカめ、耐えるだけじゃなく頭を回せ!」


 黒鉄鉄貴の叱咤が雷鳴のように響く。

 音速を超える矢が次々と放たれる中、鉄貴は手拭いを巧みに振り、爆風と破片を受け流していた。

 そのたびに大地がえぐれ、砂煙が舞い上がる。


「鉄貴先生、いたんですか!」


 正一が驚くが、鉄貴は即座に叱り飛ばす。


「矢が周囲に被害を及ぼさぬよう、見張っていると言ったじゃろう! それより正一、一度だけ言う。『矢を見て気付け』」


 正一は鉄貴の言葉を受け、矢の軌道を観察する。

 その視線が徐々に鋭さを帯びる。


「さっきから、矢がずっと同じ方向から飛んできてる!」


 その一言で、権も気づく。


「連射中は弾道を曲げられないんだ!」


 正一が、更に付け加える。


「それだけじゃない、連射中って事は望遠鏡も使えない。敵は、目視できる範囲にいるはずだ。」


 正一が、息を吸ってから、権に語り掛ける。


「策がある。君に命を預けるよ、権ちゃん。」


 正一の目にはわずかな焦りが見えたが、その声は不思議と力強かった。


「遠慮はいらねぇ。俺たちは仲間だ――命を背負うのは当然だろ!」

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「動きが変わった、近くに潜んでるのはバレたか。でも、ここで一息に仕留める!」


 正一の予測通り、アポロンは目視可能な場所から連射による狙撃を行っていた。

 草に紛れるよう、現代的な迷彩服を身に着けて。


 アポロンの視力は8.0もある、目視と言ってもかなりの距離が開いている。

 気づいたところで、接近される前に蜂の巣に出来る自信があった。


 突如、視界の中の権が光り出す。

 放電による発光で、アポロンの視界が一時的に見えなくなった。


 冷静に聴覚に切り替える、接近してくる足音があった。


「光学迷彩は有効だが、動きが荒ければ目立つ。足音の数……三つか。狙いは一人を犠牲にして接近するつもりだな。」


 アポロンは淡々とした表情で推測を重ね、次の矢を引き絞った。


 視覚に頼れない分狙撃は正確さを欠いていたが、それを補うソニックブームの攻撃範囲があった。


 連射する、一呼吸で10の矢を。 


 受け流される感触があった。

 正一が盾代わりになり、権への攻撃を防いでるのだと、聴覚だけでアポロンは理解した。


 視界が、元に戻る。

 権の掌には、彼らの最大火力である『球電砲』が備わっていた。


 冷静に、回避行動に移る。

 サイドステップで、直撃コースを避ける。


 だが、権の狙いは最初からアポロンでは無かった。

 権の掌に収束する青白い光は、雷のような轟音を伴って膨張した。


「行くぞ、これが俺たちの一撃だ!『球電砲』!!」


 アポロンは、鋭い反射神経で一瞬で回避。

 だが、手に持っていた弓が、プラズマの閃光を浴びて、まるで紙のように炭化し、瞬時に粉々に砕け散った。


 その光景を見て、アポロンは冷静に微笑みながら言った。


「素晴らしい……僕がここまで追い詰められるとは。見事な連携だ。」


 その賛辞は、まるで他のどんな戦闘でも感じたことのない感動を込めて、心から発せられた。


 だが、アポロンの表情が次第に凍りつく。


「しかしだ、弓を失っただけで戦闘を止めるつもりはない。代わりの弓は、ここにある。」


 背中の弓袋に手を伸ばそうとするアポロン。

 その動きに、権と正一は即座に反応し、二人の手がアポロンの腕を掴もうとする。


 だが、アポロンは彼らの手を逆に掴んでいく。


 その瞬間、アポロンの拳が鋭いジャブとなって二人を襲う。


「神アポロンは、ボクシングの創始者でもある。」


 その言葉が発せられるや否や、鋭い右ジャブが権の顎を打ち抜く。


「だからその名を持つ僕も、古代ギリシャ式ボクシングから現代ボクシングに至るまで、全ての技術を網羅している。」


 権と正一は、それぞれ一歩も動けず、踏みとどまることもできない。

 最初の一撃で、二人の身体はまるで弾かれたかのように揺らぎ、足元がふらつく。


「くっ……」


 権の視界が揺れ、正一の表情も歪む。


 アポロンは一気に距離を詰め、もう一度右ストレートを放つ。

 その衝撃で、権と正一は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「黒鉄鉄貴、射手としての僕は負けを認めよう。しかし、接近戦となれば話は別だ。僕の拳が君たちにどれほど通じるのか……試してみたいものだ。」


 アポロンの目には、冷静さと闘志が宿っている。

 その宣言に対し、黒鉄鉄貴は口元を歪め、挑発的な笑みを浮かべた。


「ほう、拳か。随分と威勢がいいじゃねぇか。だがな、異種格闘なんざ若い頃に腐るほど経験してるんだよ。それより一つ忠告だ。うちの弟子たちを甘く見ると、痛い目を見るぞ。」


 鉄貴は鋭い目線をアポロンに送りながら、わざとらしく首を鳴らした。


「それにな……お前らの“残心”ってのはどうなってんだ?」


 鉄貴の問いかけに一瞬動揺し、アポロンは背後に意識を向ける。

 そこには、ふらつきながらも立ち上がる権と正一の姿があった。

 その瞳には、確かな闘志の炎が宿っている。


「……なるほど、アレス様を倒したのも偶然ではなかったか。」


 アポロンの声は、感嘆とも呆れともつかない響きを帯びていた。

 彼の口元から微かな笑みが消え、表情は鋭いものに変わる。


「いいだろう。ボクシングの神の名を冠する僕が、この拳で君たちを沈めてみせよう。」


 アポロンは再びボクシングの構えを取り、わずかな隙すら見せない完璧な姿勢を取る。

 その全身から発せられるプレッシャーは、場の空気を一変させた。


(続く)



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