第104話
戯鬼と睨み合っていた狂鬼だったが、目の前に現れた焔鬼を見据える。冷や汗を頬に伝いながら、身構えた様子だ。
それもそのはずだ。焔鬼が現れた事によって、周囲の空気は重く圧し掛かっている。強大な妖力を持つ者は、その場に居るだけで他者に圧力を与える。それが重力が重くなったと錯覚する程、全身に大きく伝わるのだ。
「二年振りじゃねぇか、兄ちゃん……いや、焔鬼」
「あぁ、久し振りだな。狂鬼」
短く交わされた言葉。重なる視線の中で、狂鬼が手斧を握り締める。少しでも気を抜けば、焔鬼に隙を突かれると考えているのだろう。実力に大差が生じていると感じている狂鬼にとって、焔鬼は高い存在に位置している。
それは物の見方や立ち位置の話ではなく、戦闘能力という枠で生じてしまっている。戦闘能力に自信がある狂鬼であっても、かつての上司であり慕っていた焔鬼を相手にするのは現状難しいだろう。
何故なら、背後に影で包んでいる烏丸の事もある。自分だけならまだしも、烏丸が狙われれば動きが鈍る。他者を守りながら戦うという行為は、狂鬼が最も経験の少ない状況なのだ。
そこを突かれれば、いくら自信があったとしても意味が無い。
「狂鬼、お前は相変わらずの戦闘スタイルのようだな。圧倒的な手数で、相手を圧倒する戦い方……一見、無尽蔵に見えてもお前の戦い方にも限界はある」
「っ……良くご存知で」
「お前の阿修羅は、お前が記憶している武器を生成しているに過ぎない。相手によっては通用しない武器がある為、お前は複数の武器と戦い方を学ぶ必要があったからな」
「……オレの能力の話をする為に、わざわざここまで来たってのか?」
狂鬼の言葉を聞いた焔鬼は、小さく笑みを浮かべて応えた。
「いいや?オレは少し挨拶に来ただけだ。かつての同胞であるお前を含め、後で蒼鬼の様子も見に行くつもりだ」
「何だよ。オレの相手をしてくれるんじゃねぇのか?」
「別にそうしても良いが……今のお前じゃ話にならないな」
「っ!?」
否定の言葉を告げられた狂鬼は、目を見開いて焔鬼を見据える。だが焔鬼は笑みを浮かべたまま、狂鬼と対面している戯鬼へと視線を向けた。
「――随分と苦戦しているじゃないか、戯鬼よ」
「も、申し訳ありませン!ですガ、焔鬼様のお手を煩わせるつもりはありませン。ワタシに任せて頂けれバ、この者を始末して御覧にいれまス」
「勘違いするな、別に責めている訳じゃない。オレは感心しているんだよ」
「感心、と言いますト?」
「未だその札を外さず、狂鬼をそこまで疲弊させているんだ。だが戯鬼よ、戦闘を楽しむのは構わないが時間を浪費させるのは愚かな行為だ。理解しているな?」
「も、勿論で御座いまス」
「ならば良い。オレはお前に期待しているのだ。――お前の忠義、オレに見せてみろ」
「ハッ!!」
その言葉を聞いた戯鬼は、膝を折って焔鬼に跪いた。その様子に背を向けた焔鬼は、立ち去る直前に狂鬼を見て告げたのであった。
「狂鬼。お前がオレと戦いたいというのであれば、まずは戯鬼に勝ってみせろ。オレは西の森で待っているぞ。――お前は、その程度じゃないだろう?」
そう告げた焔鬼は姿を消し、狂鬼の視界から完全に消えた。周囲を探っても気配は追えず、空気が元の軽さに戻ったのを肌で感じた。溜息混じりに狂鬼は、軽くなった空気を感じながら呟いたのである。
焔鬼の言葉に応えるように……。
「――あぁ、オレはこんなもんじゃねぇよ」
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