焔鬼 ~幽楽町激闘編~

三城 谷

第一夜「火焔の巫女」

第1話

 ――ここは、何処だ?


 暗闇。視界の全てが黒に染まっており、限りない程に闇に包まれている事は一目で分かった。だが、自分の置かれている状況というのが未だに曖昧だ。

 何か忘れてはならない出来事があって……けれど、自分の記憶を探っても何も出てくる事は無い。答えが出る事が無いというのは、考えただけで理解がすぐに出来てしまった。

 

 「……」

 『目覚めたか。我が子よ』

 「……」


 ――誰だ、お前は。


 闇の中で手を伸ばす何かがそこに居て、不敵な笑みを浮かべてこちらへと近付く。その手を握るのを躊躇ったが、何故自分が躊躇ったのかは分からない。ただ、その影に居た者から不吉な予感がしたのだ。

 

 ――……けれど、オレは……その手を取った。


 『お前の名は……焔鬼えんきだ』



 ◇◇◇◇◇◇


 

 「――行かないで!!」


 夢の中で彼が笑みを浮かべ、私の手を掴まずに闇の中へと消えてしまった。それに堪らず声を上げ、目を開けた時に居たのは布団の上だった。見えるのは、微かに霞んだ天井だけ。

 目元は濡れていて、頬には微かな痒さが残っている。周囲を見渡した時、自分が何処に居るのかを理解した。ここは、私の家だ。


 『茜、どうしたの?』

 「……ううん、大丈夫。起きるから、少しだけ待って」

 『分かった。ここで待ってる』

 「うん」


 襖越しにシルエットが動き、縁側で座っているのが分かる。目元に残った涙を拭い、学校の制服に着替えて襖を開けた。そこには、猫の耳を生やした幼い見た目の少女の姿があった。


 「おはよう、茜」

 「おはよう、魅夜ちゃん」

 「……じー」

 「な、何かな?」

 

 彼女は目を細めて視線を向ける。その視線の先が刺さるが、彼女は肩を竦めて口を開いた。


 「ううん、なんでもない。皆が待ってる、早く行こう」

 「う、うん。分かった」


 目元を見れば、涙を流していた事は一目で分かる。だが彼女はそれを聞く事はせず、すぐに移動する事を促してくれた。優しい少女だと素直に思いつつ、私は途中で洗面所に寄りたいと要求する。


 「良いよ。ボクはここで待ってるから、行って来て」

 「うん、ありがとね。魅夜ちゃん」

 「別に……ただの気まぐれ」

 「それでも、だよ」

 「そう」


 彼女は再び縁側に座り、青く澄み切った空を見つめる。きっと彼女も、二年前の事を思い出しているのだろう。いや、ここに居る者が誰にも忘れる事は出来ないだろう。

 でも、そうか。あれからもう……二年も経っているのかと思い、私は鏡に映った自分の顔を見て口角を上げた。その笑みはぎこちなくて、心の底から笑えている物ではない。

 

 「……」


 そんなつまらない笑みを見つめていると、鏡に映った私が勝手に動いた。


 『辛気臭い顔しない。シャキッとしなさい、私。……

 「……」

 『はぁ、仕方無い。もう少しだけ寝てて良いよ。また落ち着いたら話そうね、私』


 そう言われた瞬間に意識が途絶え、私はその場で暗闇に包まれた。そしてこれは、もう一人の私がに立った事を意味する。


 「さて……お待たせ、魅夜ちゃん」 

 「……っ、茜。平気?」

 「平気だよ。けど、あっちはまだかな」


 そう言いながら、もう一人の私は彼女と廊下を歩くのであった。

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