第一章「繰り返す螺旋」1-2

 真里は闇夜の下、街を歩いていた。その瞳に生気は宿っていなかった。長い坂道を一定のスピードで上り切り、横断歩道を渡る。交通量の多い道路、車が何台も停まっている。その圧にも動じずに真里は歩行者用の信号が赤になることを知らせる点滅が起きても急いで歩道を渡るという行為はしなかった。例え渡り切る前に信号が青になってもそのまま走る車などいやしない。ある種の肝が据わっていた。

 夜道を歩く不安を和らげるマンション、アパートの灯りは消えた。ここからは外灯の明かりと、点々と建っている一軒家の申し訳程度の光のみとなる。こんな時は横の道路に一定の間隔で通る車が心強くなる。

 ちょっとした怖い話でも動揺する真里が、このような道を一人で歩くのはそれなりの勇気がいることのはずだったが真里はそんな恐怖を胸に抱えることなく、後退りする事もなく突き進む。今の真里に怖いものなどないのかもしれない。

 正面に一際、白く強い光を放つコンビニが見えてきた。坂を下りそのまま右へ曲がる。こちらへ行くと車さえ通ることは稀になる。代わりに名前が分からない虫のが鮮明に聞こえるようになった。外灯の色が薄い橙色に変わる。

「なんだ、私、怖がらずに歩けるじゃん」

 それなりに大きな声で、こう呟く真里。こんな道で平然と独り言を言う人物と遭遇したらぞっとするのは間違いなかった。それでも、どこかで感覚が麻痺してしまっていると自覚をしていた。そのおかげで今、こうして長い間、一人で暗い夜道を歩くことができている。

 目的地、と言うべき所に辿り着いた。右側にある田んぼと田んぼの間にある舗装された道を歩き鳥居を潜る。階段の前に外灯が一つあるだけの小さな神社。夜間、こんな場所に来るのは肝試しをしに来た若い連中だけだろう。

 一番上の段に座る。ちょっと前まで隣に居た人物はもういない。そのひと時を思い出す。上を見上げると夜空は木の枝葉で所々、隠れていた。その隙間から星が煌々と光っている。

「あのまま時が止まればよかったのに」

 気がつけば涙が一粒、零れ落ちていた。その涙を止めることはできないと、下を向いた。誰もいない、そう簡単に気づくかれるはずもなかったが周りを気にしながら息を、声をなるべく潜めて泣いた。両足を両手で抱え、おでこを膝に付けながら。

 ここに来れば彼の温もりがまだ残っているような気がした。


 あの話を思い出す——真里はそれを頼りにしゅっと立ち上がった。階段を下り始める。そこには目線を逸らしていたはずの道を今度はじっと見つめた。何かを決意したかのようにそこへ足を踏み入れる。

 言っていた通りその道は直ぐに行き止まりだった。その一番奥には暗くて見えないが、何か漢字で文字が彫られている脛辺りまでの高さがある石碑と石祠があった。それを見下ろす真里。

「私もこのまま消えていなくならないかな」

 その言葉に嘘、偽りはなかった。今、心の底から望んでいることである。その強い想いで視線の先にある石祠を一点に見つめていると、なにやら渦巻き模様がうっすら浮び上がっているような気がした。それは何か吸い寄せられるような力があるのではないかと感じ取った真里は一歩、力強く踏み込んだ、そして――

 何かに覆われる、無重力状態になったかのような、水上に浮んでいるような体勢になった。それは紛れもなく、宙に浮いていた。心地よく眠るように意識は遠のく、真里はそれに身を委ねたのであった……。


 夢を見ているような気がした。それでも、そう思いたくはなかった。目の前にあの人が笑顔でこちらを見ているから。違う、あれが夢で、今が現実、そう言い聞かせた。

「(よかった、生きていた)」

 声に出したのか分からない言葉、辺りが暗くなる。あの人も消えていく……。

 目覚めた真里。そう自覚した時、今はいつなのか、眠ってしまってからどのくらいの時間が経過したのか直ぐには判断できなかった。そもそもここは何処だ? そう思った途端に勢いよく上半身を起した。

 ベッドの上にいた。辺りは真っ白、本当に真っ白な空間であった。どこが出入り口かも分からない。今、置かれている状況を把握できない真里は呆然とする。

「目覚めたのね、良かった」

「えっ?」

 どこから入ってきたのか分からなかったが作業着のようなものを着た20代前半くらいの髪の毛が長い若い女性が真里の前に現れた。今はその長い髪をポニーテールにして結んでいる。

「大丈夫、安心して。何もしていないから」

「えっーと……ここは……?」

「なんて言えばいいかな。分かりやすくいえばここは、タイムマシンの中。そして私は所謂、未来人」

 ニコっとした笑顔で言う。なにを言っているんだ、心の中でバカにした笑いが込み上げる。何と返していいか分からない真里。沈黙が流れる。

「別に信じなくてもいいの。どうせあなたは直ぐにここでの記憶を消されて、元いた時代にしっかりと返すから。でも、これだけは言わせて。あなたは凄く運が良い!」

「どうしてですか?」

 反射的にとりあえず聞いてみた。

「あなたが最後に居た場所はちょっと綻びができていて、時空の穴が空きやすい所だったの。それで運悪くその穴に吸い込まれたあなたは、そのまま永遠にTime`s Cradleを彷徨うことになるはずだった。そこを偶然、通りかかった私達が助けたってわけ」

「タ、タイムス、なんとかってなんですか?」

「あぁ、あなたには通じないか。これは遥か未来に一般的に知られるようになる言葉なんだけど、日本語に略せば『時の揺り篭』時間という概念が、過去も未来もなにもない空間のことを指すの」

 真里にはあまりにも普段の生活とはかけ離れたことを言ってくるので感心も、理解もできなかった。とにかく自分は助けられたと、それだけはなんとなく受け入れようと思った。

「その空間に人間がいると、どのような影響が人体に及ぶのかまだまだ未知数なところも多いんだけどあなたは極僅かな間しかいなかったから問題ないと思う。何か聞きたいことはある?」

 そう言われて何か疑問に浮ぶ頭は生憎、持ち合わせていなかった。困る真里は一応、考える素振りをしてみせた。

「どうせ記憶は消しちゃうけどね。じゃあ、あなたを返す準備をしてくるからちょっと待っててね」

笑いながらそう言う女はこの部屋から居なくなった。出て行ったのではなく居なくなったのだ。何もないはずのところから、壁でも通り抜けるように女は消えていった。何気に驚くべき光景であった。

 聞きたいことといえば、私を攫ってどうするつもりですかというのは浮んだ。だがそんなことを面と向かって聞ける度胸はなかった。下手に刺激したら何をされるか分からない。

 それは目覚めて女に会った時から薄々思っていたが、どうも様子が違うと心境の変化が早くも訪れた。

 ここはよくみるドラマや映画で誘拐された人物が押し込まれる木造の小屋や廃墟と化した建物でもない。むしろ清潔感を通り越して無菌室とさえ感じられる真っ白い部屋。逆にそれが気味悪いとも思ったりもするが。

 何より威圧的な態度も取らない若い女性、想像した最悪の事態は起きなさそうだった。

 もう一度横になり上を見上げながら考えてみた。

 これは夢なのか――落ち着いたところでまたあの思い出したくはない記憶が浮び上がってきた。胸に激痛が走る。顔を歪める真里。また涙が溢れ出しそうになってきた。そういえばこのベッドの柔らかさ、寝心地は抜群であった。自分の家のベッドなんかよりずっと気持ち良く感じられる、きっと高価な物なのだろう。そんな気づきはなんの慰めにもならなかった。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。あなたのお名前、吉川真里さんで合っている?」

 女がまた唐突にやって来た。驚きのあまり「うわぁ!」と声を上げながら起き上がった。咄嗟に頬を湿らせていた涙も拭う。

「驚かせてごめんなさい。あなた、吉川真里さんで合っている?」

「はい、そうです」

 空気の抜けたような声でそう答えるが、なぜ今日初めて会った人が自分の名前を知っているのか不思議でならない。

「やっぱり。これは、もしかしたら何かの運命?」

 独り言のように言う女。

「なんで私の名前、知っているのですか? あっ、まさかバッグの中、見たりしたのですか?」

「バッグ? ごめんなさい、残念ながらあなたの荷物らしきものは最初からなかったはずだけど」

「じゃあ、なんで」

「言ったでしょう。私は未来人だって」

 余裕に満ちた、透き通るような心で女はその言葉を言い放った。ここまで自信たっぷりに言われてしまうと心がぐらつく。もしかしたら本当にそうなのかもと。宗教の勧誘をする人はこんな態度で言い切ってしまうのだろうか。少し騙される人の気持ちも分かる気がした。

「よし。あなたはあながち無関係でもなさそうだし少し教えてあげる」

 無関係ではない、その言葉に引っかかったが真里は思わぬ展開に固唾をのんで聞くことにした。

「私たちはね、過去を監視するのが役目なの。訪れるべき未来がちゃんとくるように。なぜだが知らないけど過去は確定していなかったの」

 過去は確定していない、明らかに矛盾している発言だった。眉を細めて疑問の顔を作る真里だったが。

「あっ、なるほど。過去を変えようとする悪い未来人がいないか監視しているって事でしょう?」

「それとは違う。そこに私たち未来人の関与は存在しない。その時代を生きる人間が、こっちが把握している行動とは違うアクションを起したり、史実とは違う出来事が起きているって話」

「えっ、そんなことってあるのですか?」

「残念ながらあるの。それが原因で最悪、私たちが生きる未来とは別の未来を辿る可能性だってある。そうならないために監視しているの」

「なんだか大変そうですね。でも、なんでそんな事が起きるのですか?」

「はっきりとした原因は分からない。ただ言えるのは、さっきも言ったように、たまにこちらが確認できている行動とは、明らかに違う行動をする人物が出てくるの。その人達がいわば過去を掻き回して思わぬ方向に導いてしまうって感じ」

「未来を変えてしまうなんて、凄い人がいるんですね」

「そう言うと、とんでもない人物に聞こえるけど勘違いしないで。その人も特別、凄い能力を持っているわけでもない普通の人間だと思う。それにそういう事って実は無数に起きているの。例えば今日は外出しないはずの人が外に出たり、いきなり何を思ったか別の道を歩き始めて違うルートで帰宅したり。でもそんなことで未来が変わるかって言われたらそうはならない。大半は未来に大きな影響はなく終わるものが殆ど。でも極稀に無視できない大きな出来事が起きるのも事実。例えば今日、亡くなるはずのない人が亡くなったりね」

 真里は即座に反応した。そもそもなぜこんな事を自分に話してくれるのか、その疑問がようやく分かった気がした。

「それって……」

「気づいた? あなたの恋人、磯村恭一郎くん。本当はあのタイミングで亡くなるはずがない人物だったの」

 真里は頭に雷が落ちたような衝撃を受けた。そして思わずベッドから出て女に詰め寄り両肩を掴み大声で叫んだ。

「じゃあ、なんで亡くなったのですか!」

「そもそも私の言う事を信じているの? 未来人だってことも含めて」

「うっ」

 その言葉にハッとさせられる真里。最初はまるで信じていなかったのに、一瞬にして態度を変えてしまった事にも驚いた。だが、この言葉には是が非でも縋りたかった。磯村が、恭ちゃんは死ぬはずではなかったという言葉に。

「し、信じます。だからもっと詳しく教えてください、お願いします」

 女は笑みを浮かべ、真里をベッドの上に座らせ話の続きを始めた。

「さっきも言ったけどはっきりとした原因は分からない、なんでこんな事が起きるのかも。でもね、これだけは言える。過去が変わってしまうのも最初は些細な変化からって。そんないきなり今までは順調にその人の過去を歩んでいたのに空から隕石が落ちてくるような劇的な事は起きないって」

「些細な変化というのは?」

「それこそさっき言ったようなことよ。今もどこかで星の数ほどの些細な変化が起きているはず。でもそれが未来に大きな影響を及ぼすことなんて先ずない、はずなんだけどそうもいかない時もあるから私たちがいるの。小さな変化を侮ってもいけない。その変化の影響によって、また新しい変化が生まれて、そしてまた……こんな風に点と点が線で繋がるように次々と連鎖的に起きて、新しい未来が創り出される……」

 そんな事を考えたこともなかった真里はこの話に息を呑んだ。何か世の中の仕組みというものを少しだけ教えられたようだった。一度、ため息を吐き話を続ける女。

「磯村くんの件は実は初めての事例よ。ある人物の死期が早まったという意味で。それに磯村くんはこれからの未来、ちょっとした有名人になるの。これから多くの人々と出会い、関わり色んな影響を周囲に及ぼしていく。それが無くなってしまうのも怖い。だからこれは緊急性の高い部類に入る」

「えっ、有名人になるって芸能人にでもなるのですか?」

 嬉しい情報が耳に入ってきた。高校を卒業後は特にやりたい事がないと言って進学も就職もしなかった磯村。これから先、どうするつもりだろうと不安に思っていたところでのこの有名人になるという未来はそのやりたい事が見つかって、一つ何かを成し遂げたのだろうと想像するのには容易なものであった。

「具体的な事は言えないかな。あまり過去の人に未来の事をペラペラ喋るのも禁じられているし」

「あぁ、そうですよね。でもその小さな変化ってどうやって見つけているのですか。それも未来の力ってやつですか」

「そんなところ。世界中の、ありとあらゆる人間の動きをグラフや数値とかで可視化できることに成功しているの。そこに私たちの知る過去のデータと今、監視している過去に明らかな相違が認められたらそこに焦点を合わせて詳細を確認する、そんな流れよ」

「へぇー」

 話が一段落したが、女はここからが本題というようにやや身構えるように口を開いた。

「それで、少し言い難いことなんだけど、その磯村くんの最初の変化というのが、吉川さん、あなたと未だに付き合っていることなの」

 真里の目が黒い点になった。女は続ける。

「本当だったら、あなたと磯村くんは、高校3年生の夏、8月2日に別れるはずだったの。心当たりくらいはあるでしょう?」

「高校3年生の夏、8月2日……」

 真里はあの日の事を思い出した。

「あっ、確かに一度、別れようみたいな事は言われましたけど」

「なんで別れなかったの?」

「なんでって。私が別れたくないって言ったからだと思います」

「それだけ? それだけで本当は別れるはずの未来が変わったの?」

「うん? 待ってください。8月2日に別れるって言いました? 別れようと言われたのは2日じゃなくて、6日のはずです。あの日は広島に原爆が投下された日でもあってニュースで盛んに報じられていたのでしっかり覚えています」

「なるほど、2日ではなく6日に言われた……。その微妙なズレが起きるということは何かあったのかもしれない。どんな心境の変化があったの、もうっ。まぁ、いい、とにかく吉川さんがその日に別れを受け入れてくれたらそれで解決だと思うから協力してくれないかしら?」

 磯村と別れてくれ。そう言われて心中穏やかでいられるはずはなかった。

「えっ、何言っているのですか嫌です。なんで別れたくもないのに、無理やり別れなきゃいけないのですか」

 予想はしていたがこうして不快になってしまった態度を見せられると、ここまで主導権を握っていた女も弱腰にならざるを得なかった。それでも説得を試みる。

「彼の命がかかっているのよ。まさか別れなきゃいけないなら死んでも構いませんとは言わないでしょうね?」

「別れないで救う方法はないのですか? 要は恭ちゃんが今日、交通事故で亡くならなければいいのですよね。それさえ達成できれば、別に私と恭ちゃんが別れる、別れないは些細な事なんじゃないですか?」

いきなり頭のキレを見せる真里。良い所を突いてきた。絶対に回避しなければいけないのはそれである。それさえできれば或いは、というのはあるかもしれないが、それでもできれば可能な限りこちらの思い通りに動いてほしいという考えもある。もうこちらが介入するしかないのだから、できれば歴史通りに。女はなんとか粘ってみることにした。

「吉川さんの言っていることはあながち間違いではない。でもね、申し訳ないけどあなた個人の我儘を聞き入れるわけにはいかないの。こっちも正しい過去に修正するという使命を持って動いている以上は」

「わがままって、そんな事、こっちは知ったこっちゃありませんよ。過去を知っている未来人だろうが他人の指示でこっちの気持ちを無視した行動をなんでしなければいけないのですか」

 この言葉を聞いてチクっと胸が痛んだ。未来人、過去を把握しているだけで偉い気分になっていたことに気がついた。生きる時代は違えど同じ人間。神でもない自分に他人の行動を強制させる権利など本当はない。

「そもそもタイムマシンなんてもの作らないで、未来だけみて生きていればこんな面倒なことは……待って。つまり私、もう一度、恭ちゃんに会えるのですか?」

 重要な事に気がつく真里。

「今までの話、聞いてなかったの? そのタイムマシンを利用して歴史を修正してもらう、最初からそう頼んでいたつもりだけど」

 その頼みを断るという選択は真里にはない。だがやはり。

「一応、確認をしただけです。だったらやっぱり私と恭ちゃんは別れないでというのが条件です」

 真里の意志は固そうであった。それを我儘と言ってしまったことも反省して女は別の切り口で最後の、説得に臨む。

「分かった。じゃあこれも言わせて。さっき些細な変化から始まって、それが次から次へと起きて未来が変わるって言ったでしょう。その磯村くんとあの日、別れなかったことによって実は吉川さんの未来も変わったのよ。あなたの辿る人生も軽く調べさせてもらったんだけど。それは本当は合格するはずだった大学受験に失敗したという未来にね」

「えっ」

「直接的な原因ではないにしろ、間違いなくそれは影響していると思う。好きな人と別れるというのも悲しいことだけど、将来を左右する大学受験に失敗したというのも充分、大きな出来事のはずだと思うけど。その選択が必ずしも良い未来に繋がるとは思わないでね」

 本当だったら今年、進学できるはずだったという衝撃的な事実を聞かされた真里。それで一時期、磯村に気が回らなかったほどショックを受けたのは間違いなかったがそれでも真里にとっては、こちらの方が大事であるのは言うまでもないかもしれない。

「そうですか、教えてくれてありがとうございます。でもやっぱり恭ちゃんがいない未来は考えられません。それに大学なんてまた来年、受ければチャンスはありますけど、彼のような素敵な人と出会えるチャンスはもう巡ってこないかもしれない、そう思うとこれだけは譲れません」

 すんなりと答える真里。過去がなぜ未来人が知っている過去と違うのか、その理由がもしかしたら分かったような気がした。

 ある未来の科学者が言っていた。私たちが過去を訪れた時点で、もうそれは別の過去になってしまっている。なるほどと思った。もう一人の見解はこうだった。

 過去は生きていると。ただ過ぎ去った過去を映し出しているのではなく、今を生きている。過去に足を踏み入れて、覗き込むという禁断と思われた扉を開いた我々は過去から挑発を受けているのかもしれない『お前たちの知っている過去と思うなよ』と。

 真里もその過去の一部。その過去はやはり未来人の言うことは聞かずに己の意志を貫いた。過去は未来の来訪者に抵抗しているのだ。

 こっちの方が今は納得できる。

「うん、分かった。じゃあ改めてお願いする。磯村くんを救うのに協力してくれない?」

「えっ、それって」

「もちろん、磯村くんと別れる必要はない。本当は言われた通りに動いてほしいんだけど、なんで磯村くんが別れないことを選んだのかも分からない以上は、あなたの協力があった方がよりスムーズに磯村くんを助けられるのは間違いないし」

「は、はい!」

 息を吹き返した真里。愛する人を自分の手で救うことができる。願ってもないことを任されて体中に活力がみなぎった。

 これで良かったのかは女にも分からなかったが、真里のこの表情をみると悪い気はしなかった。少なくとも一人の人間として間違ったことはしていない、そう思えた。




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