第2話『終わりの始まりの続き』

秋物語り2018・2

『終わりの始まりの続き』        



 職員室を飛び出した。


 呼び止めるどころか、目線を合わせようとする先生もいなかった……。


 真っ直ぐ食堂へ向かった。


 わたしは、腹が立ったり、悲しかったり、自分が壊れそうになったときはとにかく食べる。で、食べ過ぎてもどしてしまう。食べたものによっては下痢になることもある。

 学校で、もどしたり、下痢ピーは、ごめんなので、売れ残りのサンドイッチを三個買って、溢れる涙見られるのヤだから、食堂の外へ行こうとして、ぶつかってしまった。


「あ……!」


 振り返りざまに、人とぶつかった。で、ぶつかったことよりも、そのとき落っこちたものに目が行った。

 相手とわたしの足許には、サンドイッチとセブンスターが落ちていた。

 わたしは、とっさに、落ちたサンドイッチでセブンスターを隠し「ごめんね」と言って、相手が開けたままにしているカバンの中に落とし込んだ。それから相手に気づいた。知り合い以上友だち未満の麗、柱の陰には美花が怯えたように突っ立っている。

「どうも……」

 麗は、ポーカーフェイスの仏頂面。

「おばちゃん、カレーうどん、特盛りで二個」

 美花は、喫煙の張り番をやってる生指の梅本からのツイタテになる位置でオーダー。


 わたしは、食堂の外の一番端っこ。露天のテーブル、壁に向かった席でコーヒー牛乳を飲みながら、サンドイッチを流し込んでいた。食堂のサンドイッチは三角に切っただけで、耳も切っていない食パン3枚の間に、いろいろ具が挟んである。これを3個食べると、食パン一斤半とランチのおかずをまるまる食べたぐらいの量になる。


「さっき、ありがとね」


 直ぐ横、麗が美花を従え仁義をきった。

「ううん、わたしがぶつかったんだから、当然てか、自然にやっちゃった。梅本嫌いだし」

「亜紀、泣いてんの……?」

「え、ああ。ちょっとあって」

「……そっか。これも何かの縁だな、元同級のヨシミだ亜紀にだけは、お別れ言っとくよ」

「お別れ……?」

「うん、今日、美花と東京フケる」

「麗、言っちゃっていいの!?」

「亜紀はいいんだ。友だちだから……」




 麗は一年のとき同級だった。そして同じ一年生だけの水泳部だった。


「先生、夏休みの部活のスケジュールたてたんですけど」

 去年の夏、麗とわたしは顧問の長居のとこにスケジュール表を持っていった。


「いまじぶん持ってこられても困るよ。おれ、夏休みのスケジュ-ル詰まっちゃったから」


「そんな……じゃ、わたしたち夏休みにプール使えません」

 プールの使用は、水泳部と言えど、付き添いの先生がいないと使えない。

「他の先生に頼めよ。オレだって、盆休み以外は、ほとんど組合の用事なんだから」

 長居は、さも正当な理由であるように腕を組んでアゴを下げ、上目遣いになった。

「なに考えてんだよ。水泳部の顧問が、夏休みに学校に来ないなんて、マンガじゃんかよ!」

「オレは、おまえらのために組合とか研修とか行くんだ。そんな言い方される覚えはないぞ」

「目の前のあたしら、ほったらかして、よくそんなこと言えんな…………もう、あんたのこと先生だなんて認めねえからな!」

 麗は、捨てぜりふを残して、行ってしまった。

「今のは先生が悪いです。今なら、まだ間に合います。放送で麗呼び戻してください」

 長居はソッポを向いた。わたしはスマホ出して長居に押しつけた。

「ここ押したら、麗出ます。もっかい話そうって言ってやってください」

 長居は、ヤンワリと、でもきっぱりと、わたしの手を払いのけた。

「決まったスケジュ-ルは変えられない。だれか、他の先生に頼め」

「だったら、先生やってくださいよ。わたし一年生だから、そんなに他の先生と親しくないんです!」

「授業で習ってる先生、いくらでもいるだろ。とにかく、オレはだめだ。以上」

 長居は回れ右をして逃げ出した。わたしは、追っかけて長居の前に出た。

「しつこい!」

「先生、逃げないでください!」

「なんだと!」

「水泳部の顧問が、夏休みにプールに付き添わないなんて、無責任! で、いま逃げ出したのも卑怯です!」

「水沢!」

 長居は、わたしの襟首を掴んだ。

「これって、体罰ですよ、先生……」

「ふ、そんなことだけ一人前に覚えやがって……」

 長居は、怒りに手を振るわせながら、わたしのブラウスの襟首を放した。


 麗は、廊下の端を曲がったところで、手洗いの鏡に写るわたしを見てくれていた。で、長居が襟首を掴んだところもシャメってくれていた。


「どうして、ダメなのよ!」

「ダメと言ったらダメだ。この程度で裁判なんか起こせるか。オレの立場も考えろ」

 これが、お父さんの答えだった。で、黙って聞き流すのがお母さんだった。


 去年のことを思い出し、あたしの決心は10分で決まった。


 麗と、美花と、わたしの3人で、その夕方、東京をフケた……。

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