第75話 禁書庫の守護者

 その名のとおり王立図書館はなんちゃら王国によって建てられた図書館だ。

 王国の威信でもかかっていたのか馬鹿みたいにでかく、外の装飾もなかなか凝っている。

 周囲の火災が酷いという話だったが、焼け落ちることなく威容を誇り続けていた。


 理性化したゴーストに道すがら聞いた話によると、図書館は王の方針で国民全員に解放されているのだという。

 だけど、それが災いしたのか王立図書館の入口は思いっきり開け放たれていた。

 しかも神殿と違って聖域化されていない。つまり、中はアンデッドでいっぱいであることを意味する。


 いや、それどころか……。


「すっげぇ不浄な空気が漏れてきてるぞ、おい」


 入口の前には無駄に長い上り階段があるのだが、図書館の中から見るからに邪悪な空気がドライアイスみたいに流れ落ちてきている。

 不浄化された土地ではアンデッドモンスターがパワーアップし、動物などが本能的に近づかなくなるわけだが……。


「にぃちゃ、怖い」


 ありゃりゃ、ステラちゃんが縋り付いてきちまった。

 それでもエリクの手を離してないのは立派だけどさ。


「留守番してるか?」

「うう~……」


 うーん、そんな涙目で見られても困るぞ。


「大丈夫だ。お兄ちゃんの側にいれば安心だぞ」

「……うん」


 まだ少し不安そうだけど、ついてきてくれるようだ。目を離さないようにしないと。

 ステラちゃんの手を取り、もう片手に聖銀銃を構えたまま、ゆっくりと図書館に足を踏み入れていく。


 上まで吹き抜けになっているロビーに到達した瞬間、思わず息を呑んだ。

 青白い人々が想い想いに行き交い、あるいは静寂を守ったまま本を読み耽っている。

 在りし日を思わせる情景でありながら、何とも言えない異様さに満ちていた。

 てっきりゾンビだらけかと思いきや、そんなことはないようだ。

 

「ようこそ王立図書館へ。お探しの本でも?」


 利用客を撃ち殺した方がいいんだろうかと首を捻っていると、司書と思しき男性のゴーストが俺たちに話しかけてきた。

 生者を憎んで襲ってくるでもなく、生きていた頃の記憶を再現するように業務を遂行しているらしい。

 外の連中と同じくネウにゃんのコントロールから外れてゴースト本来の習性を取り戻しているのだろう。


「ああ、すまないが探しているのは本じゃなくて、この子の母親なんだが……シーラって名前で、ここの司書のはずなんだ」

「そうでしたか。生憎シーラはただいま外出しておりまして」

「外出? どこへ行ったんだ」

「申し訳ございませんが、ご家族の方にもお話しいたしかねます。失礼」


 一礼すると司書ゴーストは他の業務に戻っていった。


「なんか変だな……」


 部外者を遠ざける言い方としては普通な気がするけど、ただの外出ぐらいでそんなふうに言うか?

 そもそも図書館の司書の行先で言えないような場所なんてあるんだろうか。


「にぃちゃ?」


 胸をつく違和感を思案していると、ステラちゃんが首を傾げた。


「ちょっと休もうか」


 ゴーストたちも大人しいようだし、適当なテーブルを選んでステラちゃんたちと一緒に椅子に腰かける。


「ママ、どこかな~」


 ふむ。

 この不浄空間に入ってから、心なしかエリクも元気になっている気がする。

 今なら少し話を聞けるかもしれない。


「なあ、エリクくん。キミのお母さんのことについて教えてくれるか?」

「うん。ママはすごく本のことに詳しくて、なんでも知ってるんだよ!」


 なんでも、ね。


「どういう本について詳しかった?」

「なんでもだよ」


 ふむ、この質問じゃダメか。

 他にもいくつか質問をぶつけていくと、6つ目ぐらいであたりを引いた。


「お母さんが本のことで怒ったりしたことはあるか?」

「うん。おひさまにあてると本が傷むから、保存は日の当たらないところで~とか。あと、悪い神さまの本を読んだら怒ったよ」

「それは、この図書館でのことか?」


 エリクがコクンと頷く。

 なんとなく見えた気もするけど、まだ足りないな。

 ちょうど近くにさっきの司書ゴーストがいたので声をかける。


「ちょっとすいません。王のご命令で至急禁書庫を利用したいのですが、どこにありますか?」

「禁書ですか? 申し訳ございませんが、禁書庫の担当はシーラという者でして。我々の一存では」


 ゴーストだから先ほどの会話を覚えていない。すらすらと答えてくれる。

 そして案の定、禁書庫か。神話の絵本を読んだぐらいで子供を怒ったりはしないだろうし、邪神の書かれた本なら禁書かもしれないと思ったけど、当たりか?

 しかしそうなると、さっきのエリクの話からしてシーラさんは自分の子供を禁書庫に連れて行ったことがあるってことになりそうなんだが……。


「では、そのシーラさんのところに案内してもらいたいのですが」

「本当に王のご命令で? 失礼ですが証明できるものは」


 面倒くさ。


「こちらです」

「どれどれ……おおおっ、これはすごい。まるで神の御意思に導かれるような――」


 護符を受け取って、ぶしゅーっと光の中に消え去る司書さん。

 他のゴーストたちは気にすることなく本を読み続けている。


「シーラさんは禁書庫の司書。だから部外者には居場所を教えられない……外出は隠語ってところかな。まあいいや」


 肩を竦めつつ、肩越しに振り返ってぼーっとしているエリクくんに声をかけた。


「エリクくん。ひょっとして禁書庫の場所わかる?」




「おうおう、明らかにボスのいそうな雰囲気」


 ロビー付近と違い、禁書庫に近づくほど狂暴化したゴーストが襲ってくるようになった。

 エリクくんがステラちゃんを引っ張る形で先導し、俺だけを襲ってくるゴーストどもを屠りつつ進む。 


「何者だ……我らの静寂を妨げる者は」


 やがて辿り着いた広間に巨大なゴーストが音もなく現れた。

 老人の頭部と右手と左手がそれぞれ浮いている。

 右手には杖、左手には宝玉のようなものが握りこまれていた。


「我はラタロ。禁書庫の守護者。知識の主なり」


 うーん、ネウにゃんの部下か? その割に敵意は感じないけど。


「図書館を不浄化してたのはお前か」


 陽の光を排除する図書館ならゴーストの活動場所としてはうってつけだし、魔術師であろうラタロとっては知識の宝庫。いい拠点になる。

 死体やゾンビがいないのはおかしいと思ったけど、この爺さんの意志が働いてるのかな?


「ふむ。その気配……ネウリードを倒したのはお前だな」


 ああ、なんだやっぱりネウにゃんの部下か。


「お前も主人のところに逝くか?」


 挑発のつもりで笑い返してやると、意外にも老魔術師の霊は首を横に振った。


「いや、やめておこう。かの不死王が滅びた今、契約は無効。我は元々暴力は好まぬ……無知蒙昧なる帝国の愚者どもは許せぬが、それだけのこと。それにお前は帝国の関係者ではあるまい」


 帝国?

 まあ、なんのことかわからんけど見るからにやる気がなさそうだ。

 忠誠心でノーライフキングの部下になってたわけでもないっぽい。


「我を滅ぼさぬと契約してくれれば、そなたの欲しい知識を授けよう」


 ほう。

 まあ、こいつを倒すことが目的じゃないし情報がもらえるなら文句なんてない。


「嘘だったら滅ぼすぞ」

「契約に基づくのであれば、嘘など吐かん。恰好つけてはいるが、要するにこれは力量の差を鑑みての命乞いであるしな」


 軽めの恫喝を笑い飛ばす老ゴーストが杖を掲げると、どこからか紙片とインク付きの羽ペンが飛んできた。口約束じゃなくて、本当に契約しろってことか。


「いいだろう。俺はお前を滅ぼさない」

「我は虚偽を交えず知識を与える」


 互いの宣誓を羽ペンが自動書記の要領で紙片に記述していく。

 最後に俺とラタロの名前がサインされた。鑑定眼で見ると、いつかの血判状のときと同じく魔力波動がしっかり通って契約効果が確定したのがわかる。

 こうした誓約書の効力は異世界魔法の源理に基づくので、俺にもそう簡単には破れない。


「これで一安心といったところだな」


 紙片が左手の宝玉に吸収されると、ラタロの頭部が相好を崩した。

 まあ、頭が働くならノーライフキングを倒すような相手に無謀な戦いを仕掛けてはこんか。


「さあ、聞きたいことがあれば何でも聞くがよい」

「えーと、実を言うと」


 かくかくしかじか。


「なるほど、そこの子供の母親探しというわけか」


 少し思案するように目を瞑るラタ老。


「残念ながら、我がここに顕現したとき司書はいなかった」

「げ、じゃあ本当に外出してたのかよ……」


 隠語でもなんでもなく、そのままの意味だったのか。


「だが、その名には聞き覚えがある。禁書庫の司書シーラ・エスティリア……我と契約し、知識を与えた者の中に間違いなくいた」

「はぁっ!?」


 司書が禁書の中の亡霊と契約?

 俺の見てきた異世界基準に照らし合わせても、明らかに不法行為だぞ。


「もともと我はこの禁書庫の本の中に封じられていた古代の亡霊。別に不思議なことではあるまい」


 うわ、マジか。

 エリクくん、キミのママはとんでもない大悪人かもしれないよ。


「他に聞きたいことはあるか?」


 俺が苦笑していると、ラタ老から思わぬお言葉。


「え、他にも聞いていいの?」

「我を滅ぼさぬという約束を守り続ける限り、我はお前に知識を与えるという契約だ」


 確かに契約文面だとそうなるけど、わざわざ教えてくれるとは、なんて律儀な奴なんだ。

 「俺は滅ぼさないよ、俺はねェ!」とか叫びながら古参嫁の女神に除霊させるつもりだった自分が人として恥ずかしい。

 

「シーラさんは、どんな知識を手に入れようとしてたんだ?」

「邪神ハザデに関する知識だ」


 ハザデ……聞き覚えがある。

 確かネウにゃんが言ってた邪神だ。


「災厄の邪神ハザデ。かつて七つの世界を統べた創世神にして破壊神。自分が管理していたこの世界以外の六つを滅ぼした後、太陽神ルタールを含む他の神々によって打倒され、この世界の地下深くに封印されたという」


 ラタ老が邪神について懇切丁寧に教えてくれた。

 複数の世界にまたがって崇拝されてたってことは、位格は最低でも上位神。権能に「破壊」と「創世」。王道の神もいいところだ。あと「全能」と「絶対」あたりも司ってそうだ。

 ノーライフキングが関わってたところから見て「死」を自在に操るとみていい。自分の姿を見た者を即死させる効果を常時発動していると考えるべきだ。


 もし力をセーブした今の肉体で戦うとなると、そこそこの強敵。やり合うとなれば戦いの余波で世界が滅んでもしょうがないレベルの相手だ。

 まあ、邪神討伐は俺の目的じゃないし封印されてるなら無理に喰う必要はないけど。


「もしかすると、シーラ・エスティリアは我らの復活に関わっておるやもしれぬ。不死王なら何か知っていたかもしれぬが……」


 確かにラタ老の言うとおり邪神ハザデにシーラさんが関わっていたとなれば、可能性はある。

 まさか幽霊子供のお母さん探しが、王都滅亡や邪神に深く関わってるなんて思ってもみなかった。


「そもそも、今回の事件はどういうことなんだ?」


 こうなってくるときちんと知る必要がある。


 ネウにゃんの目的。

 シーラ・エスティリアの正体。

 今回の事件の全貌。


「よかろう。我が知る限りであれば教えよう」


 こうして俺は、真相へと一気に迫ることになる。


 そして、知ることになった。

 あまりにも意外で突拍子もない、この街の真相を。

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