第99話 こうして俺達は静かに国家転覆を成したのだ

気が付くと、真っ暗闇の中にいた。


"暗い"という表現よりも"何もない"といった表現の方が正しいだろうか。

光はもちろん、暖かくも寒くも無い。暗闇だけが広がっている空間だ。


そんな中、右手に仄かなぬくもりがあることに気づいた。


自分とは違うその温度は、五感で得られる唯一の情報である。俺はそのぬくもりを握ってみた。


その温度は俺が握った途端大きく跳ね、同時に「なに?!なに!?」と天音の間の抜けた声が聞こえてきた。


「よかった…」


心の底からそんな声が這い出てくる。

天音がいるというだけで、迷子になって、親に見つけてもらった時のような安心感が得られた。


「轟介そこにいるの?」


「いる。いるよ」


真っ暗闇の中、天音は見えない。

けれども、偶然にも重なっていた手のおかげで俺達はお互いを認識することができた。


「よくわかんないが、これって生きてるんだよな?」


俺は、天音にだってわかるわけがない質問をしてしまったことに口から出して気づいた。

俺はいつだって、こういう時、天音の言葉に頼ってしまう。


「わからない。でも、生きてた方が嬉しいし、生きてること前提に行動しよ」


そう言って天音は俺を安心させるように手を握りかえした。

それだけで、俺は気力が湧いてくる。進むことを諦めないでいられた。


「ここ、王の胃の中だったりするのかな?」


「しょ、消化とかされるのか?!」


「かもな~早く脱出しねぇと」


「…でも、俺がゴーレムになれてないってことは魔法は使えないのだろうな」


「じゃあ、王はまだ倒せてないのかも」


その時、一瞬、流れ星のように遠くで光るものが見えた。


「今の見た?」


天音の言葉に俺は頷くが、真っ暗闇だったことを思い出して「あぁ」と改めて声にだして返事をした。


俺達は壁となる部分を手探りで探し、何とか立ち上がる。

お互いの手だけは絶対に離さないように。


「アイリスの血、まだポケットに入ってた。」


「じゃあまだ倒せる可能性があるな」


「うん」


光が再び瞬いた。それを頼りに俺達は手を繋いだまま歩き出す。

地面は柔らかく、ゴムの上を歩いているような感覚だ。


辺りは暗くて方向がわからない。それでも時々瞬く光を頼りに、無言で歩を進めていく。


お互いが見えていないはずなのに、二人三脚のように脚を繋いでいるわけでもないのに、不思議と俺達は歩けていた。境目が段々とわからなくなって、1つの生き物になったみたいだった。


時間が進むごとに、光は点滅ではなく、時々切れる光のようになっていく。

切れかけの蛍光灯が頑張って光を発しようするようにも見える。


10分ぐらいだろうか。握り続けていた手に汗がにじみだした頃。


光の元にたどり着いた。


そこには、王がいた。


優しそうなおじいさんの姿をした、人間の姿の王が、項垂れるように座っていた。


俺達は王に近づく。


「王」


天音が迷わず声をかけた。項垂れていた王は電池が少なくなった玩具の人形のようにぎこちなくゆっくりと顔をあげて天音を見つめた。


「…女神様」


「ごめんね。俺は天音だよ」


天音は困ったように笑ってから、幼児に話しかけるようにゆっくりと言った。


「女神様。ここはどこだろうか。」


あぁ、きっとこの王はまだ自分が怪物になってしまったことに気づいていないんだ。

まだ自分がこの国を治める優れた為政者であると思っているんだ。


「誰かの策略か…?!」


天音は怯える王を、母のように優しく撫でた。


「大丈夫だよ。王。これは夢だから」


そして残酷な嘘をついた。


王は「夢…?」と呟いてから、「そうか…」と小さくつぶやいて壁によっかかった。


「嫌な夢でも見てた?」


「…あぁ、裏切られる夢を見ていたよ…数年前、友人に眠っている間に刺された時の夢を。あれ以来、寝つきが悪くてな。」


「そっか」


天音は俺から手を離して、王を自分の膝の上に寝かせた。

なんだか美術の教科書に載っているような、神秘的な絵画に見えた。金色の髪の毛がカーテンのように王を包んだ。


「これ、アイリスが王のためを思って作ってくれた薬だよ。呑む?」


「…毒見はしたのか」


「したよ」


「…ここで飲んでみておくれ」


天音は困ったように微笑んでから呑むフリをした。


「アイリスには後で褒美を与えないとな。」


王は恐らく暗くてよく見えていない。それでも天音の笑顔を見て信じたようだ。


「うん。そうしてあげて。喜ぶよ」


天音はゆっくりと王の口にアイリスの血を垂らした。


「女神様。貴方はとても綺麗だな」


「……ありがとう」


「あぁ。これから国民を守る神になるにふさわしい風貌だ。自我を無くし、人形のようになった貴方はもっと美しいのだろうな…きっと民も……………」


王の言葉は暖かな泥に飲み込まれていくように不明瞭なものとなっていき、王の瞼が閉じた頃、完全に沈んでしまった。


こうして、俺達は静かに国家転覆を成しえたのだ。


俺は、なんとなく天音の左手に手を重ねた。

2人分の吐息だけがしばらくこの空間に響く。


「…この姿で転生してよかったって思っちゃった」


天音はぼんやりとした口調で言った。「なんで?」俺は王の寝顔のような死に顔を眺めながら言った。


「死に際ぐらいは、綺麗なものだけを見て死にたいじゃん?」


俺はその言葉になんと返せばよいのかわからなかった。


天音はゆっくりと膝から王をどかし、地面に寝かせる。

段々と周囲が暗くなっていった。


「……ごめんね。俺もゴースケみたいに、独りぼっちの貴方に寄り添えてやれたらよかったんだけど」


「……やっぱり、お前それが目的で王についていたのか?」


その言葉には慎重に返さなければならない気がして、俺はテンポの悪く尋ねた。


「…ううん。言ったでしょ。俺はただ幸せが怖くなって逃げ出しただけだよ。…でもまぁ、理由の1つ、ではあるのかも」


俺は言ってやりたかった。お前は昔から独りぼっちのやつに寄り添うことができていたと。

俺は小学生の頃から暗くて友達いなかった。隣に天音住んでるってわかって嬉しかった。放課後毎日天音と遊ぶのが楽しかった。つまらなかった学校が楽しくなった。


ヒートもチルハもアランもウーサーも俺も。お前が見つけてくれたから、お前が出会ってくれたから。こんなに強くなれた。

お前が照らしてくれたからこんなに暖かな仲間になれた。


世界なんかを救わなくても、お前は手が届く範囲の、お前の世界の住民をいっぱい救ってきた。


伝えたい。伝えたい。伝えたい!

こんなに言葉を伝えたいと思ったのは初めてだった。


俺が口を開いた瞬間。


フリーフォールのような気持ちの悪い浮遊感が起こる。


暗闇にいるのに落ちているような。俺達は離れてしまった手を伸ばし合いなんとか掴む。


しかし、無情にも手を繋いだ瞬間に、崩れた壁が次々とのしかかってきて、俺達は真っ暗闇の中、身動き1つとれなくなってしまった。

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