第19話

 昼休み。校舎内が喧騒に包まれているのを見渡しながら、茜は屋上へ移動したという魅夜の姿を探す。彼女が屋上へ移動したのではなく、屋敷へと戻った事を知らない茜はお弁当を持って歩を進める。


 「……もう、すーぐ魅夜ちゃんは居なくなるんだから」


 猫又という妖怪という事は知っているけれど、性格まで猫のような自由奔放だと思いながら茜は歩き続ける。やがて屋上へ続く階段まで辿り着き、溜息混じりに屋上に続く扉に手を伸ばした。

 その瞬間、得体の知れないを茜は身体で察した。


 「今の気配って……?」

 

 茜が感じた物は妖力ようりょくと呼ばれる気配と匂い。だがその匂いは茜にとって、懐かしいと感じさせるには十分な物だったのだろう。違和感よりも先に茜の脳内に浮かんだ人影は、衝動的にその身体を動かした。


 「っ……(まさかっ)」


 屋上の扉を開けて、茜は周囲を見渡して気配の正体を探した。数秒しか動いていないのにもかかわらず、茜の肩と息は上がっている。その動悸は緊張と動揺で生じた物であり、茜自身も頭では理解している。

 

 ――彼はもうこの世に居ない。


 そう理解している頭とそれを否定し続ける心が、その動揺を生んでいると言えるだろう。だがしかし、溜息混じりに帰ろうとした茜は目を見開く事になった。

 何故なら振り返った茜の目の前には、死んだはずの彼の姿が見えたからである。


 『……』

 「っ……」

 『……』

 「ほー、くん?」


 絞り出したような声が、渇いた風がそれを掻き消そうと吹き荒れる。反射的に目を瞑った茜が再び目を開いた時には、既に彼の姿は見えなくなっていた。自分が幻を見ていたのかと感じつつ、茜は胸の上で強く両手を包み込んだ。


 「……ううん、そんなはずない。ほーくんは、もう……」


 『もうこの世にはいない』と呟こうとしたが、その先の言葉が詰まってしまう。自分に言い聞かせてようとしても、それを信じたくないという自分が居るのも自覚している。

 だからこそ、この胸を締め付けるような痛みは耐えなくてはならない。その痛みに耐えながら、茜はゆっくりと屋上を後にするのだった。自分のその様子を監視されてるとも知らずに――。


 『……なるほど。彼女はまだ……ふふふ、これは使えそうですわね』

 『はい。それではこちらはお任せします。私は、あの方に報告を』

 『えぇ、分かりましたわ』

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