第74話 死の街を歩く

 アンデッドは総じて「聖」の属性に弱い。

 別に特定の異世界に限った話ではなく、全次元、全宇宙共通の源理ルールである。


 一口に聖属性といっても、異世界によって「聖属性」とか「神聖属性」みたいに名前が違ったり、光属性という精霊に関わる属性に組み込まれていたりすることもある。

 だけどアンデッドが聖属性に弱いのは絶対に変わらない。ネウにゃんの滅びによって結界が解けて太陽の光に晒された死霊が全滅したのも、太陽そのものに聖属性が組み込まれているためである。

 ちなみにリビングデッドは負の魂エネルギーで稼働しているだけだから、太陽の光で動きが鈍ることはあっても消滅はしない。


 アンデッドが聖属性に弱い理由を聞かれても「宇宙構成源理オリジンルールによってあらかじめ定められているから」としか答えようがない。それぐらい当たり前で覆りようのない法則なのだ。チート能力などによって源理ルールから逸脱したアンデッドは、既にアンデッドとはいえない別の何かだ。


 さて、聖属性は厄介なことに神との関わりが非常に深い。神に仕えるプリーストが放つ聖なる光はアンデッドを退散させる効果があるし、聖属性の魔法もほとんどが信仰系魔法に属する。

 だからクソ神に反旗を翻す俺に扱えるのは魔術師でも使えるほんの一部の聖属性魔法だけだ。

 剣星流奥義の聖釘せいていですら、聖剣がもともと持つ対魔特効を魔力波動でだましだまし対アンデッド特効に性質変化させて誤魔化しているという体たらくである。


 信仰系魔法が使えない俺がアンデッドに用いるのは魔法ではなく、もっぱら手持ちのアイテムだ。

 特に便利なのがさっきも使った聖銀銃で、有用性は先ほど説明したとおりである。

 雑魚相手なら聖釘を使わずとも聖剣や魔剣で事足りるのだが、敵の数が多い場合は聖銀銃の方が使い勝手がいい。


 次にネウにゃんを捕らえた聖十字の鎖。

 AUGのアーティファクトを勝手に拝借した一品で、これが実に強力なのだ。対象の不死性が高ければ高いほど強力な拘束力を発揮するので、ネウにゃんのような大物相手には効果てきめんである。


 対アンデッド用の装備は竜殺しの武器と同じぐらい収集しまくっているので、強さはともかくレパートリーにはちょっと自信があったりする。


「にぃちゃー!」


 おや、ステラちゃんが慌てた様子で俺を呼んでいる。

 何事かと思って駆けつけると。


「おっと、ヤバイヤバイ!」 


 俺の結界の中で保護していた男の子が太陽の光を浴びて消滅しかかっているではないか。

 慌てて結界の聖属性遮断効果を100%に設定し直す。


「こりゃ結界なしで直接浴びてたらアウトだったな」


 アイテムボックスからとある大邪神の加護をたっぷり受けた邪水を振りかけると、男の子はすぐ元気になった。

 元気、と言っていいのかよくわからんけど。


「しかしこれ、この子のお母さんも屋外でゴーストになってたらアウトか……?」


 気づかない方が幸せだった現実に嫌な汗が流れる。

 今更街の結界を張りなおしても手遅れだろうし、死体を発見するか、生き残ってる可能性に賭けるしかない。

 とりあえず男の子を連れ歩くのには不便過ぎるので、ふたりを保護していた結界の範囲を街全体に設定し直した。もうしばらくアンデッド天国の中を歩くしかないようだ。


「とはいえ、動く死体がうろつく街の中を虱潰しにするのは億劫だな……」

「にぃちゃ、あっち」


 俺の呟きを聞いてか、ステラちゃんがある建物を指差した。


「ああ、なるほど。確かに生き残りがいる可能性が一番高いな」


 それは神殿と思しき建築物で、固く閉じられた大扉の上あたりに太陽のエンブレム。

 この異世界の太陽神の神殿だろう。


「そういや、ネウにゃんもそれっぽいこと言ってたな。行ってみる価値はありそうだ」


 こうして俺たちはステラちゃんに導かれるように太陽神の神殿へと向かうのだった。




 太陽神殿のつくりは石組みで、壮麗な雰囲気とは無縁な堅実さを見せていた。周囲の火災から飛び火されることなく生き残っているので、防火魔法でもかけられているのかもしれない。


「じゃあ、この子を頼む」

「うん、にぃちゃ!」


 さすがにゴーストが聖域化されてる神殿に近づけるわけがないので、ステラちゃんともども小結界の中でお留守番してもらう。

 太陽神殿の門は内側から固く閉ざされていたが、ぶち破る前に一応ノックしてみると反応があった。


「ど、どなたですか!?」

「入れてくれ。外はゾンビだらけなんだ!」


 演技で必死さを醸し出しつつアピールすると、意外とあっけなく入れてもらえた。

 まあ、アンデッドが太陽神殿に来るわけもないから当然か。


「あ、貴方は……臣民ではありませんね。何者ですか?」


 中には震えながら身を縮ませている住民が何人かいたが、俺に話しかけてきたのは僧服を身に纏った女性だった。

 首から下げた聖印の形から見ても、太陽神の神官プリーストか何かだろう。

 臣民という女神官の言い回しにひっかかりを覚えつつも、事前に考えておいたとおりに名乗る。


「たまたま通りすがった流浪の旅人だ。サカハギという」

「そうでしたか。こんなときにお気の毒に……」


 心配されるのはありがたいけど、こちとら祈りを捧げられても苦笑しかできないんだよなぁ。


「正直言って何が起きているのか、さっぱりわからない。状況を教えてくれないか?」

「申し訳ありませんが、私達もそれほど事態を把握しているわけではないのです」


 女神官の話によると、なんでも中央広場から禍々しい光が立ち昇ったかと思うと、空が薄暗くなって太陽の光が届かなくなり、大量のゴーストが出現して人々を襲い始めたのだという。

 さらにゴーストに殺された人々がゾンビとなって人を食い殺し、食い殺された者も動き始めてからは太陽神殿に何人かの人々を避難させるので精一杯だったらしい。

 王都の騎士やここの神官戦士たちも戦ったそうだが強大なアンデッドによって殺されてしまい、周囲からの助けも望めず途方に暮れているのだという。


 要するに人間側で強い奴らは軒並みネウにゃんにやられてしまったということね。

 まあ、ただの人間が万に一つもノーライフキングに勝てるわけないからしょうがないけどさ。


「地下には何があったんだ?」


 中央広場から光が出たということは、おおよそ真下に何かがあったというところだろうが。


「さあ……巨大な墳墓があったとか、破滅の邪神が封印されているとかいう伝説はありますが、眉唾でして。図書館にだったら記録が残っているかもしれませんが……」


 諸悪の根源が地下にいそうなのは間違いないけど、その辺はいいや。

 ラスボスっぽいヤツは先に倒しちゃったし、母親探しが優先だ。


「この中に、子供とはぐれた女性はいないか?」


 神殿にいる人々に呼び掛けたが、どうやら該当する人間はいなかったらしく無反応だった。

 となれば、もうここに用はない。


「邪魔したな」


 踵を返すと女神官が慌てて俺を呼び止めた。


「ど、どこへ行かれるのですか!?」

「人探しだ。すまんな、騒がせて」

「そんな、危険です! そもそも貴方はゾンビから逃げてきたのではないのですか!?」

「逃げる? 冗談。あんなノロマどもは的でしかない」


 制止を振り払って門を閉めるように言いつけると、俺は再び死の街へと踏み出した。

 明々あかあかと燃え盛る街を見て思わずため息を漏らす。


「死体が焼けてなくなってることも覚悟しなきゃならんかな……」


 あの子にはかわいそうだけど、そろそろ代理誓約の立て方も考えないといけないかもしれない。




「にぃちゃ、あっちあっち」


 もうアテがない以上、ステラちゃんの導きに従って歩いていくしかない。

 とはいえ何かの能力を使っているのか、ステラちゃんの行く先々には女性のゾンビがいた。

 男の子に母親候補との面会を終えさせて反応がないのを確認してから聖銀銃で頭を撃ちぬいていく。

 そんな作業がしばらく続いたときのことだった。


「た、助けてくれー!」


 などという悲鳴が聞こえた方を見てみると、今まさにゾンビの群れに追いかけられている中年男性の姿が。

 どうやらこの世界の星の意思はベタな展開がお好みらしい。


「光翼疾走」


 光の速度を得ながらゾンビの真上に飛翔し、軽業師みたく空中で宙返りしながらゾンビの頭を撃ち抜いた。

 さらに空中に作った力場を蹴って二段、三段とジャンプを続け、無駄に銃を交差させたりしながらダンスを踊るような要領でゾンビどもを蹴散らしていく。


 この戦い方は別に俺の趣味じゃなくて、聖銀銃の使い手だったプレイヤーキャラクターのスタイリッシュバトル・コンボ(笑)とやらを俺なりのやり方で真似たものだ。

 初めて見たときはネタだと思ってたんだけど敵の攻撃が届かない高所から一方的に攻撃するという戦術は驚くほど理に適っている。

 不安定な姿勢で狙いをつけるのは難しいけど、できないってほどじゃないし。慣れればむしろ無防備な頭を狙いやすい。


 そういうわけで地面に降り立つことなく空中でアクロバティックな動きをきめながら精密射撃を繰り返していくと、ゾンビどもは為すすべもなく壊走した。

 もちろん男の子の母親かもしれない女性ゾンビだけは残しておく。


「アンタ、怪我はないか?」


 目の前で繰り広げられた光景に呆然と立ち尽くしていた中年男性に声をかける。

 ……って、おい、この男……いや、今はいいか。


「た、助かった。ありがとう!」

「何、行きがけの駄賃だ」


 見ればステラちゃんが今までのルーチンワークを覚えたのか、男の子と一緒に女ゾンビどもの方へ向かう。

 女ゾンビが子供たちを見て襲い掛かろうとするが、ステラちゃんに「めっ」と怒られるとあっさり大人しくなった。

 どういう理屈かさっぱりわからないけど、ステラちゃんすげえ。


 とか思ってたら俺の視線に釣られた中年男性が男の子を見て驚愕した。


「そ、その子はひょっとしてエリクか?」


 そして、まさかの知り合い。

 さすが星の意思様の運命力。

 ……というか、ひょっとしてステラちゃんのおかげだったりするのか? でも、鑑定眼で見てもステラちゃんが魂がすり減らしている様子は見られない。


「なんだか光ってるけど……」


 中年男が青白い光を放つ男の子、エリクを見て首を捻った。


「瓦礫に挟まれてな。見てのとおりのゴーストだ」

「そんな……かわいそうに」


 中年男性がエリクに祈りを捧げた。

 その光景に何とも言えない奇妙さを感じながら問いを投げる。


「この子の母親を探してる。知らないか?」

「ああ、シーラなら王立図書館で司書をしてたはずだけど……でも、生きてるかどうか」


 図書館? 神官さんの言ってた場所か?

 つーか結局、図書館に行くことになるのか。なんというか、一本道のゲームをやってるような気分だな。

 とはいえここがゲーム模倣型異世界じゃないのはコンソールコマンドが使えないことで確認済みだし……。


 ……さて、と。

 いくつか確認しなくちゃな。


「ところでアンタ、さっきまでどこにいたんだ?」

「実を言うと、こう見えても冒険者ギルドの職員だったんだ」


 そうか、やっぱり結界が解けたときに建物の中にいたんだな……。

 となると、図書館にいたっていうお母さんにも希望があるかも。


「でも、ゾンビどもが侵入してきて……頼む、安全な場所まで連れて行ってくれ!」


 安全な場所、ね。

 この男にとっての安全な場所ってなると……。


「わかった。じゃあ、この護符をやるよ。アンデッド避けだ」

「おお、ありがたい!」


 受け取った男が歓喜に震える。


「おお、なんという……天にも昇りそうな心地だ。ああ、神よ。ありがとうございます、ありがとうございます……」


 を放っていた中年男性が、大粒の涙を流しながら感謝を捧げる。

 そしてそのまま、光の中に消えていった。

 ぽとり、と地面に落ちた護符を無言で拾う。


「にぃちゃ……」


 ステラちゃんが悲しそうな声をあげる。

 エリクも不思議そうに男が消えた地面を眺めていた。


「これでいいんだよ」


 ステラちゃんとエリクの頭を撫でてから、目を伏せる。

 貴重な情報をくれた男の冥福を祈り終えると、俺たちは再び歩き出した。

 

 一路、王立図書館へ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る