この案件、ラブコメですか?

一二三つ

プロローグ 出会いは赤く



 満員電車は嫌いだ。

 複数人と密着して嗅ぎたくもない体臭やら香水やらが鼻を刺激し気分を悪くさせる。

 夏場なんて最悪だ。ムンムンとする高湿度も我慢しなければならないからだ。


「朝から苦行した気分だ…」


 快適な気温が維持されているコンビニで噴き出す汗を落ち着かせながら飲み物を選ぶ。

 カフェインを摂るかビタミンを摂るか悩んでいると視線の左下に目が行く。

 視線の先にはしゃがみ込んで商品を見つめる1人の女性。

 白のシャツにデニムパンツとオフィスカジュアルな服装。しかし、服装はどうでも良い。

 しゃがんでいる事でシャツが上に、デニムが下にズレる事で腰からチラッと見える下着。


 なるほど、赤か。眼福眼福。


 下着1枚で朝の出勤ラッシュのストレスが発散された辺り、俺もまだまだ子供だなと静かに鼻で笑ってレジへと向かった。




「おはようございまーす」


 駅から歩いて数分の所にオフィスがある。

 炎天下を数分我慢するだけで冷房の効いた快適空間があるのだ、素晴らしい。


「秋本君、ちょっと良いかな?」

「ん?どした?」


 自分の席に座るやすぐに同期の小柳こやなぎに話しかけられる。


「前にプレゼンした案件なんだけど、見事通ったよ」

「おぉ!良かったじゃん。おめでとう」

「ありがとう。それでね、その案件のメンバーに秋本君も参加して欲しいんだけど、大丈夫?」

「俺?まぁ入稿も終わったし問題無いぞ」


 俺の仕事はデザイナー。

 主に広告やチラシ、DMと言った紙媒体のデザインをしている。

 同期の小柳は営業担当で元はコピーライター志望で入社したのだが、ワードセンスが長けている事が気に入られ営業へと異動になったのだ。


「ありがとう!じゃあ今日の11時にミーティングするから。資料と会議部屋はタスクに入れておくね」

「おーう。あとで確認しとく」


 小柳と話した後デスクパソコンを起動する。

 無機質な機械音を発するパソコンを横目に今朝購入した煙草とエナジードリンクを持ち、席を離れる。


 向かった先は喫煙所。

 出勤時は必ずここに来ては煙草を1、2本吸うのがルーティーンなのだ。


「おっ。秋本じゃん」

「おはようございます、先輩」


 小柳が入れたタスクを確認していると同じ部署の伊藤いとう先輩に声をかけられる。


「あれ?煙草辞めたんじゃなかったんですか?」

「こんなストレス業界で辞めれたら勇者だよ」

「間違いないです」


 世間話を少しして俺と先輩はオフィスに戻る。

 オフィスでは週初めの朝礼が始まろうとしており社員がプリントを片手に立っていた。


「おはようございます。先週に話していた通り、今日からアルバイトが加わる事になった」


 上司の横には緊張しているのか顔を強ばっている女子が立っていた。


「ん?」


 その女子を見て俺は今朝のコンビニを思い出す。


「今日からお世話になります。白井夏希しらいなつきです。よろしくお願いします」


 白のシャツとデニムパンツ。

 朝の憂鬱から救ってくれた女子がそこに立っていた。


 なるほど、アルバイトの子だったのか。


 主に新人の世話は伊藤先輩がしているので俺には関係無いと思い配られたプリントに目を通そうと目線を下げる。


「白井さんは秋本君に着くように」

「……へぁ?」


 今、なんと仰いましたか?

 秋里あきざとさんの間違いでしょ?俺な訳ないよね?


 視線をプリントから離れた席にいる先輩の秋里さんに向けると秋里さんは俺に指を指し「お前だよ」とゼスチャーをする。

 驚きと戸惑いが入り交じりながらアルバイトの子を見る。

 偶然にも目が合うとアルバイトの子は驚きながら目線を逸らす。


「じゃあ今週も無理せず。よろしく」


 上司の最後の言葉で朝礼は終わり、各自席に座って仕事を始める。

 俺も例外なく座って作業を始めようと準備をしていると上司がアルバイトの子を連れて話しかけてくる。


「じゃあ、秋本君。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」


 ぎこちないお辞儀を見せられ、上司は笑顔でその場から去って行く。


 えぇ…なんで俺なの……


 これが俺と彼女の初めての出会いだった。

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