第104話 そう来たか

「えっ、なになに! 何が起きたの!?」


 解説を求めてくるイツナのために、この部屋を除いた世界の時間を一時停止する。


「俺がシアンヌに与えた『憑依チート』だ。あの戦士の肉体を乗っ取ってる」


 憑依チート。

 その名のとおり、対象に精神だけでなく肉体ごと憑依して行動を操ることができる。

 憑依した対象の記憶を読み取ることもできるため、演技を見破るのは難しい。

 

「シアンヌさんの新しい能力……!」

「それだけじゃないぜ。『爆弾魔チート』……触れたものを爆弾に変える能力。それで作った煙幕爆弾を部屋に次元転移させたんだ。それにしても『魔力略取チート』とブラックマターの組み合わせは相性抜群だな。あのちびっこ神官を無力化できたのは大きいぞ」


 『魔力略取チート』は他人の魔力を奪う能力だが……シアンヌはブラックマターの魔力吸収能力を底上げするのに使ってやがった。

 あの黒い手に触れられた相手はちびっこ神官のように一瞬で魔力を根こそぎ奪われ、意識を失うことになる。 


「でも、なんで爆弾でやっつけなかったのかな?」

「ただの殺傷爆弾じゃ神官の防御障壁に防がれるからだろうが……煙幕を使った理由は今にわかるさ」


 イツナにそう答えて、指を鳴らした。

 停まっていた時が動き出し始める。


「けほけほ……キティス、何してんのよ……!?」

「駄目っ! あれはいつものキティスじゃないよ!」


 不用意に近付こうとする赤髪魔術師を、銀髪少女が制止する。


「私はシアンヌ。お前たちに挑む者だ」


 のっぽ戦士の口からシアンヌの声が漏れると、赤髪魔術師が憎々しげに歯を軋ませた。


「アンタも結社の刺客ね! キティスとミニアを返しなさいよ!」

「悪いがそれはできん。大事な人質なのでな」

「卑怯者!」


 赤髪魔術師は咳こみながらも恨み節全開だ。


「卑怯者で結構。私はどんな手を使っても、全力でお前たちを倒す」


 罵倒を涼しげに受け流し、縮地チートで瞬時に距離を詰めて拳を繰り出すのっぽ戦士withシアンヌ。


「下がって、エレン!」


 銀髪少女が狙われた赤髪魔術師の前に飛び出した。

 拳による一撃は銀髪少女が盾で防いだにもかかわらず、少女たちをまとめて吹き飛ばす。

 ふたりが部屋の壁を突き破って、隣の家屋に突っ込んだ。


 今のシアンヌはのっぽ戦士の『筋力限界突破チート』を利用できる。

 憑依チート中は基礎能力が憑依対象と同じになるため、スピードはいつものシアンヌとは比べるべくもない。

 それでも縮地で勢いをつけた右ストレートを魔術師がかわせるわけもない。だから銀髪少女は仲間を守るべく身を挺するしかなかった。


 


「大丈夫?」


 銀髪少女が赤髪魔術師の身を案じ、助け起こす。


「けほっけほっ……詠唱が……魔力もうまく集まらない」

「残念ながら、お前はしばらく魔法を使えん」


 シアンヌが赤髪魔術師に絶望的な宣告を下した。


「先程の煙幕は私のブラックマターを『クラフトチート』で具象化し、爆弾に変えたものだ。あの煙を吸い込んだものは魔力窮乏状態となる。つまり、今のお前には何もできん」


 赤髪魔術師が悔しそうに歯噛みし、銀髪少女も表情を厳しくする。


「これで三人目。あとひとりだ」


 シアンヌが勝ち誇るように三本指を立てた。




「すごいね、シアンヌさんが押してる!」


 イツナが無邪気にはしゃぐ。


「ああ、今の所はな……」


 それに対して、俺は素直に喜べない。


 シアンヌの戦略は、だいたいわかった。

 初手でパーティを半壊させて、まず連携を殺す。さらに他のパーティ全員を人質、あるいは足かせにして銀髪少女を封じ、攻略の足がかりとするってところだろう。


 はっきり言って、シアンヌに手加減をする余裕はない。

 今のパンチだってとはいえ、縮地の勢いものせた筋力限界突破の全力全開だったはず。

 にもかかわらず、ふたりが消し飛ぶでも、お空の星になるでもなく、あの程度のダメージで済んでるってのは……。


「本気を出せ、『アディーナ・ローズ』。お前はこんなものではないはずだ」


 シアンヌもわかっている。

 だから銀髪少女を真名で挑発しているのだろう。


「ああ、そうか。お前、他の仲間には自分の全力を隠しているのか」

「貴方の言う全力っていうのは多分、わたしの全力なんかじゃないよ……」


 シアンヌの、さも今気づいてみせたかのような指摘にアディーナは自嘲で返す。少なくとも、アディーナの中ではそれが真実なのだろう。

 チート転生者が本気を隠して異世界人と仲良くやるために足並みを合わせる……異世界では本当に、本当によくある話だ。


「アディ、あたしのことなら気にしないで」

「エレン……」


 どうやら赤髪魔術師は……いや、他のメンバー全員、アディーナの秘密をなんとなく察していたらしい。

 咳き込みながらも強気の笑顔でサムズアップした。


「キティスとミニアを助けてあげて。あいつをギャフンと言わせてやってよ!」

「……わかった。まかせて!」


 アディーナは自分の魔力ポーションを赤髪魔術師に渡してから、シアンヌに向き直った。


「結社の人なら説得なんて無駄かもしれないけど……こんなことはやめて、二人を返して」

「私は結社の人間ではない」

「えっ……じゃあ、なんで攻撃してくるのっ!?」

「言ったはずだ。私は挑戦者だと」


 アディーナたちからすれば完全に意味不明で、はた迷惑な動機だった。

 戦闘の構えを取るシアンヌの予想外の返事に困惑顔のアディーナだったが、それでも仲間がやられていることに変わりはないと思ったのか表情が一気に引き締まる。


「まず、キティスを返してもらうよ」

「そう簡単に――」


 次の瞬間、アディーナの顔がシアンヌの目前に迫る。

 のっぽ戦士の強靭な腹筋に、一見すると華奢に見えるアディーナのボディーブローが突き刺さった。


「かはっ……!?」


 途撤もない衝撃に、戦士の肉体がその身をくの字に折り曲げる。

 その背中からシアンヌの本体が弾き出され、地面を滑るように転げ回った。

 憑依を強制解除されたのだ。


「ぐ、ううぅ……」

「魔族だったんだ」


 うずくまるシアンヌの頭に見える小さな角を見て、アディーナが目を細める。

 

「あなたは人間が憎かったの?」

「魔族としての、矜持など、とっくの昔に、捨てた」


 苦しげに言葉を区切るシアンヌ。


「そう」


 アディーナが頷いて盾を持っていない方、右手を掲げる。

 すると、宿の瓦礫からサーベルが飛び出してアディーナの手に納まった。


「憑依は解かれたが……こちらも動きやすくなった」


 シアンヌも体を震わせながら立ち上がる。


「強がり言わないで! 立つのもやっとのはずだよ。ねぇ、ミニアを返して……そうしたら追いかけたりしないから」

「そうはいかん。ここからが本番だ」


 敵を案じるかのようなアディーナのつぶやきに答えるやいなや、シアンヌは周囲に無数の漆黒球体ブラックマターを展開した。


「それ、ミニアの魔力を奪ったやつ!」


 アディーナが警戒しながら身を低くする。


 シアンヌのブラックマターに生命体から直接魔力を奪ったりする力はなかった。現にのっぽ戦士のコピーには目くらましに利用され、突破もされている。

 しかし、シアンヌが『魔力略取チート』を手に入れたことで、ブラックマターは触れた者の魔力を奪う浮遊機雷となった。

 何人たりとも近づけないはずの結界。

 しかし、アディーナが相手では砂上の楼閣だ。


「説得できないなら、しょうがないよね」


 鏡に映る銀髪の魔法剣士……アディーナ・ローズの表情はとても、とても悲しそうだった。

 それを見て、予感する。


「このままだとシアンヌは殺される」

「えっ……?」


 イツナが不安そうにこちらを見上げた。


 シアンヌはああ見えて、起死回生の切り札を残している。

 しかも、あろうことか仕掛けられた罠にアディーナも気づいていない。

 本来なら、この時点でシアンヌの勝ちを祝えるレベルの絶対的優位。


 それでもシアンヌは負ける。

 理屈じゃない。言葉では言い表しようのない確信めいた閃きだった。


ッ!」


 再び目にも留まらぬスピードでシアンヌに迫ろうとするアディーナ。

 漆黒の浮遊機雷の合間を縫う、高速で針穴に糸を通すかのような神業的機動を披露していく。


「甘い!」


 本来なら空中で静止しているだけのブラックマターがシアンヌの『念動チート』によって一斉に動き出し、アディーナに襲いかかった。

 しかしアディーナは足を止めることなく、そのすべてを目にも留まらぬ早業で斬り捨てていく。物体をすり抜け、魔法を吸い込むはずのブラックマターが魔剣ですらないサーベルに切断され消失していく光景は理不尽極まりない。


 だがしかし、それでこそのチートホルダー。

 才能に溢れ、物理法則ルールをねじ伏せ、運命きゃくほんを書き換え、ご都合主義的な幸運にも恵まれ、神々の概念攻撃をなんとなく無効化し、相対した敵は何故だか足元を掬われる。

 主人公ヒロインは、理屈抜きに強くて当たり前。

 クソ神宇宙のクソッタレな真理である。


 だけど、そんなことはシアンヌだって百も承知だ。


「ぬおおおぉぉぉっ!」


 縮地で一気にアディーナの懐に踏み込み、ブラックマターを纏わせての渾身の貫手ぬきてを放つ。

 裂帛の気合を込められた捨て身の攻撃を、アディーナは甘く見ることなく盾で受け止めようとした。


 本来、ブラックマターを纏った攻撃を盾で受け止めることはできない。盾はもちろん鎧だって素通りしてしまうのだから。

 だが、アディーナは現にブラックマターを物理的に斬って見せている。

 おそらくはこれも防がれるであろう。




 だが、シアンヌはそうなるだろうと最初から予測していた。




 シアンヌの攻撃を受け止める直前、アディーナが構えた盾が木っ端微塵に爆散する。


 戦士の肉体を乗っ取っていたとき、赤髪魔術師を殴りつけようとしたシアンヌの拳はアディーナの盾によって防がれた。

 模擬戦でも幾度となく繰り返された光景。赤髪魔術師を攻撃されると、アディーナのコピーは必ず駆けつけて赤髪魔術師を守る。

 だから敢えてブラックマターを纏わせていなかったシアンヌのパンチは、赤髪魔術師を狙ったものではない。


 最初から『爆弾魔チート』でアディーナの盾に触れて爆弾に変えることが目的だったのだ。


 当然、爆弾如きではアディーナに大したダメージを与えることはできないが、盾はそうはいかない。


 アディーナの盾はなんの変哲もない円形のミドルシールドだが、仮に盾が太古のアーティファクトで絶対的な不壊を誇っていたとしても、源理チート優先の法則からは逃れられない。

 宇宙創世より以前から定められているのだから、矛盾もクソもなく砕け散るしかないのだ。


 盾を失ったことで、アディーナ・ローズはシアンヌの貫手を防ぐ手段を失う。


 そこまでがシアンヌの戦術で。


 ここからがシアンヌの現実だ。


 アディーナは盾の爆発に身じろぎ一つせず、あろうことか空いた左手でシアンヌの手首を瞬時に掴み、貫手を防いだのだ。


 ブラックマターを纏ったシアンヌの手に直接触れるという危険極まる自殺行為。

 普通に考えたら、ここで軍配が上がるのはシアンヌの方だろう。

 魔力を奪ってもいい。

 相手を爆弾にして、爆殺しまってもいい。

 生殺与奪、まさに自在。


 事実、シアンヌだってアディーナを葬るあらゆる手段チートを行使しようとした。

 だけど、『魔力略取』も『爆弾魔』も何もかも……アディーナには


 シアンヌの双眸が驚愕に見開かれたのは、ほんの一瞬。

 その後に浮かんだのは、どことなく満足そうな笑みだった。


「ごめんね」


 対して、一連の攻防に顔色ひとつ変えなかったアディーナの口から漏れたのは、謝罪。

 悲しそうな顔をしたとき、シアンヌの冥福を祈り終えていた。命を奪う決意は、できている。


 だから右手のサーベルが翻えり、何の躊躇もない一閃がシアンヌの首筋に迫ったとき。


「このぐらいで勘弁してやってくれないか?」


 その凶刃を俺が阻止するのは容易いことだった。


「…………え?」


 いきなり何の前触れもなく現れた俺に渾身の斬撃が人差し指一本で受け止められたという事実に唖然とするアディーナ。

 それでも流石というべきか、咄嗟にサーベルを引こうとしてきたので……仕方なく俺は親指も使って刀身を摘み取る。


「……えっ、なんで……えっ……!?」


 サーベルが微動だにしなくなり、アディーナが焦り始めた。さらに俺の顔を見上げて……完全に固まる。目を丸くする……などという比喩では足りない。まるで石化したかのように身じろぎひとつしなくなった。

 もちろん、石化の魔眼など発動してはいなかったのだが……。


「……やめとけ。もう戦いは終わった。君の勝ちだ」

「えっ、あっ、はい!」


 硬直が解けて、コクコクと必死に頷くアディーナ。

 思いの外おとなしく従ってくれそうなのでサーベルを手放すと、さもそれが自然であるかのように掴んでいたシアンヌの手を放して、サーベルを捨てる。

 あまりにも無防備な姿に若干の戸惑いを覚えつつも、シアンヌの方を振り返った。 


「ほら、返してやれ……って立ったまま気絶してやがる。ブラックマターの魔力消費に『魔力回復チート』が追いつかなったか」


 仕方がないのでシアンヌのアイテムボックスに無断で手を突っ込み、封印珠を取り出して封印を解除する。

 ちびっこ神官ちゃんが胎児みたく丸まった状態で地べたに出現すると、赤髪魔術師が「ミニア!」と叫びながら近づいてきた。


 一方、俺はシアンヌをお姫様だっこしつつ、この場を辞すべく次元転移を発動しようとして……思い直した。


「悪かったな。今回そっちに与えた損害は後日、しっかり補填するから」


 いつもなら異世界人なんてどうでもいいはずなんだが、なんでだろう。

 ひょっとしたら私生活を覗き見るうちに、彼女たちのファンになってしまったのかもしれない。

 それこそ、ここの異世界神の思い通りっぽくて癪なんだが。


「え、えっと……ま、待ってください!」


 次元楔を打ち込まれたわけでもないのに不思議と足を止めてしまう。

 振り返ると、アディーナが何故か目を潤ませながら俺の目をまっすぐに見上げていた。

 どことなくイツナを思い出す。


「あ、あのっ、そのっ……」

「すまないが……俺は君と戦う気はないんだ。もしどうしてもって言うならこいつを送り届けた後に――」

「そ、そうじゃなくて!」


 ブンブンブンッっと音を立てるぐらいの勢いで首を横に振りまくるアディーナ。


「その人が結社じゃない、っていうのは本当なんですよね?」

「ああ。アイツらは俺にとっても敵だ」

「だったら、どうかわたしと……ううん、わたしたちといっしょに結社と戦ってください!」

「それは――」


 正直言って、願ってもない話だった。

 今の俺の目的は誓約を達成することなんかじゃない。アディーナの正体が俺や騎士神王アルトリウスのような規格外の例外則オーバーフロー・ワン、あるいはリリィちゃんのような近似体アポロキシメイトかどうか知ることにある。


 俺の肉体を貫いたことのあるシアンヌならあるいはと思ったが……残念ながらアディーナの『適度な全力』を引き出すには至らなかった。

 もちろんシアンヌは大健闘してくれたし、あとでいっぱい可愛がってあげないといけないけど。

 ともあれ俺がアディーナと戦ったら世界を滅ぼしてしまう可能性が高い以上、彼女の秘密を知るにはどっちみち結社に迫るしかない。


 もし代理誓約を立てて結社を滅ぼすなら、アディーナと協力するのは普通にアリだろう。

 アディーナがいなくとも結社を滅ぼした後でじっくりと調べるつもりだったが、供に戦ううちにアディーナの正体が判明するほうが俺にとって都合がいい。


 ちなみにアディーナに直接聞くという手はおそらく使えない。

 さっきの戦った感じだと、アディーナ自身だって知らないだろうからだ。


 ああ、そうか……ようやくわかった。


 本当にアディーナが自分の正体を知らないのなら……奇跡的にクソ神に目をつけられていない俺の同類イレギュラーが、平和に暮らせているってことになる。

 それは、俺がどれだけ願っても手に入れることができなかった未来じゃないか。いや……ようやく手に入れることができたからこそ、彼女に肩入れしたくなるってわけか。なんともジジ臭い。いよいよ俺もヤキが回ったのかもな。


 というかアディーナから協力を要請してくるのは本当に意外だ。

 戦いが終わった後、アディーナたちとは完全に敵対するだろうと思ってたし。事実、赤髪魔術師ちゃんがこちらに向ける視線は厳しい。これが普通の反応というものだ。

 アディーナのいろんな手順をすっ飛ばしたラブコールは異世界ではよくあるご都合主義展開と笑って受け流せなくもないのだが、アディーナの魂にはそんな無粋な介入を跳ね返すだけのポテンシャルがあるはずなのである。


 いや。


 だから、だったんだろう。


 アディーナが発した次の一言は、俺がこの異世界に来てから感じていた疑念を解決すると同時に、バラ撒かれていた伏線を回収して余りある……まさしく魔法の言葉チートだった。






「お願いです……!!」






 ……なるほど?






 …………そう来たかぁぁっ!

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