第26話『それぞれの秋・1』

秋物語り・26

『それぞれの秋・1』        


 主な人物:水沢亜紀(サトコ:縮めてトコ=わたし) 杉井麗(シホ) 高階美花=呉美花(サキ)


 ※( )内は、大阪のガールズバーのころの源氏名



 稲穂は実り、プラタナスは枯れ始め、イチョウは枯れ葉をまき散らしながらも実を付ける。


 生まれて十八年ちょっとだけど、こんなに秋の移ろいに敏感になったのは初めてのような気がする。


 美花が突然韓国へ行くと言い出した。


 三人の中で、一番子どもっぽく、人の(主に麗)あとばかり付いていた実花が突然言い出したのだ。


「どうして?」


 いま思うとバカな質問だった。だって、美花は、自分のことを説明するとか、とても苦手だから。


「大人になる前に、一度見ておきたかったの……かな……よくわかんない」

 と、ローラのようなことを言う。

「それは、君の中に流れている民族の血が求めているんだよ!」

「………」

 学校に届けを出した時に、民族教育担当の北畠というオッサンの言うことが、一番つまらなく、保健室の内木先生が言ってくれた言葉が、一番ピンときたそうである。

「高階(もう本名の呉は使っていない)さん、水には気をつけてね。あなた、よく水道の生水飲んでるじゃない。外国は水が違うからね」

「あ、はい」


 ちゃんと生徒手帳に「ミネラルウォーターを飲むこと!」と書いていた。


 出発の日は、羽田まで見送りに行った。

「あたし、なんで行くのか、やっぱし分かんない……」

 そう言って搭乗口にトボトボ歩いていく様は、まるで、アテのない落とし物届けを学校の生指へ届けに行ったときのようだった。うちの学校で忘れ物やら落とし物をしたら、まず返ってこない。


 美花の姿が消え、振り返ってビックリした。


 遥か向こうの到着口の方に、吉岡さんが見えたのだ。

 

 一瞬、去年のサカスタワーホテルでのことが頭に浮かんだ。雄貴にさんざんな目にあったことや、そのことを(おそらく確実に)吉岡さんがカタを付けてくれたこと。女の子がお店で喋る言葉で、出身が分かることなど、懐かしく思い出しているうちに、仕事仲間とおぼしき人たちと、姿を消してしまった。

「どうかした?」

 麗が聞く。

「ううん、べつに」

「そう」

 簡単な会話で終わったのは、麗自身が揺れていたからだろう。


「あたし、卒業したらさ、銀座で働こうかなって……」

「ほんと?」

「こないだ、銀座線に乗ってたら、メグさんに会っちゃって、ほんの十分ほど立ち話したんだ。ガールズバーって、なんだかアマチュアな感じじゃん。だから、プロになりたいって」

「メグさん、なんか言ってた?」

「ハハ、叱れちゃった。接客業なめんじゃないよって。おっかなかった」

「だろうね、あのメグさんなら」

「お店はちがうけど、リョウのサトコさんも銀座に来てるんだって……」

「そうなんだ……」

「でね、学校卒業したら、じっくり考えなって……教師なんかもそうだけど、一度他の仕事を経験したほうがいい。デモシカじゃ、銀座は通用しないってさ……なんか言いなよ」

「うん、なんだか麗、大人になった感じ」

「アハハ、そんなこと言うのは亜紀だけだよ」

「わたしも、こんなこと言うの、麗が初めて」


 学校には、わたしが通学途中で、体調が悪くなって病院に行き、麗がそれに付き添ったと言った。

 あの梅沢が本気にしてくれた。いつもだったら「じゃ、病院の領収書見せろ」ぐらい言うんだけど。

 わたしも嘘が上手くなったのか、美花、吉岡さん、麗の話し……そんなのいっぺんに見聞きしてショックだったのかもしれない。その日の五時間目は、ほんとう具合悪くなって、入学以来初めて保健室のベッドで横になった。


 明くる日は、元気で学校にもバイトにも行けた。


 でも、ここでも、一つ秋を発見した。


 秋元君の元気が無い……。


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