第310話

 桜鬼と酔鬼が口論をしている最中、茜は焔鬼に剣先を突き付けて詰め寄っていた。詰め寄られていた焔鬼は、微かに仰け反りながら身を引いて茜の問いに答える。


 「別に言うべき事は無いと思うが……」

 「あるでしょ。二年前の事もそうだけど、昔の事もそう。私の記憶を封じた事について、何か説明があっても良いんじゃないかな?」


 鬼化が解けつつあるのか、茜の口調は徐々にいつもの口調に戻りつつあった。そんな茜に睨んだような眼差しを向けられ、焔鬼は肩を竦めつつも迷わず告げる。


 「その説明は後でしてやるから、今は覇鬼を倒す方が優先だ」

 「むぅ……またそうやって誤魔化す」

 「戦いが終わったら話してやるから」

 「絶対だよ?本当の本当に絶対だからね?」

 「分かった、分かったから鬼火を出すなっての」

 「……分かった。本当に話してよね?」

 「あぁ、必ず話すよ」

 「ん」


 納得はしていない様子だが、妥協した茜は溜息混じりにそう言った。そんな茜と焔鬼の会話が気になるのか、ムスッとした表情を浮かべて桜鬼が口を挟んだ。


 「いつまでイチャイチャしてるんですか」

 「別にイチャついてる訳じゃねぇよ」

 「そんな事より、です……兄様、両手を広げて下さい」

 「何でだよ」

 「良いから広げて下さい。私を放置した報いを受けてもらいます」

 「はぁ……これで良いか?」


 何かを諦めた様子の焔鬼が両手を広げると、桜鬼はニコリと笑みを浮かべて焔鬼の胸に飛び込んだ。胸に顔を埋めるように抱き着いた桜鬼に対し、茜は引き剥がそうと桜鬼の服を引っ張る。

 

 「ちょっ、サクラちゃん!どさくさに紛れて何してるのさ!!」

 「良いじゃないですか、これぐらい。どうせ私が居ない間、あんな事やこんな事をしていたんでしょ?」

 「何を言ってるのさ、何もしてないわよっ!」

 

 その言葉を聞いた桜鬼は、焔鬼に抱き着いたままニヤリと笑みを浮かべた。


 「へぇ~……まだなんだぁ、ふ~ん」


 不敵な笑みを浮かべる桜鬼を見て、グサリと何か刺されたように表情を歪める。その様子を見た桜鬼は、悪戯心が芽生えたのだろう。引っ張る茜を無視し、焔鬼の許可も得ずに身を乗り出したのだった。


 「っ!?」

 

 その瞬間――焔鬼は目を見開き、茜の思考は一時的に停止させられたのである。

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