第286話

 自分の選択が正しいか正しくないのか。それは一体、いつ決めれば良いのだろうか。正しいと決めて前に進む時か?正しくないと決めて足を止める時か?それとも、進んだ先の結果を見た時か?

 少年に剣を教えるのも、盗人達を斬り伏せたのも、自分が剣を握る事を決めたのも、全ては自分を正当化する為の手段に過ぎない。目的はどうであれ、責任を問われるまで……歩んだ道が正しかったのか、間違っていたのかを判断する事は出来ない。


 「すまぬでござる……少年よ」


 剣の握り方、振り方、相手の倒し方……それを教えたが為に、目の前に倒れている亡骸なきがらとなってしまったとしか思えない。あれから数十年が経ち、こういう生活を続けても悪くないと考えた矢先にこれだ。


 『お、お師様……すみ、ません。ここを、この場を……守り切る事が、出来ませんでした』

 「それ以上は喋らなくて良い。傷に障る」

 『お師様と過ごした日々は……身寄りのない僕に、幸せをくださいました。幸せでした』

 「良い、良いのだ。それ以上はもう喋るでない」

 『お師様と出会えて……本当に、僕は……幸せ者、でし……た――』

 「あぁぁ……うぅ、あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 幸福とは他者を映す鏡ではなく、他者を否定する鏡でしかない。恨みこそ、妬みこそ、人間の本質だという事を悟った瞬間だった。心の底から込み上げた衝動が、感情が、本能が……拙者を鬼と化した。

 

 「灰は灰に、塵は塵に……拙者にはもう、鏡はらぬ」


 血溜まりの上でそう呟いたあの日から、鬼童丸と呼ばれるようになったのである。


 

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