第100話 お前に出会えてよかった

こんな状態でも天音の手を離さなかったことを、少しだけ誇りに思った。


「……ゴースケ生きてる?」


真っ暗闇で何も見えない。

それでも手のぬくもりと、吐息の音で天音の存在は感じ取ることができた。


「あぁ生きてるよ」


俺は答える。


「大丈夫?」


「あんまり大丈夫じゃない。全然動けないわ。お前は?」


「俺はお前よりマシかも。下半身だけだよ」


「変わらねぇじゃん」


会話が止まる。


王が死んだことで、この怪物が動けなくなったのであれば、みんなが俺達が食われて死んだと思い込んでいるのであれば、助けは望めない。

そんな当たり前の事実が静寂と共に突き付けられる。


体を動かそうとするが、全身がセメントで固められたようにビクともしない。


「……なんか前世の火事の時みたい。運命なのかも」


静かな水たまりに落ち葉が落ちるように、ポツンと天音が呟いた。


「縁起の悪いこと言うなよ。これから死ぬみたいじゃねぇか」


返す俺の声は震えていたと思う。

限り無く、死に近い場面であることを無意識に感じ取っていたのだと思う。


「ポジティブに捉えよ。俺、お前と死ねて嬉しいよ」


天音が軽い調子でとんでもない事を言いだした。

そこに哀愁は無く、無邪気に喜んでいるような言い方だった。


「諦めんなよ。まだ早いだろ。」


「心中っちゅーの?なんかロマンチックじゃん?」


寝床にいるような、吐息まじりのしっとりした声で天音は言った。

切ないのに子守歌を歌っているみたいなそんな声だった。


暗闇で天音の顔は一切見えないが、その顔は笑顔なのだろう。


「…前世でも今世でもこうやってお前と手を繋いで死ねるのなら、寂しくないね。この感じだと来世もそのまた来世も俺達一緒に転生できるのかも」


そんな天音の甘い囁き声に、俺は思わず「それも悪くないな」という思いが浮かんでしまう。

このまま天音と手を繋いだまま、天音の声を聴きながら眠るのはきっと心地よいものなのだと。


「やっぱりお前とこうやって死ねて幸せだよ。ありがとう」


そして、この言葉でハッとした。

一度でも、このまま穏やかに会話をつづけながら、天音と手を繋いだまま、死を迎えるのは悪くないと考えてしまった自分をぶん殴りたかった。


「ありがとう。俺からも言わせてくれ」


そして俺は言った。


「馬鹿野郎」


天音の呆けた「え」という声が聞こえた。


「まだ、お前はこの今世でやらなくちゃいけないことがたっぷり残ってるだろ。」


そうだ。なんのために天音を取り戻しに来たのか忘れたのか俺は。馬鹿。

馬鹿野郎は俺の方だ。


「まずアランに謝れ、アイツはお前のことを思って、お前の思いを考えて、あの2人を死なせないように頑張ってたんだ。体をボロボロにしながらもな。それから、チルハに怒られろ。アイツはお前を友達として怒ってやらなくてはと息巻いていたんだ。戦いが苦手なのに、お前に会うためだけにこの城まで勇気をだして踏み入れたんだ。そしてヒートを誉めてやってくれ。アイツ、ものすごく不利な状態からアイリスに勝ったんだぞ。あの時のヒートはお前にも見せてやりたいぐらいカッコよかった。それから俺だって、今世でやることがある。」


俺は天音の手を強く握った。どこにも消えないように。もうどこかに飛んでいかないように祈るように。


「俺は、お前を死ぬほど幸せにしなくちゃいけない。」


「…まさに今、死にそうだけど幸せなんだけど」


「この程度で幸せだなんて言うんじゃねぇよ…!俺はまだお前を泣くほど幸せにしなくちゃいけないんだよ…」


「それは…ちょっと怖いね」


「そうだ。覚悟しておけ」


「……でもどうやってこの状況挽回する気?」


俺を試すような、いや、きれいごとばかり言う俺に呆れるような言葉だったのかもしれない。

天音はこの世界で生きていくことを諦めかけている。


「…愛の力だ」


「……お前そんなこと言うキャラだっけ」


天音の冷めた笑い声が聞こえた。

俺がその場しのぎで口にした屁理屈だと思っているのだろう。


「愛の力はすごいんだぞ。人は誰しも愛が原動力で生きてる。愛が無いと生きていけないエンジンみたいなものだ。わかるだろ、愛はすごいんだよ」


「はは、今のお前に何ができるんだよ。体、動かないんだろ。本当にいいんだよ、俺このまま安らかに眠れたらそれはそれで…」


「俺だってなんとかする気だ。」


俺は声を張って、天音の言葉を遮った。


「だが、お前を愛しているのは俺だけではない。お前がみんなを大好きなようにみんなもお前が大好きだ。お前が無差別に振りまいた愛は全部ちゃんとお前に帰ってくる。」


「何を言って………」


その時、一本の細い糸のような白い筋が差した。


「!?」


あぁ、なんてタイミングがいいのだろう。

やはり、天音は愛されている。この世界からも。


白い糸は次々と増えていく。


しかし、俺達からは離れた場所だ。このまま光が増えていっても出会うことができないだろう。


外の音が聞こえてくる。泣きじゃくる声ばかり聞こえてくる。


「頼む。天音。言ってくれ。まだここにいてくれるって」


「でも…こんなにみんなをかき乱した俺が今更そんなこと言うなんて…」


本音はそれか。


多分天音は、罰が当たったと思っているのだ。

結局俺達を裏切って王も裏切って、裏切り続けてしまった自分に。

そしてその罰を受け入れようとしいたんだ。


「愛の力を舐めるな。お前の愛の力はそんな罰を受ける必要が無いほどみんなの力になれる。お前はこの泣き声だらけの悲しい空間を笑顔にできるだけの力がある。お前がここにいるって叫ぶだけで、力が湧いてくる人がいっぱいいる。」


かく言う俺もその一人なんだ。お前と手を繋いでいるだけで、こんなにポジティブになれる。希望が持てる。


「だから、みんなを、俺を、助けてくれ天音。」


天音の嗚咽が聞こえてきた。暗くて泣き顔は良く見えない。


「お…」


言いかけてから口をつむぐ。

いいんだ。いいんだよ天音。その言葉を言っていいんだよ。お前が俺にそう言ってくれたように。


「お、俺は」


この世界のエネルギーが全て天音の口に集まるような、かわいらしい深呼吸の音が聞こえた。



「お、俺はここにいる!!!!!!!!!!」



ようやくでたその言葉が、まるで魔法の呪文だったかのように、光が大きくなった。


「アマネちゃんの声や!!!」

「掘り進めないと!!!!」

「ここだ!!!みんな集まってくれ!!!」


さっきまで悲しみの音ばかりが満ちていた外の世界の音は一気に活気に満ちる。


外の世界がこちらに寄ってきてくれたようにみんなの声が近くなる。


「ほらな。愛の力はすごいんだ。」


お前の愛の力と、みんなの愛の力があれば、どんなことも可能になる。


「…そっか、ありがとう。ありがとう。ゴースケ。」


天音はその光に魅入られたように、夢見心地のように言った。


「お前もだよ。お前もみんなに愛されてるんだね。」


天音は、やけに嬉しそうだった。


「ゴースケさん!!!ゴースケさんも生きてるッスか?!返事してください!!」「まだ、お礼ちゃんと言えてない!もっとお話ししたい!!」

「ハニー!?ストーンキャットはそこにいるのか!?」


仲間たちが叫ぶ声が耳に入ってくる。


「ほらね」


天音は意趣返しのように言った。


「…そうだな。気恥ずかしいが、お前に出会えてよかった。俺をこんなに愛してくれる友達ができるなんて」


光が差した。


アラン、ヒート、チルハ、

それだけではない。


アイリスもカレンもみんなが素手でこの肉壁を掘って、俺達を見つけてくれたんだ。


俺達と再び出会ってくれたんだ。


「轟介、俺、まだここにいたい」


天音は、はっきりとそう言った。


もう間違いないように、これが正解だというように。


「もうどこにもいかないでくれ…お前が望んでくれるなら、俺はいつまでも近くにいるつもりだから」


光は、まるで天音の笑顔を際立たせるスポットライトのようだった。


「じゃあ、お前が死ぬまでずぅっといっしょだね」


その笑顔は、初めて見る笑顔だった。


光に照らされて輝く朝露のような笑顔、それなのに眩しくて、それで目が潰れても本望だと思えるぐらいの笑顔だった。


これだ。これがずっと欲しかったものなのだ。


これからはこの宝物みたいな笑顔を守っていこう。

もうあんな悲しい笑顔をさせないように。


これが。転生して金髪巨乳美女になった友人とクソデカゴーレムになった俺が国家転覆をするまでの話だ。


「俺、お前に出会えてよかったよ」


天音は俺達の物語をもう一度はじめる儀式のようにその言葉を言った。


「あぁ、俺もお前に出会えてよかった。」


だから、俺は返事をした。

今度はもっと、楽しい物語を始めようと。

お前が考えられないぐらい幸せな物語を描くのだという決意表明だ。

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