第82話

 抱き支えていた杏嘉の腕の中で、綾は笑みを浮かべたまま息を引き取った。脱力した腕が頬から下へ落ち、杏嘉の頬には綾の血の跡が付着する。だが杏嘉はそれを気にする様子は無く、目の前で目を閉じる綾の事を強く抱き締める。

 杏嘉の悲痛の叫びが空を貫くと共に、黄色のオーラとなって妖力も溢れ出ている。やがて杏嘉はゆっくりと立ち上がるが、抱き締めていた綾を抱えたままだ。

 強制的に引き剥がされた豹禍は、瓦礫の中から溜息混じりに起き上がる。


 「ぁあ……不意を突かれちまったなぁ。一人殺した程度で油断するとは、俺もまだまだみてぇだな」

 

 首の骨を鳴らして豹禍はそう言った。そんな豹禍は目の前に立つ杏嘉を見据え、抱き抱えた綾を見つめる姿に目を細める。その姿を見て呆れたのか、鼻で笑うように豹禍は口を開く。


 「おいおい、まさかそのままこの俺と戦う気か?たった一撃当てた程度で、俺に勝てるとでも思ったのかよ?」

 「……」


 だがその言葉に反応する様子はなく、杏嘉は静かに周囲を見渡した。餓鬼の姿はなく、町の住民の姿も無い。それを理解した杏嘉は、豹禍に背中を向けて綾の事をゆっくりと地面へ下ろした。

 

 「そうだよなぁ、そんな奴を抱えながら戦うなんて舐めた真似はしねぇよなぁ?しかし、そいつも運が悪いよなぁ。お前なんかを庇った所為で死んじまうなんてよぉ。ハハハ、いや……何も変わっちゃいねぇか」

 「…………れよ」

 「そいつを殺したのは、お前が弱いからだ。お前が普通に俺とり合ってりゃ、こんな事にはならなかっただろうからなぁ。とどのつまり――」

 「……れって」

 「――そいつはお前が殺したようなもんだよなぁ、九尾ぃ!」

 「黙れって言ってんだよっっ!!!」


 豹禍の言葉を怒号で掻き消し、杏嘉は瞬時に豹禍との距離を一気に詰めた。その動きに反応出来なかった豹禍は、杏嘉に首を鷲掴みにされる。そのまま杏嘉は一気に押し退け続け、やがて町から離れた森の中へと豹禍を投げ入れた。

 地面を抉る程の威力で砂が舞い上がり、投げ入れた場所の前に杏嘉は着地した。舞い上がった砂を腕で払いながら、苛立った表情を浮かべる豹禍。


 「舐めた真似をしてくれるじゃねぇか、九尾ぃ。俺なんかいつでも殺せるって言いてぇのか?あぁ?」

 

 ただ投げ飛ばされた事を苛立っているのか、豹禍はただ立ち尽くす杏嘉の事を見据える。だが睨み付けられる杏嘉は、顔を俯かせたまま一言だけ呟いた。


 「悪りぃな、綾。でも待っててくれ。――すぐに追い着く」


 その瞬間、杏嘉の容姿は黄金おうごん妖狐ようこの姿となった。

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