第71話 少女と台座

(私がいる意味って、あるんでしょうか)


 俺が部屋に戻ると、台座ちゃんが暗澹としたオーラを放っていた。


(もう誰も訪れることのない孤立した部屋……そこの台座に意思がある必要なんて、ないじゃないですか)


 まあ、確かに意味はないだろう。

 否定しない。否定はしないが……。


「それでも、台座ちゃんは運がいい方だぜ」

(そんな慰めなんて――)

「例えばの話だけどよ」


 念話を遮って、台座ちゃんの上に安置されている短剣を手に取る。


「これだって。ひょっとしたら、誰かが転生してる姿かもしれないぜ?」

(え? そんなことわからないじゃないですか!)


 悲鳴じみた反論に、俺は無言で頷いた。


「そうさ、わからない。誰にもわからない。ひょっとしたら、この部屋の壁も転生者かもしれないし、床だってそうかもしれない。さっきの壁に仕込まれた槍だってそうだ。でも、こいつらが何を訴えたところで、誰にも気づいてもらえないんだよ」


 想像したことはないだろうか。

 自分の身の回りにある道具が、実は意思を持っていると。

 本当は心を持っていて、実はいつも自分に話しかけてきてくれていると。

 

 もちろん妄想の類の話だし、鼻で笑うのは簡単である。

 誰も無機物の声なんて聞こえないんだから。


(それは……)


 でも、だからこそ台座ちゃんには俺の言葉を否定できない。

 自分が他でもない当事者だから。


「仮に台座ちゃんが俺と会話する能力を持っていなかったら、どうなったと思う? 台座ちゃんは俺に気づいてもらうことすらできなかったんじゃないか?」


 鑑定眼で調べれば魔力波動の異常に気づけるから、俺から台座ちゃんに念話を送ることはできる。

 でも声がしなかったら、そもそも鑑定眼を使ったかどうかさえ怪しい。


「俺も誓約者が他にいると判断して、この密室から早々に脱出していたかもしれない」


 短剣を手の中で弄びながら、壁をコンコンと叩く。

 その気になればこの部屋を破壊することなど造作もないという意志を込めて。


「それに、なんで台座に転生したのかなんて……そんなの考えてもしょうがないんだよ。ほとんどの転生は偶然なんだからな」

(ぐ、偶然……)


 そう、神が介在しない転生のほとんどは運命のいたずらだ。

 台座ちゃんが台座に転生したのも事故のようなもの。

 解を求めることに意味なんてないのだ。


「チート能力は魂が世界と世界を移動するとき、次元同士の導線にある『孤立した源理の力』をひっかけることで入手できる。召喚された勇者や転生者にチート持ちが多いのはそのせいだ。 台座ちゃんはそんな中で、たまたま念話チートを入手した。だから俺とすぐ会話ができたってわけ。本当に運が良かったんだよ」


 俺が肩を竦めて話を締めくくると、部屋に不思議な静寂が訪れた。


(そっか……私って、幸運だったんだ)


 やがて、ぽつりと。

 悲しいやら嬉しいやら、いろんな感情の混ざり合った声が頭に響く。


(逆萩さんって、優しいんですね)

「は?」

(こんな私に、そんなふうに優しい言葉をかけてくれて。ちょっと温かかったです)


 うーん、ダダ漏れだった台座ちゃんのマイナスオーラをせき止めたかっただけなんだけど……。

 まあ、そういうことにしておきますか。




 それからまたしばらくは他愛のない話をして。

 再び「結局、ここは何なのか」という話題に戻った。


(うーん、結局何もわかんないですよね~)

「いや、ここが何の部屋かはもうわかってるぞ?」

(えっ!?)


 驚きの声をあげる台座ちゃんをぽんぽんとはたきつつ、扉の方へ視線をやった。


「さっき階段の通路でおかしな文様を見つけた。あれはたぶん、邪神の印だ」

(じ、邪神?)

「悪い神様ってことだよ」


 まあ、誰から見て悪いっていうのは、そのときどきによって異なるけどな。

 モンスター邪神は人間にとっては当然悪だけど、崇める者達にとっては心強い後ろ盾だし。

 戦神だって味方ならいいけど、敵だったら兵士に厄介な加護を与える邪神だ。


 世界を崩壊に導く破壊神が殺戮に愉悦する性格だったとしても、再生のための破壊という役目を果たしているなら宇宙全体から見れば邪神じゃないし。

 クソ神だって万物にとっての大邪神に間違いないけど、同時に全ての並行宇宙を司る至高神でもあるわけで。

 人間に救いようのないクズが存在するように、絶対悪と呼んで差し支えない神々もいることはいるけど……すべての存在にとって害悪でしかない神は、ごく少数だろう。


「そして、この部屋。食料も水もないのに、空気と明かりはある。不自然だろ?」

(あ、私呼吸とかしないから全然気づかなかったけど……確かに! 逆萩さんがいきなり呼吸困難に陥る可能性もあったんですよね~)


 そう。地下の密室であるにもかかわらず、ここには新鮮な空気があるのだ。

 呼吸不要チートを使わなくても、息苦しくならない。

 この部屋に魔法的な換気能力があるか、どこからか空気が出入りする場所があるということだろう。


「侵入者を生かして帰さない通路。邪神官が飲まず食わず儀式を続けられる部屋。スリットの入った台座とこの短剣、そして……俺が出てきた、この召喚魔法陣」


 幾何学的な文様が複雑に入り組んだ魔法陣の近くにしゃがみ込む。

 それらを描く線は床に溝として刻まれていて、円の中から数本が台座ちゃんの方へと伸びている。

 辿っていくと、台座の上のスリットに行き着いた。


「ここは儀式場だ。それも生贄を捧げ、邪神の眷属を召喚するための……な」

(じ、じゃあ私ってもしかして)

「そう。アンタの上には――」


 アイテムボックスから封印珠を取り出して台座の上に置いた。

 封印を解除して、台座ちゃんの上にひとりの少女を寝かせる。


「こんな風に、生贄が乗せられるのさ。まな板みたいにね」


 ……ザドーという男を覚えているだろうか。


 とあるチート転生者によって自分の妹を寝取られ、社会的地位を剥奪された男だ。

 あの男が復讐のためにやろうとしていたことが、まさにこれ。

 邪神の眷属の召喚である。


 あの男の場合は召喚儀式に失敗したせいでハズレの俺を喚び寄せてしまった。

 実際には魂と引き換えに望みを叶える邪神の眷属が召喚されるはずだったのだ。


 おそらく追い詰められていたザドーは生贄を用意する余裕がなかったんだと思う。

 代用家畜すら調達できなかったのだから、処女を用意するなんて夢のまた夢だったのだろう。

 もし邪神の好む適切な生贄がいたら、俺はあの異世界に召喚されなかったかもしれない。


「この短剣は生贄を殺し、血を抜くためのもの。そして、アンタに刻まれたスリットを通って生贄の血が魔法陣へ流れ込む仕組みってわけ。つまりアンタの正体は生贄の祭壇だ。まあ、未使用みたいだけど」


 こうして俺は驚愕の真相を語り終えた。

 少なからず台座ちゃんがショックを受けている気配を感じつつ、反応を伺っていたのだが。


(……ちょっと! なんですかこの女の子は~!?)


 あ、ショックだったのそっちなんだ。


「ああ、俺の嫁……ではまだないか。ちょっと別の世界から連れてきた子」

(ゆ、誘拐!? 犯罪じゃないですか!)


 そんなことは……と言いかけて、否定できないことに気づいてやめた。


「まあ、ちょっと具合が悪くてな。経過を見ておこうと思って」


 事情の説明を求めてくる台座ちゃんを無視して、星の少女ことステラちゃんの様子を見る。

 うん、欠けてた部位が完全にではないけど戻ってきてるな。

 もう心配ないだろう。


「ん、うぅ」


 あ、起きた。


「にぃちゃ……」


 しばらくステラちゃんは俺の瞳をジッと見上げていたが、プイッと顔を背けてしまった。

 どうやら、まだご立腹のようだ。


「ごめんな」


 改めて謝っておく。

 俺の勝手でこの子の願いを聞いてやれなったのは確かだ。

 許してもらえなくても仕方がない。


 それでも、俺が助けたいと思えたのはこの子だけだった。

 この子の優しさが世界を滅ぼす遠因になったのは確かだけど、脚本を書いたのはクソ神だし。

 何より最後まで人間たちを見捨てようとせず、自分の身を削り続けていたステラちゃんだけが死ぬなんて理不尽は絶対に許せない。

 たとえ全宇宙の神をすべてを敵に回すことがあっても、この子だけは俺が守ってみせる。


(逆萩さん、ちょっといいですか?)

「ん?」


 と、ここで台座ちゃんから提案が。


(この子ともお話しできないか試してみたいんですけど)

「ああ、できると思うぞ。念話チートなら問題ない」


 こっちから頼む手間が省けたな。

 これなら俺の計画も進む。渡りに船だ。

 しばらく離れて様子を見よう。


 少しするとステラちゃんがノロノロと起き上がり、周囲をきょろきょろと見まわし始めた。

 台座ちゃんが話しかけているのだろう。

 やがてステラちゃんが何かに気づいたように、コンコンと自分が寝かされていた台座をつつき始めた。

 スリットの走る大理石をナデナデしたかと思うと、ステラちゃんの目が何かを理解してぱぁっと輝く。

 会話の内容はさっぱりわからないけれども、ステラちゃんはしゃべる台座に興味津々といった様子で何度も首を傾げながらも触ったり、撫でたり、頬っぺたを擦りつけたりを繰り返していた。


「……かわいいなあ」


 ステラちゃんの小動物的反応に保護欲がそそられる。

 俺にロリコン趣味はないが、それでもステラちゃんのような童女の見せる天真爛漫さは見ていて癒された。


 生贄の祭壇と戯れる星の少女……酷く背徳的な構図であるにも関わらず、そこには一切の邪悪さがない。

 空間の静謐さと相まって、むしろ神聖な雰囲気すら漂ってくるから不思議だ。


「あれ?」


 頬を零れ落ちる滴に戸惑いを覚えつつ、慌てて拭う。

 こんな風に勝手に涙が流れたのは、フェアマを見つけて以来だ。

 

 気づかれてないよな?

 ステラちゃんは会話に夢中のようだし、台座ちゃんの疑似視覚も俺には向いてないはずだ。


 その後はしっかりと気配遮断しつつ、の奇妙な交流を観察し続けた。

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