第57話 動けない友人はそうして俺を甘やかす

縛られて動けない天音


未だに毒が周り動けない俺


気絶している魔王


まさに硬直状態の中、一番最初に動けるようになったのは俺だった。


まだ筋肉痛のように全身が痛むため動きは緩慢で、指先などはまだ麻痺していて動かしにくい。

とりあえず、天音の拘束を解こうと駆け寄った。


「よかった、お前が一番に毒が抜けたんだ」


さすがに魔王の強烈な攻撃を散々食らった後で、満身創痍のようだ。

顔や腕を打撲の痕が彩って、健康的だった身体が痛々しく変貌していた。


そんな状況で力なく笑う天音に、より自分の無力感を突き付けられる。


「あっは、傷の痛みなんかより、お前の表情の方がずっと痛いよ。助かったんだから笑えって」


そっちこそ、満身創痍なんだから笑顔なんてしてる場合じゃないだろ


そう心の中で久しぶりの会話を交わしながら天音の糸を切ろうとするが、ぎっちりと結ばれたそれは、手の器用さを必要とするもので、毒がまわり手先が上手く動かない俺にとっては至難の業であった。


それならば、先に魔王をトドメをさそう。


……殺そう。


俺は再び巨大化して、うつ伏せに倒れている魔王を見下ろした。


あんなにも冷たく恐ろしく、得体のしれなかった魔王は、ただの少女にしか見えない。


――俺は、こんな小さな少女に転生をさせてもらったのか。


こういう時に限って、そんな事実が頭に過ってしまった。


何のために転生させたかはわからない。


ただ言えるのは、ゴーレムという不便な体ではあったが、仲間ができ、旧友と再び仲良くなることができ、俺は幸せだった。


前世もそれなりに楽しかったが、転生してからの毎日は、余儀なく事件が舞い込んでくるような刺激的な毎日は、仲間と過ごす毎日は、幸せだったのだ、


この魔王は、この少女は、そんな仲間がいなかったのか。


ずっと、この城で孤独に魔物を放って過ごしていたのか。


俺は洗脳されていた時の微かの記憶がよみがえる。今ならわかる。

冷酷無情だと思っていた魔王が意外とお喋りであったのは、寂しかったからだ


きっとこの"寂しい"という感情を認めたくなくて"退屈"という言葉をことあるごとに用いていたんだ。


そのことに気づいた途端、この魔王と称される少女が急に哀れに思え、この拳を下ろすことを戸惑ってしまった。


俺が目覚めた時、天音と出会うことが出来なかったら、魔物と間違われ襲ってくる人達をきっといつか殺していた。そして、魔物と化していた。この少女も、魔法を3つ持つ特異体質により恐れられ、攻撃されて、こんなところまで来てしまったのかもしれない。

だって、この少女には寄り添ってくれる人がいないのだ。


いや、この少女は、少女の姿をしているものの、この世界の多くの人間を苦しめてきた。魔物を無尽蔵に放ち、洗脳でこの世に溶け込み、俺の仲間を傷つけた。それだけで殺すに値する人物だ。


拳を下ろせ。轟介。


心の中で精いっぱい言い聞かせる。


「いいよゴースケ。お前にソイツは殺せないだろ」


横たわる天音が、また、俺を甘やかすような言葉を言ってくる。


「いいや、甘やかすとかじゃなくってさ。お前は、孤独な人間のこと、放っておけない奴じゃん。だから俺はお前と出会えたわけだし、そういうところが結構気に入ってたりしてるわけだし」


そんな性質が自分にあったなんて初耳だったし、お前が俺の事をそんな風に思っていたのはもっと意外だった。


「え、無自覚だったの?ほら、お前クラスでぼっちのやつにさりげなく寄り添うのが上手かっただろ。あからさまにみんなの輪に入れるんじゃなくて気づいたら隣にいてやるような」


確かに、クラスで孤立しがちの奴と友達になることは多かったかもしれない。それでも、それはそんな孤立してるやつを助けてやろうなんて考えてやっていたことではない。そんな聖人みたいな言われをする理由にならない。


「そういうところだよ」


天音は呆れたように笑った。


「お願いだから、お前は魔王を殺さないで。きっとお前にソイツを殺させたら俺は自分が許せなくなる。お前に俺を殺させようとした魔王と同じになっちゃう」


じゃあ、俺は何をしたらお前に償える?お前らに償える?!

俺は、俺だって、お前をこれ以上傷つけたくない。この魔王が復活したら、確実にお前を傷つけにくる。

そしたら俺も自分を一生許せなくなる…


「…他のやつらはきっとお前が誠心誠意謝れば許してくれるよ」


「俺は……ちゅーでもしてもらおうかな?」


冗談を言ってる場合じゃないだろ!!こっちは真剣なんだ!!


「あっは!いつものゴースケだ!」


俺はため息をついて、縮み、地面に散らばる瓦礫から最も鋭いものを掴んだ。

そして、横たわる天音に近づき縄を慎重に切り始めた


「お、あったま良い~」


お前に言われても嫌味しか聞こえないな。頼むから動かないでくれ、怪我するぞ


「魔王の蹴りより痛いもんはないよ。気にすんなって」


俺は、天音の言葉を無視して縄を切るのに集中した。

しばらく、縄を石で削る音と天音の吐息だけがこの空間で響いていた。


「……俺が光の勇者って知って驚いた?」


そんな沈黙を静かに破るように天音は言った。


驚いたに決まっている。それについてはちゃんと問い詰めるからな。

何で2年前に既に転生してたことを隠していたのかも。

光の勇者であったことを隠していたのかも。


「…お手柔らかにお願い」


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