第80話

 「村を襲ったのは、はぐれ妖怪のようじゃ」

 「はぐれ妖怪だぁ?そんな奴が居るのか?」

 「何処にも所属しておらん妖怪の事じゃ。仕える主人も居なければ、住処も持たぬ者じゃからな」

 「だから村を襲ったってか?身勝手な奴だな」


 杏嘉が吐き捨てるように告げたが、綾は煙管を咥えたまま目を細める。


 「身勝手、か。ならばお主も身勝手じゃな」

 「んだと?」

 「お主は生きる為に必死だったから、見ず知らずの焔様を襲ったじゃろう?」

 「あぁ、返り討ちにあったけどな」

 「じゃがお主は生きる為に仕方なくと言うておったな」

 「それが何だよ……?」


 眉を寄せる杏嘉は、不満気な表情を浮かべて綾を睨む。そんな杏嘉に対して綾は、煙管に入った灰を捨てながら言った。


 「皆、生きる為に必死じゃという事じゃ。お主だけでなく、この村を襲ったはぐれ妖怪も理由があったのじゃろう。ただ快楽の為に他者を殺す奴も居るじゃろうが、どんな者にも理由があるものじゃ」

 「……」


 綾の言葉に耳を疑ったが、杏嘉はすぐに目を逸らした。鬼組に入る前の自分と先程の餓鬼の姿が、当時の自分と重ねているのだろう。不満な表情はそのままだが、綾の言葉に納得した様子だ。

 しかし、何か思い付いたのだろう。杏嘉は首を傾げながら、綾に問い掛けるのだった。


 「――なら、テメェは何であの人に従ってるんだ?何で鬼組に入った?」


 その問い掛けを聞いた瞬間、綾は動きを止めて煙管を口から離した。やがてニヤリと笑みを浮かべると、疑問に包まれた杏嘉の視線を見て言った。


 「お主に教えるか阿呆」

 「なっ……テメェ、せっかくアタイが真面目に聞いてやったのに!」

 「頼んでもいない事をされても嫌じゃろうが。それにワシがここに居る理由なぞ、お主が知らなくても良い事じゃ。つまらない理由じゃからな」

 

 まるで誤魔化すように言ったその言葉。おどけて見せる綾の笑みには、哀れみに包まれているように杏嘉は感じた。その時浮かべた綾の悲しさを帯びた笑みは、杏嘉は頭から離れなくなった。

 そして、いつかその理由を知ろうと思った。例えそれがどんなにつまらない事だったとしても、今まで隣で罵り合った組員を、仲間を……。


 ――友を助けようと。


 だがしかし、その時は来なかった。その時が来る所か、綾は杏嘉の目の前で呆れた笑みを浮かべて赤く染まっていたのだから。


 「っっっ――――――綾!!!!」

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