第307話

 「う、嘘だ!!お、お前が兄様な訳がないっ!!」


 疑念の包まれた眼差しを向けながら、桜鬼は焔鬼に指差してそう告げた。そんな反応をする桜鬼に対して、焔鬼は眉を顰めて何か言おうとした瞬間である。焔鬼の肩に顎を置き、目を細めて茜は言った。


 「マジかよ、こんな傍で見ても分からないのか?サクラちゃんは」

 「何がよ。つか、あんたは良く信用出来るわねっ。いきなり現れて、自分は兄様ですなんて……人間でも信用出来る訳ないでしょう?妖力なんて、

 「はぁ、なるほどね。サクラちゃんの言い分はなんとなく分かった」


 目を細めていた茜は、焔鬼から離れながら肩を竦める。やがて纏いを解いた茜は、既に戦闘の意思が無い事を示した。そして仕方ないと呟いた茜は、口角を上げて片手を差し出しながら告げる。


 「ねぇほーくん、私の手に触れてくれる?」

 「一応聞くが、何をするつもりだ?」

 「大丈夫、ちゃんと意味のある事だから。それに、こんな事しねぇとサクラちゃんがほーくんが本物だって信用してくれないしな」

 「はぁ……分かった。変な事するなよ」

 「はぁ~い」


 溜息混じりに差し出された手に触れた焔鬼。その手を握り締めた茜は、自身の妖力が可視化出来る程の量を溢れさせた。その様子を見て、桜鬼は「何をする気」と言わんばかりの視線を向ける。

 そんな視線を受けた茜は、小首を傾げながら再び目を細めて口を開いた。


 「分からないか?私の妖力が、ほーくんを拒絶してないんだけど?」

 「っ!?」

 「これでもまだ、ほーくんが偽物だって言うなら……今すぐに殺してやるけど」

 「鬼化したあんたって、随分と性格歪んでるわよね」

 「私は私で何も変わらないし、こんな私でもほーくんは受け入れてくれるだろ?」


 そう言って茜は、隣に並ぶ焔鬼の顔を下から覗き込む。白い歯を見せて笑みを浮かべる茜に対し、焔鬼はやれやれという反応で肩を竦めて桜鬼に視線を戻した。


 「オレの事が信じられないか?サクラ」

 「っ……ち、違います!そ、そう!念の為です!本当に兄様が本物であるかどうか、試してみただけですからっ……――その、わがままを言っても良いですか?」

 「ん、何だ?」


 頬を赤く染める桜鬼を見て、茜は何かを察したのだろう。ムスッとした表情を浮かべて桜鬼を見据える。そんな茜の視線を無視した桜鬼は、左右の瞳を揺らして焔鬼に告げたのである。


 「だ、抱き締めても宜しいでしょうか?」

 「はぁっーーーーー!?」


 それを聞いた茜は案の定、文句ありと言わんばかりに声を荒げたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る