第26話 疎遠だった友人の本来の距離感

――起きたら、3年2組の教室だった。


いつもより超大作かつ長い夢を見ていたような、まるでフィクションを見ているかのようなぼんやりとした気分だ。まだ意識が朦朧としている感じがする。


この様々なテンションが入り混じる喧噪を聴くに、恐らく俺は授業で居眠りをして、そのまま特に先生や周りに気づかれることもなく休み時間に突入したのだろう。


俺は起き上がって、ルーティンのように図書室に向かった。


俺の高校の図書室は様々なクラスのぼっちが集まり昼食を食べる場所でもある。

そこで陰キャグループが形成され、3人ぐらいの小さなグループでスマホを見ながら弁当をかきこむのが俺の日常であった。


「お前ホント馬鹿だなぁ!!」

「なんだとう!失礼な」


正面から男女入り混じった陽キャグループの大声が聞こえてきて、自然と道を開ける。陽キャっつーのはどうしてこんなにも声が大きいものなのか…心の中で悪態をつきつつ、なんとなく下を向いてしまう。


すれ違う寸前に、やけに懐かしく感じる声と、馴染みのある香りがした。


俯いていた顔を少しあげる。


その集団の中心で笑っている金髪に青のヘアピンをしている男。桐生天音。


小学生の頃、最も長く時間を過ごした友人であり、中学辺りから、趣味やつるむ周りの人間の違いから段々と疎遠になっていた友人、天音。


周りの派手な着こなしの制服の仲間と楽しそうに笑っている。


その認識がトリガーだったのかのように、記憶が濁流のように押し寄せてきた。


金髪巨乳美女になった友人とクソデカゴーレムなった俺の記憶


体育会系ネガティブな男と魔物相手に無双したこと


引っ込み思案な好奇心旺盛な少女と修行したこと


気障な変人男とデートしたこと


「あ、天音!!!!」


思わず飛び出てしまった数か月ぶりの声に天音の足が止まった。


「轟介?」


久しぶりに聞いた男声で男の姿の天音は童顔気味の顔で不思議そうに俺を見つめる。こう見ると、女の時と顔立ちはほぼ一緒である。ただし、背は高く、体形も男のものである。


「ひ、久しぶり…」


何を話したらいいのかわからず語尾が思わず弱くなる。


天音はそんな俺を見て、不審そうな顔をしてから「お、おう…」とだけ言って社交辞令のように手をあげて、すぐに俺と反対方向へ進んでいった。


「今の誰~」

「ガキん時の友達~」

「へ~知らない子だわ」


嫌でも聞こえるその後の会話が胸に突き刺さった。今すぐ消え入りたい羞恥心に苛まれる。


そうだ。これが本来の、前世での俺と天音の距離感。


『お前に出会えてよかった!』


異世界で目を覚ました時、確かに天音はこう言っていた。正直、あの時は色々なことが起こりすぎて状況把握で精いっぱいであったが、今なら天音のあの距離の近さがおかしいとわかる。

やはり、死ぬ直前に何かあったのだろうか。だって、二人一緒に異世界転生する理由がそれ以外思い至らない。


「轟介?」


後ろに消えていったはずの天音の声がなぜか正面から聞こえた。


そこに立っていたのは男の姿の天音だ。先ほどの他人行儀な態度と打って変わって、馴れ馴れしく近づいてくる。


「な~に暗い顔してんだよっ」


そういってでこぴんをされた。



「あ、起きた?」


目を開けたら、そこは学校の廊下ではなかった。

ゴツイ武器の先端が大量に目が入る拷問部屋…ではなくチルハの部屋の景色が広がっていた。

天音のいたずらした後の子供のような顔から判断して、恐らく俺は夢を見ていてでこぴんで起こされたのだろう。


「なんかうなされてたから起こしちゃった」


助かる。いい夢とはとても言えなかったからな。


あの日以降、俺達は生前以上にコミュニケーションをとるようになった。

正直言うと、天音の秘密を暴くことで俺は殺されるのではないかという懸念もあったが…

「なにそれ?お前ほーんと俺のことわかってないのな!」

…心の中を読むなよ


「はっははっは安心しろよ、お前にかかれば俺なんて一発で殺されるって」


お前を殺したら他の連中にどんな目を向けられるか想像したくもない

そうだ。この会話で思い出した。夢の中で感じた疑問。


………なぁ、天音、俺がどうやって死んだのか読み取れないのか?


「え、死んだ理由なんて知りたいの?」


天音は悪趣味とでも言いたげに、まずい食べ物を食べた時みたいな顔をした。

俺は、どうしてお前と異世界転生したのか全く思い当らない。気になって仕方ないんだ。お前は何か覚えていないのか?


「俺も全く覚えてないし、記憶が無い分はさすがに読み取れないって」


天音は困ったように笑う。俺達の会話で目が覚めたのかチルハがもぞもぞと動き音がした。

2人でチルハに視線を向けるが、再び眠りに戻ったらしく規則正しい小さな寝息が聞こえてきた。


「そうそれで、俺の魔法は普段は表層の心理ぐらいしか読み取れんのよ。例えば戦闘中に相手の好きな食べ物を知ることとかはできないわけ」


チルハが眠っているのを確認してから天音は何事もなかったのように説明を始めた。


「意識の深い所なら時間さえかければ読み取れるけど、意識に無い所までは無理無理。今のお前からわかることは生前の好物は牡蠣で今の好物は熱を持った岩ってことぐらい」


大正解だ。ちなみにちょっと黒みのある岩が好みだぞ


「生前のお前の好物も渋いけどゴーレム界では熱い岩って渋いセレクトなん?」


知らん。俺以外のゴーレムに会ったことが無いからな。


「まぁとにかく前世のことなんて考えたって仕方ないって~今を生きようぜ」


そういってニカッと笑った。そうだ。転生して再開した時もそう言って笑って…指に…

そこまで思い出したところで、俺は蒸気機関車のように熱を持っていた。


「何照れてんだよウケル」


お前の能力は本当に厄介だな。

よく漫画とかだとサイコメトラーは、余計な情報ばっか読み取っちゃて頭パンクするみたいに聞くけど大丈夫なのか?弱点はないのか?


「読もうと思わなくちゃ読めないから!ちょー便利」


くっ…思った以上に厄介な魔法だ…


「ちなみに耳をすませば割と遠くの声も聞こえるから未来視もどきみたいなこともできんの」

何でもありか


「例えば、一階下の部屋のヒートが何やら嫌な事があったらしいな。多分30秒後ぐらいに勢いよくドアを開けて助けを求めにく「アマネさああああああああああああああああん!!!」早いよ。俺に助けを求めにくるまでのプロセスが」


天音は呆れたように、しかし頼られることをなんだかうれしそうに笑った。


こうして俺達の今日の分の二人きりの会話は終了した。

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