第57話 逆萩ルートのトゥルーエンド

 ついに卒業式当日。

 イツナとシアンヌを封印珠に回収し、誓約達成に向けて準備する中、復帰したセリーナ嬢がわざわざ用務員室にやってきた。


「その……ありがとうございました。それだけ言いたくて……」

「あー、うん」


 セリーナ嬢の目がうるうるしている。

 うーん、この分だと彩奈ちゃんから詳細を聞いたのかもな。


「そ、それじゃ……」

「あ、ちょっと待ってくれ」

「は、はい!」


 去っていこうとするセリーナ嬢を引き留めると、予想以上に喜びの入り交じった返事が帰ってきた。

 振り返ったセリーナ嬢が何かを期待するように見つめてくる。

 いや、そういうのじゃないんだけどなぁ……。


「卒業式なんだが……おそらくあの馬鹿王子はアンタに改めて婚約破棄を宣言してくると思う」

「ええ、そうでしょうね……」


 セリーナ嬢の顔色が一気に暗くなった。

 なんか悪いことした気分になるな……。


「もちろん、あいつに対して好意なんか抱いちゃいないと思うし……俺には万事うまくいく秘策もある。堂々と婚約破棄を受け入れてやればいい」


 俺の自信満々の口振りにセリーナは目を丸くしていたけど、すぐコクリと頷いてくれた。

 勇気に満ちた表情が頼もしい。


「それと、俺がアンタに対して何を言っても迷ったフリをしてほしい」

「ええと、どういうことなのですか?」

「そいつは本番までのお楽しみだ」


 目をぱちくりさせつつも、セリーナが笑顔で頷く。


「わかりました、楽しみにしておきますね!」


 これから一大イベントを控えているとは思えない軽い足取りでセリーナ嬢は去っていった。


 ありゃたぶん、俺がドレイクに似ていることでも思い出したんだろうな。

 嬉しい好意ではあるが、それが俺自身に向けられたモノでない以上……嫁に誘うわけにはいかん。


「さて、俺も行くか……」


 用務員室に作った地下室は片づけるのも面倒なので、そのまま放置だ。万が一地下室が見つかっても、諜報機器は誰にも使いこなせないだろうし。

 代行分体も置きっぱなしだが、わざわざ回収するほどの魂はいてないし、放っておけば誓約達成と同時に勝手に人形に戻るはず。

 俺がいなくなった後も代行分体を自律行動させられたらジャボーン三世たちのいた世界にもコック分体を残したりできたんだけどなぁ。『召喚と誓約』の縛りさえなければ、リンクを繋いだまま活動させられるんだろうけど……。


 まあ、無い物ねだりをしても仕方がない。

 ここでもやるべきことをやったら、去るのみだ。




「セリーナ=ブロンシュネージュ! 改めてお前に婚約破棄……いいや、それだけではない。我がアレックス=オーヴァンの名において王都での公開処刑を言い渡す!」


 卒業式の答辞はアレ王子だったわけだが、開口一番このザマだった。

 答辞って俺の記憶が正しければ在校生に贈る言葉とかじゃなかったか?


「事はもはや蓮実のことだけではない。先日の一件での俺に対する無礼、断じて許すことはできぬ!」


 生徒や教師たちが静まりかえる中、セリーナが壇上に向けて一歩を踏み出した。


「それはこちらのセリフです、アレックス様。わたくしを階段から突き落としておきながら、言うに事欠きそれですか」

「馬鹿な、お前が勝手に落ちたのだ!」

「そう思われるのであればそうなのでしょう。貴方の中では」

「なん、だとぉ……!!」


 アレ王子が真っ赤になって、額にも血管が浮き出る。


「処刑されるとのことなので、もうわたくしも我慢致しませんわ」


 ここまでぶっちゃけるとは俺も予想外だった。

 本当にメンタル強いんだなセリーナ嬢。


「アレン、殺すのはいくら何でもまずいんじゃない?」


 ここでセリーナにまさかの援軍を送ってきたのは蓮実だった。


「セリーナ様は公爵令嬢でしょ。婚約破棄だけならともかく、娘が殺されるとなれば公爵自身がさすがに黙ってないと思うんだけど……」


 てっきり流れに乗ってアレ王子に賛同するかと思いきや、冷静に問題点を指摘し始めた。

 ちなみに取り巻きどもを元の設定に戻してあるので蓮実もここにいられるわけだが。俺の攻略に時間を使えなかった事を気にしているのか、こちらをチラチラ伺っている。


「ああ、蓮実よ。お前はなんて優しいんだ。あんな女にも情けをかけてやるなんて」

「いや、そういうことじゃないんだけど……」

「だが、これは決定事項だ。お前の言葉といえど受け入れることはできん!」


 あ、蓮実が呆れ顔してため息ついてる。

 こりゃ見限ったかなー。


「さて、式を終わるのを待つまでもない。誰か、そこの罪人女を引っ立て――」

「待ってもらおう」


 これ以上、見るに耐えない。

 いい加減にこの阿呆を舞台から引きずりおろしてやる。


「なんだお前は?」


 アレ王子が薄汚い俺の姿を見て眉をひそめる。

 女生徒や寮長、そして理事長などの何人かが息を呑んだ。

 それ以外の者、アレ王子も含めて幻惑魔法で俺に対して「どこかで見た、会ったような」という印象を持っている。

 今回の脚本ではそいつを伏線として拾わせてもらう。


「相変わらずの馬鹿っぷりだな、兄貴。最後に会ったのがガキの頃とはいえ弟の顔まで忘れたのか?」

「な……ま、まさか!」


 そう、俺の顔に見覚えがあるのは当然なのだ。

 設定上、どこかで見たことがあるはずなのだから。


「あるときはしがない用務員。またあるときはブロンシュネージュ家の密偵。またあるときは通りすがりの異世界トリッパー……」


 俺がばさりと手ぬぐいと用務員服を脱ぎ捨てると、その下にアレ王子に匹敵する煌びやかな衣装が現れた。


「その正体は……俺だよ、馬鹿兄貴」

「ドレイク!?」


 この瞬間、アレ王子を始めとして他の生徒や教師たちも俺のシナリオに書かれたとおりに思い出す。

 俺が第二王子ドレイク=オーヴァンであることを。


「正体を隠していたというのか。どういうつもりだ!」


 激昂するアレ王子に、俺はいつものように肩をすくめてみせた。


「なーに、用務員のフリをしながら学園に潜入して……兄貴の蛮行を見張っていたのさ」


 そう、それが俺が改めて世界に書き加えたドレイク=オーヴァンの設定。

 第二王子という立場を考えれば本来あり得ない用務員という形での登場。だがしかし、この異世界がゲームだからこそ通用する超展開。 

 現に蓮実は「そういうことだったのね!」とわき目もふらず納得の叫びをあげている。蓮実の脳内では胸ヤケ公式サイトが「ドレイク=オーヴァンがDLCの隠しキャラである」という情報を否定しなくてはならなかった理由が、うまいこと脳内でこじつけられたことだろう。


「その結果を俺は親父……つまり国王に報告した。馬鹿兄貴。アンタがこれまでやってきた好き勝手な発言、行為に親父もお袋もカンカンだよ」

「な、なんだと……」

「特に先週のパーティでのセリーナに対する婚約破棄宣言。ありゃまずったな。親同士で決めたこと……つまり現国王と公爵の決定を、王子にすぎない男が勝手に破談にしようとしたわけだ」


 もちろん、俺がさっきから言っていることは口先三寸の嘘ではない。

 俺自身が書き上げたゲームのシナリオをなぞって、ゲームの外に存在する国王たちがアレ王子に対して怒りを抱いたことになっている。

 つまり、この後アレ王子に起きる一連のイベントもすべて決まっていることなのだ。


「馬鹿な、俺は第一王子。ここを卒業すれば次期国王が約束された身だぞ。誰も俺には逆らえない!」

「そいつは親父が死んだらの話だろうが。親父はまだ生きてて、そして馬鹿兄貴の代えもいる」


 ここで懐から一枚の封書を取り出した。

 蜜蝋でしっかりと止められた未開封書面である。


「ここに親父からの絶縁状がある。もちろん、兄貴。アンタへのな」

「絶縁、だと。馬鹿な!」


 近づいて直接渡してやると、アレ王子はナイフを使う作法を守らずに封を引き破いた。

 中身の紙面に目を落として顔を真っ青にすると、がっくりと膝を突く。


「もう兄貴は第一王子どころか王家の者ですらない。終わりだよ」


 俺が冷徹に宣告すると、アレ王子はすがりつくように顔を上げて蓮実に懇願した。


「ハ、ハスミ……お前は俺と共に歩んでくれるよな」

「いやー、悪いけどー。アレンには付き合いきれないよ。さようなら」


 さすがクズビッチ。

 何の迷いもなく切り捨てられ、今度こそアレ王子は真っ白になった。物言わぬ躯の如く、そのまま場の背景と化す。

 事実、俺の用意したシナリオにアレ王子の出番はもうないので実質退場である。


「すまなかったな、セリーナ」

「え、ええと?」


 俺が声をかけるとまったく事態についてこれていないセリーナ嬢が首を傾げた。

 ああくそう、美人な上に仕草までかわいい。嫁につれていきてー!


「今まで影ながら貴女を見守ってきたつもりだったが、セリーナが馬鹿兄貴に突き落とされた一件で目が覚めた。俺自身が貴女を守らなくては駄目なんだと」

「え? え? 何を言ってるんですか……?」


 俺の言ったとおりに演技をしてくれているセリーナ嬢に頷き返しながら、すうっと息を吸い込んだ。


「セリーナ=ブロンシュネージュ公爵令嬢。正式に俺と結婚してほしい!」

「え。ええええええっ!?」


 セリーナ嬢が素っ頓狂な叫びをあげた。

 貴族一同もどよめく。

 さきほどまでのアレ王子の失脚を目の当たりにして呆然としていた式場が、一気にざわついた。


「やはり、俺では不足か?」


 傷ついたような素振りを見せつつ、セリーナ嬢に問いかける。


「え、ええと。不足とかではなくて。その……」


 さすがだなセリーナ嬢。

 事前に指示したとおりどころか、演技とは思えない動揺っぷりだ。

 

「ちょっと待って!」


 おかげで釣れた。

 来ると思ったよ蓮実。

 俺がセリーナに求婚すれば、お前は当然そうするだろうさ。


「セ、セリーナ様はアレンと婚約してたんだよ! ドレイク様と結婚なんてできないって!」

「兄貴はもう王子でも何でもない。もちろん婚約も自動的に破棄だ」


 にべもなく言い捨てても、蓮実は食い下がった。


「そ、それはそうかもしれないけど! でもいきなり結婚なんて!」


 おそらく蓮実は一度しか会いに行けなかったのがまずかったのかとか、フラグを立て損ねたんじゃないかとか……今この瞬間もゲーム的に考えてるんだろう。

 そういう意味じゃ何も間違ってないぜ、蓮実。

 これがお前の望んだトゥルーエンドだ。


「そ、そうだ!」


 蓮実がパンと手を打ち鳴らし、無礼にもセリーナ嬢を指差した。


「セリーナ様は何かと堅苦しいし、外面はよく見えるけど性格最悪! わたしにもいっぱい意地悪したし、結婚するとなったら大変! その点、わたしならドレイク様を癒して差し上げられる! わたしのほうがドレイク様にふさわしいと思うんです!」


 苦し紛れというか、もうセリーナに対する態度も露骨に酷くなってるし……そもそも自分の方が相応しいとかどの口が言うんだよって話ではある。

 ふつうに考えたらそんなのを受け入れるなんてどうかしてると思うし、普段ならポイ捨てするところだが……。


「なるほど、一理あるな。ならば、俺と結婚するか?」

「え、嘘。いいの!?」

「いいぞ」

「よっしゃああああ!」


 蓮実がヒロインにあるまじき親父臭いガッツポーズを取った。


 よし、チョロいもんだぜ。

 慎重な人間ほど自分で考え達成したと思いこめば、そこに嘘があるとは考えないもんだ。


 実を言うと主人公である蓮実は唯一、シナリオの強制力を受けないらしい。男子寮の前で裸踊りをするというテキストを無視されたから、実証済みだ。

 かと言って催眠魔法で操った状態では今回の誓約を達成できない。だからこそ、蓮実を罠にかけるには自力でクリアしたと思わせる必要があった。


「さあ、こちらへ」

「うんうん!」


 蓮実を誘うように手を広げると計画どおりに召喚陣が出現。誓約達成である。

 しかし、蓮実はまったく気にすることなく俺の首に手を回して、すがりついてきた。


「ふふっ、何で事故イベントを生き残れたのか知らないけど……主役はわたし! 最後には勝つんだから!」


 呆然としているセリーナに向けて蓮実が下品にも中指をおっ立てる。


 ところがぎっちょん、お前の負けだよ。

 なにしろ、これが正真正銘のエンディング。もうオープニングには戻れないんだからな。


 この異世界のループは『プレイヤーがいる限り』起きる。だから、俺がハーレムルール1に従い蓮実を嫁として連れて行って表舞台から排除してしまえば、ループは起きなくなるのだ。

 ゼロスタート化さえ止めてしまえば、以後はシナリオテキスト……運命もないことだし。俺の最後のテキストに従って『星の意思』が自動的に世界を広げてくれるだろう。

 ここを箱庭化していた神も邪魔してくることはない。俺の予想通りなら、この異世界の神の正体は……。


 彩奈ちゃんの姿が見えないのは気がかりではあるが、きっとどこかで俺と蓮実が消えるのを見届けようとしているはずだ。であれば俺の意図も察しているだろう。

 胸ヤケのDLC追加シナリオは俺が書き上げたとおり、ここで終焉を迎える。先はない。

 俺や彩奈ちゃんも退場し、あとはセリーナ自身が本当の意味で新しい人生を踏み出すのだ。


「……それはどうかしらね、白海蓮実」


 なんて思っていたのだが。

 蓮実の勝利宣言に対し、物言いをつける人物が現れた。


「誰よ!? わたしのヴィクトリーエンドにケチをつけるのは!」

「あたしよ!」


 卒業式会場の入り口の扉が開け放たれる。

 そこで後光を背負って立っていたのはもちろん魔王、坂井彩奈であった。


「亮二くん! 用務員室の地下で、面白いモノを見つけたわよ!」


 む、隠しカメラや盗聴器の秘密がバレたのか?

 いや、そっちのパソコンは厳重にロックをかけてある。

 見られるとしたら、シナリオを書いたノートパソコンの方……。


「だから、あたしも書き加えさせてもらったの。ほんの少しだけ、設定をね。だから、あとはそれに沿って『星の意思』が相応しいご都合展開を用意してくれる。そうなんでしょ?」


 そう言う彩奈ちゃんの隣に颯爽と並んだのは、俺そっくりの用務員。

 そいつは堂々と胸を張りながら、こう宣言した。


「俺こそ、本物のドレイクだ!」

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