第242話

 初対面ではない。だがしかし、二年前に対面した彼を一目見た瞬間だ。その瞬間に抱いてしまったのだ。見下ろすその赤い目は冷たく、その場を覆い尽くす程の威圧感、そして堂々とした佇まい。


 「っ……」

 

 そう。私はその姿を見た瞬間から、彼に再び恋慕を抱いたのである――。


 

 魔境を統べる者の隣に居られるのは、黒騎士の中で最も強者である事が条件だった。それが黒騎士を束ねる存在となると同時に、王と共に行動を許される事を告げられて知った。

 この気持ちを閉じ込めていた私にとって、どんな事をしてでも手に入れるべき物だと確信した。そして手に入れたのだ。彼の……焔鬼様の、兄様の隣を。


 「なのに……なのに今更、お前が出て来て良い訳がないだろう!!」

 「その言い方……どういう意味か、ちょっと分かったかな。ようするにさ、サクラちゃんは羨ましかったんだ?だから私を睨んでたんだね」

 「あの方の隣に居るべきは私だ!お前じゃ、あの方の役に立たない事を理解しろ!」

 「酷い言われ様」

 「事実だろうがっ、何もせずに魔境を裏切らせた原因がっ!!」

 「……っ」


 その言葉を聞いた瞬間、茜はピクリと眉を動かした。思い出したのであれば、記憶が戻ったのであれば、最初にすべき事は私と戦う事ではないはずだ。


 「お前が兄様の足を引っ張った。お前という存在が無ければ、兄様が魔境を裏切る事は無かった!!全てはお前が原因だ。お前のような兄様の負担になる奴が、姫様なんて呼ばれてたのが腹立たしい!」

 「……」

 「何も言えないか?そうだよなぁ!お前が、お前自身が一番良く分かってるはずだ!っ、を作ったんだからなっ!!!」


 声を荒げ、私は彼女に妖術を乱れ撃った。当たる当たらないは、もうどうでも良かった。この思いの丈を、いつも何処かにぶつけたかった。

 兄様へ想いを向けても、いつも遠くを見ていてこちらを向く事はなかった。知っていた。と感じても、所詮、私の気持ちは届かないのだと。

 けれど、それでも良かった。兄様の傍で居られ、役に立てるのなら、私を求めてくれなくても良かったのだ。だが、彼女が記憶を取り戻した。それをこの目で確認してしまった途端、抑えていた感情が暴発してしまった。


 「……そうだね。あはは、耳が痛いや」

 

 力無く浮かべられた笑みは、悲しさを帯びているのが理解出来た。同じ男を、同じ存在を、同じく恋をした相手だ。

 だから……超えなくてはならない。これは、そう――下克上げこくじょうである。

 

 「黒騎士統括、桜鬼……紅の姫巫女であった貴女の座、頂戴致します」


 指を差して告げた私の言葉。それを聞いた彼女は、燃え盛る炎に包まれながら笑みを浮かべて応えた。


 「――慎んで、お断り致します」


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