キラホリック1

摩頂みなみ

その小犬胡乱に付き(1)


 綺羅きらさまの周りでは次々人が死ぬと噂になっている。


                 ☆


 御鷹屋敷――。重厚な雰囲気漂う、かやぶき屋根の大百姓のお屋敷。なぜここが「御鷹屋敷」と呼ばれるかというと、歴代のお殿さまが鷹狩に来られた際休憩されたり宿泊なさったりする「御離れ」があるからだ。お殿さまというのはもちろん、ここ――花のお江戸からも京の都からも遠く遠く離れた、一狭間のお殿さまのことだ。

 しかし、一狭間いちはざまのお勝手向きはいま未曾有の財政難で火の車なんだそう。節約が喫緊の課題って大人たちはよく言ってるの。だから、お殿さまは「もう二度と鷹狩りはやらぬ」と仰せになったんだって。

 そんなわけでお殿さまのための「御離れ」は、上段の間以外は畳がすべてひっぺがされていた。そしてそこに所せましと並べられているのは、書棚である。書棚、書棚、書棚また書棚。書棚がずらりと並べられ、大量の書物や帳面がごちゃごちゃと詰め込まれているのだった。

 つまり、新しい文庫蔵を建てるお金が無いわけ。

 五月の朝の光は、梅雨を前にいよいよまぶしくて、お屋敷の周りを囲む木立の若緑はキラキラとしていた。なのに、ただただ書棚がえんえんと並ぶ御離れは薄暗くただただ陰気臭かった。

「綺羅さま、綺羅さま。いるんでしょう?返事をしてください」

 書架の間の薄暗がりに向かってわたしは声を張り上げた。返事が無い。いつもこう。綺羅さまがまともに返事をしたことはない。わたしは持ってきた小鍋の蓋を開けた。温かいお出汁の香りが辺りにただよう。

 すると……。かわいらしい、しかしかすれた声がなにかごにょごにょ聞こえる。それから、さらさらと衣擦れの音が近づいてきた。

「よこせ」

 暗がりから出てきたのは、初夏の光よりも眩しい者だった。

 綺羅さまである。毎日綺羅さまと会っているのに、わたしは今日も改めて彼にみとれた。美しい少女がたわむれに男装していると言われたら信じてしまう、とてもかわいらしいお人形のようにきれいな男の子だからである。

 綺羅さまはいつも、上級武士の御子息風の上等な着物をまとっている。ちゃんとしたお名前はさかき綺羅之丞きらのじょう星景さま、家禄は三百石のところ十五才とご年少なので三分の一の百石。

 本日の御召し物は、黒に近い濃紺に染められた一重、彼のその透き通った肌の白さをいっそう引き立たせて見せている。

 後ろできりりと一つに結んだ髪はやや異例なのよね。元服前だからいいけど、十五にもなれば武家の男の子は額や月代さかやきを剃る子もいる。けれど綺羅さまはほったらかし、とはいえ、その端正すぎるお顔にサラサラの黒い絹のような艶やかな髪、おもわず見とれてしまい誰もおかしいなんて露ほども思わない。

 綺羅さまはわたしを見た。

 夜に輝く星のような、冷たく鋭い黒い瞳。陰のある倦怠と、隠しようが無い鋭気がそこに在った。

「おはようございます、綺羅さま。今日はうどんです」

「……食べる」

 そういう唇は、咲きはじめた桃の花のつぼみのようにかわいらしいのだが、おなかが空いていたらしく、美少年は勢いよくうどんをすすりはじめた。

 綺羅さまの御屋敷には、食事を作る奉公人がいないのだそうで、あったかいお料理を食べたことがあまり無いのだそうだ。それは、綺羅さまの生まれ育ちが少々変わっているせいなのだが。

「タカ、其方の着物は白い」

 うどんを食べ終わると、唐突に綺羅さまは言った。

 そう、わたしは一狭間藩士猫田惣兵衛の娘で、名はタカという。訳あってお遍路さんの恰好をしているのだ。白装束に白手甲、白脚絆、金剛杖に編み笠という完全旅装である。

 綺羅さまは、ひたとその真冬の海原のような瞳でわたしを見据えて言った。 

「白い衣は汚れが目立つだろう。どうしているのだ?」

「どうって、畑仕事の時は特別にお許しがあって野良着を着てるしなあ。今は、替えが二枚ありますから、ひたすら洗ってますよ」

 わたしは別にお遍路さんではない。生まれ育ったここ一狭間から出たことが無い。わたしは、とある事情で幼いころからずっと、この白いお遍路姿で暮らすよう命じられているのだ。

「この書物に、油と灰を混ぜた物で洗うと汚れが落ちると書いてあるぞ」

「綺羅さま、今日はいったいなにを読んでるんですか。それともまたわたしをだましてからかって陥れようとしてるんじゃないでしょうね、油と灰なんて……ん?白?」

 視界のはじっこに、なんだか小さな白い物がいた気がしたのだ。

 ふりかえってお庭を見ると、小さくてかわいらしい白い犬がいた。

「かわいい!どこから来たの?」

 見ると首に飼い犬であることを示す紐が巻いてある。

「綺羅さま、この白い小犬、いつも御離れにいるのですか」

「白い小犬?」

 けげんそうにそう言って、綺羅さまは庭を見渡した。それからめずらしく、驚きの表情をその端正な顔に浮かべた。綺羅さまはいつもいつも美しい無表情で、なにを考えてるのかわかんない時のほうが多いのだ。

 うろたえた様子で綺羅さまは言った。

「タ、タカ。おまえはまたしても……。今日は何が見えているのだ?」

「なに言ってんですか、ほら白いわんちゃんがいるでしょ」

「いない」

「いますって、ほら」

 わたしが小犬を指さすと、綺羅さまはぷるぷると小刻みに震えた。綺羅さまは時々、わたしが見えない何かと話しているといいがかりをつけて、こうやって怯えて怖がるのだ。

「いつもそうやってわたしをだましてからかうけど、今日はだまされませんよ。綺羅さま、犬が怖いんでしょ」

「ち、違う。怖くなどないぞ!タカのバカ!」

 そう言って綺羅さまは書架の奥へと走り去った。食べ物が乗ったお盆をしっかり持っていく。まあいつものことだ。わたしと綺羅さまが話をすると、どっちかが怒って終わりだから。

 わたしは縁側から降りた。白い小犬は逃げずに丸い濡れた瞳でわたしを見上げる。そっと撫でるとしっぽを振った。まったく、綺羅さまは意味不明だ。真昼間、こんなにはっきりと、しかも犬の幽霊なんているわけない。

「よしよし、ぜんぜん怖くないのにね。綺羅さまのほうがよっぽど怖がられてるのにねえ」

 このモフモフとした手触り、わたしの手を舐める愛くるしい感触、いったいこれのどこが幽霊なの。書架の奥からなにか悔しそうに、ごにょごにょ反論する声が聞こえてくる。

「ごめんね、綺羅さまは十三までお屋敷に閉じ込められてお育ちになったから、犬に触ったことがなくて怖いんですよ」

「十二だ」

 書架の奥から訂正する声が飛んでくる。べつに訂正するほどのことでもない。

 白い小犬の首には、古びているが美しい組み紐が巻き付けてあった。人に慣れてるし、れっきとした飼い犬だよね。一狭間の郷回りの足軽あしがるは、野良犬を捕まえちゃう決まりになっている。だから連れて行かれないように飼い犬はたいてい首に飾りを巻くのだ。

 するとそこへ、母屋からの長廊下をパタパタ小走りする足音が近づいてきた。母屋から大庄屋家の人が来ることはめったに無い。おそらく綺羅さまの用人の綾野さんだ。

「綺羅さま!書架の間での飲食は厳禁と何度も申し上げましたよ」

 やはり綾野さんだ。若く痩身の、一見優しく頼りない様子の彼は、いつも平気でみんなに怖がられている綺羅さまを叱責する。

「おやタカさん。今日もありがとうございます」

 綾野さんは切れ長の目にさわやかな笑顔を浮かべた。江戸生まれ江戸育ちだそうで、てきぱきとして愛想の良い人なのだ。

 綺羅さまはしぶしぶという様子でお盆を持って縁側に戻って来た。

「綺羅さま、あなたはうろん改役あらためやく御頭おかしらなのですよ。ご自覚をもってください」

「御頭見習いだ」

 綺羅さまは「見習い」という言葉を強調した。綾野さんはほかにもいろいろお説教と連絡事項を述べてから、「忙しい」と言って行ってしまった。

 いつの間にか白い犬もいなくなっちゃった。



 綺羅さまはわたしと同じ十五才。元服も殿さまへのご挨拶もしていないのに、昨年とつぜん「胡乱改役うろんあらためやく」という聞いたことのない役職の御頭として出仕されることになったという人だ。

 なんでも「ふおとがらひー」という、西洋に伝わる魔法の絵姿でお殿さまにお目見えしたのだそうだ。紙の上に姿をそっくり見たまま写し取れる不思議道具を使って、それを届け出たという。

「綺羅之丞さまは、前のお殿さまの御子なので特別扱い」とみんながうわさしている。

 綺羅さまは不思議な出生の人だ。前のお殿さま――今は皆「御前ごぜんさま」と呼んでいる――のご側室、お摩美の方がお母上。綺羅さまが三歳の時、お摩美さまは突然なぞの罪で幽閉され、綺羅さまも家臣に直された。若君はふつうご公儀に届け出が出されるのだが、御前さまはけっきょく届けを出さなかった。つまり自分の息子だと認めなかったってこと。そして綺羅さまを当主として榊家という新しい家が作られたのである。けどおかしなことに、綺羅さまは十二才まで、御前さまの隠居御殿でどこにも出されず暮してたんだって。そんなわけで、綺羅さまは皆に怖がられていた。だって「もしかすると若様だったかもしれない人」なのだ。

 さらに綺羅さまは異様に賢い。聡すぎて大人は皆綺羅さまを嫌がる。じっさい、綺羅さまは先日、この御鷹屋敷が隠していた、ある秘密を暴いてしまった。さらにそれをネタにお屋敷の主にしてこの南郷二百七十三ケ村を統括する大庄屋さんを脅迫、使わない「御離れ」をこのように書庫に改造させたのである。

 そして「胡乱改役が検分する」という建前で、まだ十五のくせに藩校にもいかず、武芸の稽古もせず、駕籠で毎日ここへきて一日中ゴロゴロ書見し、夕方にお駕籠で帰るという暮らしなのである。

 つまり綺羅さまが大っぴらに怠ける名目を得るために作り上げたこの場所なのだが、今日は珍しい客が来た。十くらいの男の子だ。きょろきょろしながら、庭伝いにやってきた。お客さんはたいてい、お庭を通されて縁側で綺羅さまと会うのよね。

 まあ無理もない。いくらお殿さまご自身が「勝手次第に廃棄」と仰せになったとしても「御鷹屋敷の御離れ」はいまだに私も含め、下々の物には恐れ多い場所なのだから。

 男の子は質素な身なりだが、お付きの老臣を一人従えている。

「ごめん、おたずねします。わたしは鈴風広之進と申します」

 浅黒く日に焼けた、真面目そうな顔の男の子だ。

「ここにくればお遍路姿の娘さんがいて、胡乱改役御頭の綺羅之丞さまに取り次いでくれると聞いたのです。それはあたなのことでしょう?」

 元気いっぱいな声。たしかにわたしはお遍路姿の娘さんだが。激しく間違った情報だ。

「言われる通り、榊綺羅之丞さまはここにいますが」

 喜んで取り次いでくれと言う広之進さまを、わたしは慌てて止めた。

「あの、えっとですね、胡乱改め役はそもそも謎解きとか、よろず相談をするわけではなくて、ですね」

 すると、広之進さまの後ろに控えていたお供の老侍が「あっ!」とわたしを指さした。

「お遍路姿の娘!悪徳家老、猫田の娘!」

「爺や、悪徳家老とは?」

「猫田は一狭間ご家中一の出世頭、一時は家老にまでのぼりつめた者です。しかし不正と汚職にまみれこの一狭間を危機に陥れた者でございますぞ。この者はそやつの娘なのです。口をきいてはなりませぬ。帰りますぞ!」

 そのまま爺やは広之進さまを抱えて走り去ったのだった。ああ。

 書架から出て来て、綺羅さまは言った。

「タカ、よくやった。大儀であった」

「もう!こう見えてもわたしの心は傷ついているんですよ」

「気にするな。あのガキ、鈴風と言ったか。上士じょうしなんか変態しかいない。関わるとろくなことがないからよいのだ」

「またそんなこと言って。小さい男の子ですよ」

「成長したら変態になる」

 上士、すなわち代々重臣を務める上級武家の方々が聞いたら怒り狂いそうなことを言って、綺羅さまは満足気だった。

 鈴風家は一狭間の名家の一つ。

 一狭間の家臣団はおおまかに「お殿さまに会えるか会えないか」で分けられる。

 お殿さまのご親族である「御連枝御一門」はまあ別格として、「お目見え以上」が上士、つまり一狭間家中では名門のお武家なのだ。鈴風家は一千五百石、九万石の一狭間では上士の中でも高い知行取のお家だ。

 で、その他大勢のお武家が「お目見え以下」の下級武士。

 我が家、猫田家は代々お目見え以下。御歩行おかちという低い家格なの。ところがわたしの父猫田惣兵衛は、なぜか家老へと超絶出世してしまったのだ。そんなこと、征夷大将軍となられた神君家康公のご治世のもと、この一狭間が成って以来初の、前代未聞、言語道断な人事だったんだそうだ。

 父を引き立て家老という要職に就けたのは、いま皆が「御前さま」と呼ぶ先代のお殿さま、丹後守星堅さま。ところが星堅さまは父が四十一才の春に突然父を罷免した。

「背任、横領、不正、専横、怠惰その他の罪で役儀差除、知行お取り上げ、蟄居閉門、切腹申し付けるところ特別のご配慮で流罪」てなことになって、まあそれはいいんだけど、「猫田をこらしめるために、子どもらを処刑せよ」とお命じになったという。

「子の首を猫田の膝に乗せよ」と。

「殿さまちょっとおかしくないか」と、当時の重臣さまたちは不安になった。なぜなら残酷な仕打ちは悪目立ちする。大名らしくない、武家としてやりすぎでは、などなど悪評が立つと恥だし外聞が悪い。となると万一将軍さまに嫌悪され、一狭間がお取りつぶしなんてことになったら大変だということになったのだそうだ。で、文書上、処刑が命じられた一日前に兄銃三郎は出家、わたしタカはお遍路の旅に出ることを許されたというギリギリな特別扱いをしてもらったのだ。なぜそんなことになったかっていうと、一狭間の初代お殿さまの御遺訓に「僧侶、お遍路は修行及び巡礼終了の後還俗せしめてから処刑致すべし」と書いてあるんだって。御遺訓は祖法として絶対の絶対に厳守なので、現役お殿さまの命令よりも強いのだそうだ。

 なので、形式上わたしは、お遍路姿で「今から出発します」という雰囲気でいなければならないのである。

「まあそれもあるが、違う。タカのその白いお遍路姿はこいつと関わるなという目印なのだ。まあ、そのおかげで奴らを追い払えた」

 綺羅さまはまた意地悪いことを言う。かわいらしいあくびをして、再び書架の奥へ引っ込んでいった。やれやれ。

 わたしは十三才から、母方の実家に厄介者として預けられている。母の実家はお百姓さんだからね。気持ち的にはわたし、村の娘なのになあ。

 とにかく、また静寂が戻ってきた。わたしの住む村はつい先日田植えを終えたばかり。今はひと段落して梅雨を待っているところだ。味噌の仕込みを手伝わなきゃ。わたしが帰り支度をしていると……。

「ごめん」

 見ると、帰ったはずの広之進さまだった。

「ええっ、爺やさんは?おひとりで戻ってこられたのですか」

 勢い込んで広之進さまは、小さいけどきらめく瞳で勢い込んでいった。

「最初から爺やには秘密なんです!だからいいんです。どうしても解いてほしい謎があるのです」

「ええっとですね、胡乱改っていうのはここで謎解きをしてるわけではなくて、ですね」

「でも!ここへ来たら解決してくれたって聞いたのです」

「それは、ええと」

「お願いします!どうぞ綺羅之丞さまに会わせてください。あなたは、綺羅之丞さまの許嫁なのでしょう?」

 そうだった、すっかり忘れてた。

 父が家老に超出世したとき、わたしは綺羅さまと婚約してるのだ。しかしお殿さまたちの命令の方が優先なので、婚約破棄願の処理は後廻しという大人の事情だ。

「――俺の周りでは人が死ぬと噂になっている」

 とつぜん、わたしの横で声がした。いつの間にか綺羅さまが、書架の奥から這い出て来ていた。広之進さまは、とつぜん顕現した綺羅之丞さまの美しさに目を見張った。

「じっさい俺の用人が一人、中間が二人、乳母が一人と合計四人の者が変死している。そのためこの屋敷の奉公人たちが誰が俺におやつを持っていくかで揉め、くじ引きをして当たった者は死に番と言い遺言を書くという大騒ぎになってしまったのだ、だからだ」

 不機嫌だがかわいらしい声で綺羅さまは一気にまくし立てた。しかも後半、なんの説明にもなっていないよね。

「お、お姫様みたい……」

 広之進さまはつぶやいて、三歩後退した。

 気持ちは分かる。綺羅さまのこの美しい顔に浮かぶ諦念と憤懣、それから隠しようの無い鋭気は、見る人をいつも凍らせた。彼のまとう孤独な雰囲気は、親しみやすさとは遠くかけ離れて在った。わたしは慌てて説明を補った。

「あのですね、広之進さま。わたしは綺羅さまにおやつを運ぶ係をしてるだけなんですよ」

「わかったら帰れ」

「でも、胡乱改役に頼めば、不思議ななぞを解いてくれるって」

「どこの間抜けがそんな噂を。また信じる馬鹿がいるとは。一狭間武士も地に堕ちたものだな」

 吐き捨てるように綺羅さまが言う。そこまで言わんでも。

「胡乱改役は、御家中の胡乱な動きを予兆のうちに発見し騒動となる前に防ぐ。ご家中を監察するお役目である大御目付様の支配下にある。大御目付様は殿様側方役なので重要な情報があれば殿様に直奏なされる。軽そうに見えるが重いお役目なのだ、子どもの謎解きなどしない」

 こうして呪文のように難しいことを言えば、たいていの人を追い払える。綺羅さまがよく使う戦法だ。そしてさっさと書架の奥へ引っ込んでしまった。しかし広之進さまは縁側に身を乗り上げて、がんこそうな様子で言った。

「だって、だって叔父上が謎を解いてみせろと」

「叔父上?」

 わたしが聞くと、広之進さまはこっくりうなずいた。

「進ノ介おじさん……、夏雪進ノ介というのが叔父の名です。自分は一度、お城の本丸御殿で飼われていた小犬を盗み出したことがある。どうやって盗んだか当ててみよと言われました」

「小犬ですか」

「そうです。いくら叔父上でも、お城の奥で飼われていた小犬を盗めるでしょうか」

 心底ふしぎそうに広之進さまは言った。そうだなあ、よく分かんないけどそもそも本丸御殿は表向きと奥向きがあって、表御殿はお殿さまが御政務を執られ、奥御殿は奥方さまやお姫さま、若さまがいらっしゃる。一狭間九万石の中では一番警固の人がいる場所ではないだろうか。それに、犬なんていくら小さくたって、懐や袖に隠してたら、不自然だよね。

「そうなのです。ぜったいに見とがめられるはずです」

 とにかくわたしは、広之進さまに縁側に座っていただき、お菓子をすすめた。

 広之進さまは話し出した。

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