第53話

 短剣を振り下ろし、剛鬼へ再び攻撃を仕掛けた龍鬼。纏いを使ったとはいえ、剛鬼は未だに本気で戦おうとしていない。そんな剛鬼を本気にさせる為、龍鬼は隙を作る事なく攻め続けている。

 休みなく、隙を与えず、絶え間なく……。


 「はぁ、はぁ、はぁ……っ」

 「真面目にやらないなら、本気で死にますよ」

 「フッ、我は真面目にやっている。龍鬼よ、貴殿こそ本気でやったらどうだ?」

 「……」


 龍鬼の言葉に対し、ニヤリと笑みを浮かべる剛鬼はそう言った。挑発にも似た……いや、挑発そのものである言葉を聞いた龍鬼が目を細める。

 そんな剛鬼に対し、明らかに本気ではない。まだ剛鬼の力がこの程度ではないと、そう龍鬼は考えていた。だがそれは龍鬼の中にあるとしての期待であり、心の何処かで剛鬼という存在への敬意。

 その僅かに残っていた龍鬼の想いは、微かに攻撃の手を緩める結果を生んだ。


 「はぁっ!」

 

 真上から攻め込んだ龍鬼は、首を落とそうと狙いを定めていた。それを視線で読み取った剛鬼は、口角を上げて鎧の頭部を外して告げたのだった。


 「この瞬間を待っていたぞ、龍鬼」

 「っ!?」

 「ふんっ!!」 

 「ぐっ」


 フェイントもせずに首を狙えば、誰だって反撃するのは容易な事だ。手の内をある程度知っている関係ならば、それは尚更攻め込むのは困難になるのは必然。龍鬼の攻撃を読み取った剛鬼は腕を振るい、思い切り龍鬼を薙ぎ払った。

 ゴロゴロと転がりつつも、途中で受身を取って体勢を立て直す龍鬼。すぐに構えを取って追撃に備えたが、剛鬼は一歩も動かずに立ち尽くしていた。だがそれだけではない。

 

 ――ガラガラ。


 龍鬼は目を疑った。黒騎士として敬意を表し、憧れた存在である剛鬼。そんな剛鬼の鉄壁と言われていた鎧が、ボロボロと溶け落ちるように足元に崩れていく。

 その黒甲冑の下にあったのは、白髪混じりの髪とやや褐色の肌。その肌の上には傷があり、片目と顎にあるそれは目立っていた。


 「その姿は……いったい」

 「フッ、我等は黒騎士であり魔境で育った者だ。魔境と全く異なる環境の中で過ごせば、何かしらの反応があると蒼鬼殿に言われてな。どうやら、人間に近付くらしい」


 口角を上げて微笑む剛鬼の姿は、人間で言えば中年ぐらいだがやや老けている。だがそれは老いではなく、戦場を生きてきたという貫禄かんろくとして表れていた。

 

 「そ、そんな姿をしてまで貴方は黒騎士を裏切ったのですか!!」


 気付けば龍鬼は、弟子であった頃の口調へと戻った。その問い掛けのような言葉は、怒りか悲しみか……本人の中では曖昧な物となっているだろう。

 だがしかし、剛鬼は再び構えながら目を細めて告げたのである。


 「いいや、我は裏切ってなどいない。言ったはずだ」

 「っ?」

 「裏切ったのは、と」


 そう告げた剛鬼は、龍鬼の腹部へと拳を突き出した。後方へと殴り飛ばされた龍鬼は、膝を地面に付けながら血反吐を吐いた。

 そして龍鬼は剛鬼を睨み付け、ユラリと左右に揺れつつも立ち上がった。そう立ち上がった姿を見て、剛鬼は武闘家のように構えを取って言ったのである。


 「我の本気を見たいと言っていたな。良いだろう、掛かって来るが良い」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る