第88話 主人公VS主人公

 戦いは熾烈を極めた。

 というより、悠斗が予想よりもかなり強かったと言うべきか。


 ここ最近の記憶にあるチートホルダーたちと比べても、さすがは主人公といわざるを得ない。

 魔力波動も完全に使いこなしており、剣に魔法を付与するのはお手の物。特に空間や概念ごと相手を断ち切る次元破斬と、相手の存在を事象ごと否定してなかったことにしてしまえる否定魔法はコピーを一撃の下に葬り去った。


 最後に残ったとっとこ歩くよアルカンちゃらも仲間たちの総攻撃と悠斗が仲間のピンチの瞬間に突然閃いた次元破斬・弐式によって倒された。


「次はお前の番だ、逆萩亮二!」


 士気を上げた悠斗が消耗しながらもやる気満々で俺に剣を向ける。

 ちなみにコピーを作ろうと思えばいくらでも同時に出せるからガエラフを100人ばかり出して無理ゲーを強いてもいいわけだが、それだと主人公補正で変なパワーアップをされそうだ。


「奴らをこうも簡単に倒すとはな。よくやったと誉めてやろう」


 惜しみない拍手を送りながらも、俺は連中の力を冷静に見切っていた。

 パーフェクトチートマンとして完成されている上に主人公補正によって補強された絶対的制圧力で敵を圧倒する悠斗。俺が弱かった頃いいようにやられてきたチートホルダーどもといい勝負だ。

 そして意外と馬鹿にできないのがハーレムメンバーだ。戦闘力もだが、悠斗の突撃気質を支援魔法やアドバイスによって補佐し、精神的にも支えている。ニコポナデポの精神リンクありきじゃなきゃ、本当にいいパーティだと思う。


 さて、悠斗の戦闘力次第ではイツナやシアンヌの練習台にしようとも思ってたが、さすがにこの主人公パーティが相手じゃ荷が重そう。


「いいだろう。俺自ら絶望を教えてやる」


 まるで悪役みたいな台詞を吐きながら、おもむろにアイテムボックスからコピーどもの使っていた魔剣と杖を取り出し、両手に装備する。


「あれはガエラフとスィニグラフの!?」

「当然だろ? 奴らに与えたモノもすべてコピーだ。オリジナルは俺が所有している」


 悠斗のリアクションに気をよくした俺はドヤ顔で解説する。

 まあ俺本来の戦闘力はアイテム関係ないけどね。連中が脅威と感じてくれるなら、この程度の演出サービスは買って出る。


 そう、これはゲームなのだ。

 チート能力に恵まれなかった頃の戦い方で、ガチのチートホルダー相手に今の俺が経験値だけでどこまでやれるのか。

 まあ、一種の縛りプレイだな。これぐらいのハンデをやらないと余興にもならないし。


 これで苦戦するようなら、わざとダメージを受けてみせつつ追いつめられたフリをして、破滅獣形態フェンリルスタイルで締めだ。

 そして最後はハーレムメンバーをひとりひとり血祭りに上げながら、絶望の淵に立たされた悠斗が折れれば、それにて仕舞い。あるいは適当に覚醒して最後の一撃を放ってくるようなら、改心しながら光になって消滅してみせればいい。そうすれば、こいつらに追いかけ回されることもなくなる。

 息抜きが終わったら地獄のクズラッシュの再開ってわけだ。


「……どうして?」


 そんな俺の舐めきった魂胆を見透かしたわけでもなかろうが、リリィちゃんが瞳に涙をたたえながら訴えてくる。


「どうして、それほどの力を持ちながら世界の人のために役立てようとしないの?」

「誤解があるみたいだな。俺は人助けもしてるぞ」

「何を今更!」


 例によって悠斗が茶々入れしてくるが、無視して続ける。


「確かに人助けのために頑張ろうとらしくもないことを続けたことあったし、自分の行為に責任を持とうと考えてた時期もあったさ。だけど、気づいたんだよ。俺が何かしてもしなくても、さほどの違いは生まれないってな」


 異世界の神々は自らの利益のために、異世界人を資源として加工し、消費し続けている。俺の見ていない、干渉できないどこか別の異世界でも常に暗躍しているはずだ。

 今回もそう。悠斗が活躍できる世界を整えるためにクズ人間が生まれやすいよう調整し、星の意思を利用してご都合展開を乱発させている。クソ神管理下の宇宙では、ごくごく日常的にあることだ。もっとえげつない行為だって、いともたやすく行われている。

 そんな中、不自由な境遇に置かれた俺一人が気を遣ったところで、いったいどれだけの意味があるというのか。俺だけが自責の念で足を止めるなんざ、それこそ救える命のひとつも減るってもんだ。


「……そうさ。どれほど力があろうと、無為に散っていく命は決してなくならない。イチイチ考えてたらキリがないんだよ」

「そんな……人の命や運命を左右するようなことなんでしょ!? なんでそんな残酷に切り捨てられるのよ!」


 どうやらリリィちゃんは俺の良心に訴えてくるヒロイン役らしい。上書きされているとはいえ人格データは本人に準じるから、やっぱり本物のリリィちゃんも同じようなことを聞いてくるだろう。


「知りもしない他人の命がそんなに大事なのか?」


 対する俺は冷徹に、至極当然のように聞き返した。


「少なくとも俺が関わって、幸せになってほしいと願った人間やその関係者が不幸に巻き込まれることはない。そういう加護を与えているからな」


 別名ハッピーエンドチート。

 主人公たちが問題を解決した後、その国の人たちは幸せに暮らしましたとさ、を実現するための能力だ。

 能力者本人のあずかり知らぬところで知り合いが理不尽な運命に陥ったりしない程度の加護ではあるが、気休めにはちょうどいい。


「だから身内さえ無事なら、他の連中がどうなろうが知ったことじゃねえよ。どうでもいい」

「どうでもいいのはアンタにとってでしょう! 他の誰かにとっては大切な誰かかもしれないのに!」

「他の誰かっていうのも結局は他人だしなぁ。そもそも、そいつに責任を持つべきなのはそいつ自身だろ。どうして俺だけが、見ず知らずの他人の尻を担いでやらなきゃいけないんだ?」

「それが、力を持つ者の責任だからだ!」


 絶好のタイミングでリリィちゃんのとの問答に横入りしてきたのは、やはり悠斗だった。


「俺も異世界に来て、こんな力を手に入れて最初は浮かれてた。でもよかれと思ってしたことが、誰かを不幸にしてしまうこともあるって知った……」

「ユート……」


 悠斗の述懐にメイジ娘が反応する。

 ああ、ふたりの間にそういうイベントが起こされたのね。星の意思の仕事だとしたら、悠斗の力への疑問や葛藤は当初からあったのかもしれん。


「逆萩亮二、お前はその責任から逃れようとしているだけだ! 自分が楽になりたいから!」


 うんうん。

 実に主人公らしい、いい物言いじゃないか。

 悠斗の実態を知り尽くしている俺としちゃ、これっぽっちも心に響かないけどね。


 そのとおり、俺は責任逃れの楽をしている。でも、楽をするイコール悪いみたいに考えるのは頭が固すぎるだろ。どうせ長く続けなきゃいけないなら、せめて自分にとって楽でなきゃいずれ潰れてしまうんだし。

 難しい話はなんもない。自分で最後までやり抜くと決めた以上、そうするだけの話なんだ。お前のように見て見ぬ振りをしているわけじゃくて、すべて理解した上で見てないんだよ。

 自分にとって何が大事か考えたら、何を切り捨てるべきかはっきりする。何も犠牲にしない方法なんてものは幻想ですらない。ただの空想だ。


「それはお前も同じだろう? 桐ヶ谷悠斗」


 だからこそ悠斗の言葉を敢えて否定せず、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら切り返す。


「異世界にやってきて、借り物の超常的な力を振るう非日常の中、誰かのためっていう大義名分さえあれば何をしてもいい。お前が言っているのはそういうことだろう?」


 この問いにどう答えを出すのか。自分で出した答えがあるなら、間違っていてもいいと俺は思っている。


 だというのに、こいつと来たら。


「それは……」

「そんなことないです!」

「ユートはお前とは違う!」


 問いかけに悠斗が鼻白んだら、ニコポヒロインたちがすかさず反論してきたのだ。


「そうだ、俺はお前とは違う……!」


 そんでもって悠斗が立ち直り、力を取り戻すっていう寸法なわけか。桐ヶ谷悠斗もこれが自分の願望なのだと気づいてないんだろう。だからこそリリィちゃんがあんな見え透いた話題を振ってきたわけだ。

 すべてはこの一連の流れに繋げるための茶番。自己実現欲求、ここに極まれりって感じだな。まあ、それも人の在り方の一種だろうし、別に嫌悪したりもしないけど。


 ちなみに悠斗の自己弁護の長口上は続いてるけど聞き流している。

 最後の方はこんな感じだった。


「結局自分だけ良ければいいってことじゃないか。そんなふうに力を使うなんて、許されるわけがない! お前は邪悪だ、逆萩亮二!」


 え、うん、そうだけど?

 誰よりも自分勝手で傍若無人。異世界を巡り、気まぐれに救ったり破壊したりする。

 そんな人間が悪人じゃないわけないだろう。それこそ、何を今更って感じだ。


 まあ、悠斗が感じている矛盾を誤魔化すための自己欺瞞なんだろうけどな。俺とは違うことで安心したいんだろう。実際違うけど。


「まったく、お前のために悪人を用意する側に回された立場も考えてほしいもんだけどな」

「……何の話をしている?」

「おっと、今のは余計な話だ。忘れてくれ」


 ついつい口が滑った。

 悠斗が怪訝な顔をしているが、今回の俺の目的はコイツの人格矯正でもなければ、ヒロインたちの奴隷解放でもない。

 俺にとってこいつらはどうでもいい他人なのだから、石動裕也のときのように真実を教える必要などないのだ。


「さて、そろそろ始めよう。主人公がボスを倒していい理由を確認するために長々と会話するなんてナンセンスだ。お前等は俺を許せない。俺は自分を改める気がない。戦う理由なんざ、それだけで充分だろ? どうせ互いの事情を斟酌する必要なんざ最初ハナっからないんだ。見知らぬ他人を守るためにせいぜい踊ってくれ、ヒーロー」


 ラスボスの口上としちゃ、これで充分かね。


 さて、どんな風に料理してやろうか。

 メニューは日替わり。

 味付けは気まぐれで。


 天上で見ている神どもをハラハラさせる程度には、楽しませてやらなくっちゃな。




 初手はこちらから。

 まずダークエルフじいさんがやってたみたいに、杖を使って心を操ろうと試みる。


「無駄だ。その手は散々見てきた!」


 しかし、ばっちり精神防御アイテムでもって対策されているから、まるで効果なし。

 アイテム頼りだと抵抗されるから、やっぱり自分で使う魔法の方が手っ取り早いなー。まあ、操る目的じゃないからこれでいいのかね。


「じゃあ、こういうのはどうだ?」


 魔剣を掲げると、赤ん坊のような禍々しい鳴き声が遺跡の中に響きわたった。

 すると……。


「うっ、なんだ!?」


 悠斗たちが頭を抱えて苦しみ出す。


「ガエラフは知らなかったみたいだがな。これがこの『夜鳴きの魔剣』本来の使い方なんだよ。鳴き声の範囲内の防御系の常駐魔法アイテムの効果を一時的に打ち消すっていうな」


 つまり杖の対策アイテムの効果が無効になったことで、精神攻撃が有効となったのだ。


「そしてこっちは『心変わりの杖』。その名のとおり、対象の心を入れ替えさせる。本来は悪人を改心させるためのアイテムなんだぜ。知らなかったろ?」


 もっともそういう改造を施したのは封印珠を開発した俺の天才嫁であって、本来のVRMMOの中じゃ、ただの装備アイテムだったけどな!

 とはいえ、精神攻撃や催眠に強力な耐性を持つ悠斗はもちろんのこと、既にニコポナデポ済みのヒロインズにも心の中をかき回されるような不快感しか与えられていないようだ。


 こういった対抗合戦において、異世界魔法やアイテムは宇宙の源理ルールたるチート能力には原則勝てません。

 はい、ここテストに出ます。


「よく頑張ってるじゃないか。だけど、その状態でどこまで満足に剣を使えるかな?」


 俺が牽制で軽めに剣を振るうと実際のリーチ以上に魔力の刃が飛ぶ。剣星流としての技名は魔閃だが、これと似たような技は悠斗やガエラフコピーも使っていたので、この異世界ではさして珍しい技ではない。


「クッ! やらせません!」


 女神官戦士が盾を構えて魔閃を受け止めた。

 これまで終始守りと回復を担当していたのが彼女だ。つまり、この娘が潰れない程度の攻撃をしていれば悠斗をうっかり殺してしまうことはない。


「そらそら、どうした!」


 だから女神官戦士がギリギリ耐えられそうな威力を見極めながら斬撃を飛ばし続ける。


「ヴォイドフレア!」


 なんとかフォローしようとメイジ娘が中級ぐらいの火炎魔法を詠唱省略で放つが、俺は飛んできた炎の玉を杖で無造作に叩き落とした。


「攻撃魔法を杖で!」


 ふむ、そこまで不思議かな?

 剣でできるのだから、杖でできない道理はないと思うが。


「あの杖にはそんな効果もあったのね」


 あら、リリィちゃんってば、俺の技とは思わなかったのね。


「落ち着くんだ、みんな。攻撃は剣で、防御は杖。そしてそれぞれのアイテムの特殊能力のコンボ……どれかを突破できれば、勝機はある!」


 あ、その解釈は正直困るなあ……。

 直撃で傷一つつかないのがバレたら、なんでこんな戦い方をしているのか疑問に思われそう。

 ま、バレたらバレたでそれでいっかぁ!


 だが実際問題、ニコポリンクによる同期連携は真面目に戦ってみると結構厄介だ。会話はもちろんアイコンタクトすらなく互いが互いを助け合い、適切な攻撃と防御を実践してくるわけで。

 しかし、同時に明確な弱点もある。


「そらよ!」


 瞬間的に剣を二度振るい、魔閃で悠斗とメイジ娘を同時に狙う。当然、悠斗への攻撃は女神官戦士に阻止されるが……。


「うぐぅッ?」


 メイジ娘の腕に魔力刃が命中すると同時に悲鳴があがった。威力は極限まで落としてあるが、後衛には充分なダメージだ。


「しまった!」

「ラーシア!!」


 女神官戦士が焦り、悠斗がメイジ娘の名を呼ぶ。


「おおっと、てっきり魔術師のほうを守るかと思ったんだがなぁ? いやあ、アテが外れた」


 もちろん嘘だ。完全に狙い通りである。

 見ての通り女神官戦士は本来守るべき後衛ではなく悠斗を優先してしまった。これは彼女がメイジ娘を嫌っているからとか悠斗に惚れているからとかではなく、ニコポリンクの中心が悠斗であるためだ。ニコポドールたちは特別な指示がない限り、主人を最優先して動いてしまうのである。


「ミレイナ、俺のことはいい! ラーシアを守ってやってくれ!」

「わ、わかりました!」


 案の定、悠斗が盾役を後衛に譲った。これで悠斗を攻めやすくなるというわけ。ここまですべてが我が手の内。


 こうなると残る問題はリリィちゃんだ。


「てやぁっ!」


 実を言うと先ほどから俺は悠斗のチート銃剣攻撃だけではなく、リリィちゃんの執拗な鉤爪攻撃にもさらされている。

 獣人の見た目通りリリィちゃんはイツナやシアンヌと同じくスピードファイター。小回りと手数でひたすらこちらを釘付けにしてくるタイプなのだ。

 もちろん攻撃を当てようと思えば当てられるけど、変に当てただけでも加速がついているので致命傷になりかねない。杖の効果を受けてるはずなのに、本当によく動くよ。


 というかこいつら、石動裕也の冒険者パーティ『暁の絆』の完全上位互換だな。あっちは裕也が悠斗ほど出鱈目じゃなかったけど。よくよく考えたら名前もなんか似てるわ。

 つい思考が脱線しちゃったけど、俺の中に余裕があるせいだろう。魔眼系や神眼系の能力を発動させずとも全員の動きを把握できているし、動き方や足運びから何手か先の行動も予測できている。これほどの相手でも今の俺なら余力を残しつつ、チート抜きで戦えるとわかった。いい収穫だな。


 さて。

 小手先ばかりじゃ飽きてくるし。せっかくだからチート殺しの剣技……剣星流の始祖として、力の一端を見せてやるかね。


「剣星流奥義・風板ふうばん!」

「きゃっ!?」


 夜鳴きの魔剣の腹を団扇のようにあおいで突風を起こし、リリィちゃんの足を止め。


「剣星流奥義・狩縫かりぬい!」


 さらに魔剣を床に……リリィちゃんの影に突き刺した。


「え、なんで……動けない……!!」

「リリィ!!」


 悠斗がリリィを守るために動こうとするが、その判断は一手遅い。

 すかさず魔剣を手放し、杖の石突きでリリィちゃんの腹を突く。


「げふっ……」


 影ごと肉体を空間に縫いつけられたままリリィちゃんがヒロインにあるまじき嗚咽を漏らし、影と肉体を縛り付けられ立ったまま気絶した。


「まずは一人目」


 ニマァッと邪悪な笑みを浮かべながら、悠斗たちの方へ振り返る。


「そんな、リリィがこんな簡単にやられるなんて……」


 悠斗が力ない呟きを漏らす。

 メイジ娘と女神官戦士も俺の背後、無惨な仲間の姿を悲痛な表情で見つめていた。


 いやあ、強敵をチートや魔法、不殺専用アイテムも用いずに殺さず無力化するっていうのはやっぱ難しいな。だからこそ挑戦し甲斐があると言えるし、退屈凌ぎになるんだが。そういう意味じゃあ、こいつらはお誂え向きの相手なのかもしれない。この分なら、もう少し楽しめそうだ。


 そんな強い者虐めの愉悦に浸りつつ、さらなる享楽を求めて……俺はリリィちゃんの影から魔剣を引き抜き。




 直後、後頭部に放たれた強烈な爪の一撃を、背中に回した杖で受け止めていた。




「ふーっ!!」


 まるで獣のように興奮している相手を振り返ることなく、俺の口は無意識のうちに動いていた。


「……なるほど。どうやらキミのことを相当安く見積もっていたみたいだな」


 気絶したと思っていた。いや、一度は本当に気絶していた。

 どんなに強かろうと生命体である以上、急所はある。もちろん魔力波動や異世界特有のスキル、あるいはレベルシステムによる補正などによってカバーすることはできるし、種族差はあるが、そのあたりを知り尽くしている俺は対策を怠ってはいない。そういう意味で俺の攻撃は完璧だったし、鑑定眼で視た範囲で瞬間的に復活する手段がないことも把握済みだった。

 だというのに、あの反撃だ。俺自身、死角からの攻撃を一瞬感じた背筋の寒気と持ち前の反射神経で防御できたとはいえ、油断していたのは事実。


 けど、そんなこと、今はどうでもいい。

 体の奥底からふつふつと沸いてきたのは、反省の念などではなかった。


「ああ、久しぶりに……『敵』に出会えた気がするよ」


 俺の心は、言いようのないほどの喜びで満たされていた。

 それはリリィちゃんのネバーギブアップ精神に対する惜しみない賛辞……などという、綺麗なものじゃない。

 もっとおぞましい何かだった。


 予感がある。

 今俺の目の前で想定をはるかに越えた何かが起きている。

 自分の直感を信じて、改めて彼女リリィを再鑑定した。


 理解した瞬間、全身が震える。

 思わず魔剣と杖を取り落としてしまうほどに。


「ああ、そうだよな。俺たちは鑑定系チートなんかじゃ計れないから」


 俺の鑑定眼でも底が視えない。

 つまり、リリィは俺の同類だ。

 その身に無限のエネルギーと源理チートを蓄えても尚、魂が破綻しないでいられる規格外の例外則オーバーフロー・ワン


 二度と出会えないと思っていた。

 アルトリウスと俺、ふたりだけしかいないと勝手に決めつけていた。


 まさに慮外の展開。

 まさに望外の究極。


「リリィ! ああ、よかった! よし、逆萩亮二! 勝負はここから――」

「ん? ああ、まだいたのか悠斗。お前等はもういい。消えろ」


 俺がパチンと指を弾くとリリィを除く有象無象どもが内側から風船のように弾け飛ぶ。

 血も肉も跡形もなく消滅した彼らの中には世界に無敵を約束されていたはずの悠斗も当然のように含まれていた。


 あれ、あいつって殺していいんだっけ? まあいいか。なんとかなるだろ。

 今この世界には、俺とリリィ、ふたりがいればそれでいい。

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