第63話 蓮実粛正! 恐怖のハーレムルール

「サカハギ。ルール3に抵触するなら答えなくていいが……あの女はいったい何者なんだ?」


 エヴァを待つ間、部屋でくつろごうとお茶を煎れているとシアンヌが遠慮がちに口を開いた。


「目を見られただけで心臓を掴まれている心地になったぞ」

「わたしもー! なんかビクッってなったの! 絶対に怒らせたくないって思った」


 どうやらふたりともエヴァの魔力波動を敏感に察知していたらしい。

 少し思案してから俺は首を横に振った。


「エヴァが過去のことはお互いに言わないって言ってただろ? あれが答えさ。エヴァ自身が語らないなら、俺が勝手に喋るわけにもいかない」


 ふたりをベッドに座らせお茶を持たせてから、壁に寄りかかる。


「ただ、ひとつだけアドバイスできることがあるとすれば……エヴァの前でのルール破り。これは絶対に御法度だ。俺の場合は目を瞑ったりできるけど、エヴァにルール関係の冗談は通用しない。俺でも庇い切れない可能性がある」


 というより、俺のお気に入りのビッチ嫁の殆どがエヴァによってリリースされていると言うべきか。


「エヴァがルール創設者だという話は本当なわけか」

「てっきりサカハギさんが作ったんだと思ってた」


 ふたりが口にした考えに頷く。


「エヴァに会うまでは、そう思わせるようにしてるからな」


 ハーレムルールが俺の暴政の証であると勘違いさせることが最初のトリック。

 エヴァと会わせるには、そう認識した上でも文句ひとつ言わずルールを守れることが最低条件。

 事実、最近のイツナとシアンヌはほとんど無意識にハーレムルールを守れている。


「ふたりとも、ルール2は言えるか?」

「ああ。『俺は誓約を果たすためなら、どんなことでもやる。そこにお前らの倫理観を持ち込むな』だな」


 さすがにさっき聞いたばかりだから、シアンヌがあっさり答えた。

 ありゃ、イツナが申し訳なさそうにメモを取り出そうとしてたと思いきや、そのままそっとしまってる。

 うーん、後で暗唱できるよう練習に付き合ってあげなきゃな。


「今回も事前に警戒を促したけど、俺はエヴァに関することで冗談は一切言ってない。こう言っちゃなんだけどアイツは俺なんかよりはるかに危険な存在だからな」


 真剣な表情で聞いていたシアンヌの眼前に指を突き付ける。


「特に冷酷さで言えばお前以上だ、シアンヌ。ルール2の体現者は俺じゃなく、エヴァの方なんだよ」

「……なるほどな」


 魔族であるシアンヌは人間を殺すことに躊躇いを覚えない。

 だけど人間でも魔族でもモンスターでも神でもない、それらをはるかに超越する存在であるエヴァンジェリンには、そもそも生命倫理が通用しない。

 人の形をしているのも、俺とコミュニケーションを取るのにアレが最適解だとエヴァ自身が判断したからだ。


「それと、ふたりには一応前もって言っておく。今回の異世界攻略は、このルール2が肝要だ」

「う、じゃあ……何か酷いことをするってこと?」


 イツナが嫌そうな顔でお茶をすすった。

 前に姫さんや祐也にしたようなグロいことを想像してるのかもしれない。

 けど、俺は首を横に振る。


「いいや、何もしない。俺は多分、何もしないでいいんだ」


 滅びゆく世界を救わない。

 助けを求める人々の手を取らない。

 松田の致命的な勘違いを指摘しない。

 クリスタルゲインに協力してレフトーバーを打倒しない。


「だからお前たちも今回、俺に何も聞かないでほしい。ルール3とかじゃないよ。ただの頼みだ」

「うん、わかった」

「そういうことならみなまで聞くまい」


 俺の我儘に、イツナたちは即答してくれた。


「悪ィ」


 その反応の早さに少し驚いたけど、今回ばっかりは感謝するしかない。

 こんな風に、どんな嫁ともルールなしで信頼関係を築ければ最高にいいんだけどな。


 ともあれ、エヴァについても心配なさそうだし。

 このまま星の意思に接触を――


「やっほー、ダーリン!」


 とか思ってた矢先、やかましいクズビッチがノックもなしに飛び込んで来た。


「……ダーリン?」


 寒気のする英単語に思わずオウム返ししてしまう。

 俺の姿を見るなり蓮実が胸を押し付けるように抱き着くと、上目遣いでアピールしてきた。


「なーに言ってるの! よくよく考えたらドレイク似なんだし、ちゃんと大事にしてくれるならワイルドで格好いいところもあるし……逆萩くんはわたしのダーリンだよ!」


 こいつ、なんだ?

 絶対なんか企んでるよな、これ……。


「あ、そうそう。わたしもライザークリスタルもらったよ! ピンクパールのやつ! これで一緒にレフトーバーと戦おう! ね、ダーリン?」

「お、おう」


 イツナとシアンヌの目が点になっている。

 どうして蓮実がここにいるのかわからないという顔だ。

 まあ、どうやって前の世界を攻略したのか話してないし当然っちゃ当然なんだが。


 でも、俺たちを見てるにしては少しばっかり目線が後ろの方へ向かってる……ような……?




「おや、マスター。そちらの方は?」




 地獄の最下層コキュートスを想起させる冷たい声に思わず身震いした。

 カタカタと震えながら首を巡らす。


「ダーリン、この女誰よ」


 蓮実の指差す先。

 にっこり微笑むエヴァの姿。


 やっべぇ、修羅場ったぁー!!


「ルール1」


 朗々と謳い上げながら、エヴァが笑顔のまま両手を大きく広げる。

 ……ヤバイ、あの動作は……。


「『俺は基本、嫁になることを承諾した女しか連れて行かない』……貴女は他の異世界から嫁として連れてこられた方、ということで。間違いないですね?」

「い、いや違うんだ、こいつは」

「そのとおり! 拉致同然だったけど、燃え上がる恋の炎はもう止まらないわ!」


 は、蓮実ィー!?

 貴様、なんでこんなときだけ積極的なんだ!!


「よろしい、そういうことであれば……ハーレムルールはすべて暗唱できるということでよろしいですね」


 ああ、全部になってるぅー!


「ハーレムルール? ああ、あのクソルールね」


 蓮実てっめ、地雷は全部踏み抜いていくスタイルかよ!


「わたしはね、特別なの。女神なのよ? だから、あんなの知ったこっちゃないわ。ねー、ダーリーン?」


 を作る蓮実を無視して俺は無言のまま防御系チートをフル稼働し、イツナとシアンヌを結界で囲った。


「つまり、嫁でありながらルールを守るつもりは毛頭ないと、そういうことですね」


 紫の輝きとともにエヴァの右手に錫杖が。左手に魔導書が出現する。

 錫杖の先端には無数の星々の輝きが銀河のように渦を巻いていて、魔導書の方は紫を基調とした装丁を黒い帯がいくつも縛りつけていて、その表紙のタイトルは神代の言葉で書かれている。

 翻訳チートを通すと、いつもどおり『源理の書』とあった。


「よろしいですか」


 全然よろしくないけど、エヴァは俺の心中など構わず感情の籠っていない声で告げる。


「マスターの嫁になるということはいわば、この宇宙で最も強大な組織に属するということに他ならないのです。それがことわりもなく野放図のほうずとあっては宇宙の秩序に示しがつきません」

「は? こいつ何言ってんの?」


 理解できないといった風情で眉をひそめる蓮実を見据え、エヴァが心底おかしそうに口元を歪める。


「無知とは恐ろしいものです。たかが神如きが随分と吠えてくださいましたね……真名、白海蓮実さん」

「は? どうしてわたしの名前を――」

『喋るな』


 エヴァが真顔でそう命じた瞬間、蓮実が完全に無言になった。

 口をパクパクさせながら、自分に何が起きたかわからず困惑している。


「マスター」

「へいへい」


 エヴァの指示で蓮実を振りほどき、結界の中へ避難する。

 よかった、エヴァもまだ完全にキレてはないらしい。

 蓮実が助けを乞うような目で追いかけてくるが――


『動くな』


 エヴァの言霊で完全に固まった。


「白海蓮実さん」


 わけもわからず恐怖に怯えているであろう蓮実の隣にふわりと降り立つエヴァ。


「今回は明確なルール違反を見たわけではないのでこれで勘弁して差し上げますが、あまり調子に乗らないことです。わたくしもルール4がある以上、嫁の皆さんとは仲良くしなければならないのですから……」


 そう蓮実の耳元に囁いてから、首筋にフッと息を吹きかけた。

 同時に束縛から解放された蓮実がへなへなと座り込む。


「くれぐれも身の程を弁えるよう、お願いしますよ」

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