第58話 トゥルーエンド(彩奈ちゃん監修)

「ドレイク様が、ふたり……!?」


 蓮実だけでなく、セリーナや他の貴族たちも一様に驚きを隠せない。


 彩奈ちゃん、そうきたか!

 間違いない。意識共有が飛んでくるってことは……彩奈ちゃんの隣にいるドレイクは、俺が制御を手放した代行分体!

 しかもあの様子だと、彩奈ちゃんが書き加えたシナリオによって何か設定を追加されているみたいだ!


「左様。そちらにいる俺は逆萩亮二という日本人。ドレイク=オーヴァン、つまり俺の影武者なのだ!」


 な、なんだってー!?

 俺がドレイクの影武者だったなんて。

 知らなかった……。


「その者は白海蓮実と同じく、日本という国からここへやってきた者。偶然にも俺とそっくりだったので、影武者として雇用し……学園に潜入させていたというわけだ」


 貴族たちが俺の分体の説明に何度も頷きながら納得している。

 確かに用務員が実は本物だったって言うよりは説得力があるわな。


「ち、ちょーっと待って。じゃあ、何? 隠しDLCキャラって第二王子ドレイク本人じゃなくて……影武者の方だったってこと?」

「そのとおりよ」


 俺の腕の中でおそるおそる確認する蓮実に、彩奈ちゃんがきっぱりと言い切った。

 確かにそれだと公式の「隠しDLCキャラはドレイクではない」って発表が嘘じゃないことになりますね、ハイ。


「そういうわけだ。さて、先ほどの影武者の逆萩が勝手にセリーナにプロポーズしてくれたわけだが……」

「へへ、こうでもしないとアンタは出てこなかっただろ」


 目配せしてきた代行分体に合わせてセリフを吐く。

 意識共有が回復した以上、ドレイクの意図……というより彩奈ちゃんのシナリオはしっかり俺にも伝わった。

 確かに俺が書いた筋書きより良さげだし。そういうことなら喜んで協力させてもらうぜ。


「セリーナ様! 俺がさっき伝えたことは本当の話だ! 俺はドレイクの旦那に雇われて、アンタをずっと守ってたんだよ」

「え、それは本当なのですか!?」


 嘘だけど、本当。

 だって、さっきそういうことになったから。


「そんでもって、俺が本当に好きなのはこっちの蓮実の方なんだ」

「えっ」


 俺の歯の浮くようなセリフに蓮実が素の声を出した。


「小汚い用務員だった俺を癒してくれたのは確かにお前だった。嬉しかったぜ」

「えっ」


 その隙に代行分体……いや、本物のドレイクがセリーナにアプローチをかける。


「すまなかった、セリーナ。俺が情けないばかりに馬鹿兄貴に貴女を傷つけさせてしまった。ようやく奴を追い落とせた以上、もはや俺にも迷いはない」

「え、ええと……まさか?」


 セリーナ嬢がわずかにたじろぐ。

 さすがにさっきの展開からして、何が起きるかを察したのだろう。


「セリーナ=ブロンシュネージュ公爵令嬢。貴女に正式に結婚を申し込む!」


 ドレイクの宣言に女性陣からワァっと歓声があがった。

 何となくその場の空気に飲まれて拍手し始める男貴族たち。


「いやいや、ちょっと待ってよ! おかしいでしょこんなの!」


 もちろん、蓮実が駄々をこね始める。


「往生際が悪いわよ、白海蓮実。攻略対象はあくまでドレイクの影武者である逆萩亮二。本物のドレイクのお相手はセリーナよ!」


 彩奈ちゃんがさりげにメタなことを言っているが、蓮実は違和感に気づくことなくプレイヤーとして文句を垂れ続けた。


「そんなのおかしいって! セリーナは悪役令嬢なんだから、死んでザマァな展開にならなきゃ嘘でしょう! なんで幸せになろうとしてんのよ!」


 よう、クズビッチ。

 やっぱりお前は最高だな。

 夜が来るのが待ち遠しいぜ。


「ち、ちょっと離して!」

「愛してるぜ蓮実。二度と離さない。あとでたっぷりとかわいがってやるからな?」


 俺を押し退けようとしてくる蓮実を抱擁でがっちり拘束する。

 あくまで誓約内容自体は『隠しDLCキャラの攻略』だ。まだ召喚陣が出てるから変わってない。

 もし無意識レベルで誓約内容が『本物ドレイクと結ばれる』に変更されたとしても、すぐに代理誓約で『偽物、つまり俺の嫁にする』に変更してやる。

 お前は覚えてないかもしれないけど、俺とお前はとっくにデキてんだよ。

 だから逃がさん、お前だけは……。


 さて、一方セリーナの返答や如何に。


「わ、わかりました。貴方の妻になります」


 うわー、なんか複雑な気分。

 代行分体が設定を加えられて本物のドレイクになったってことは、ちゃっかり自我に目覚めてて……セリーナとイチャラブするってことだろ?

 くそっ、そこ代われよー!


「誓おう。もう、他の誰にも手は出させない」


 ドレイクがセリーナを抱きしめる。

 万雷の拍手が巻き起こり、蓮実が何かを叫ぶ中、俺達は光に包まれていく。


 ドレイクからの最後の共有意識が流れ込んできた。


「逆萩亮二……我がオリジナルよ。そのクズビッチの処分を頼むぞ」


 ……ああ、わかったよ。

 汚物処理、確かに請け負った。


 向こうでは彩奈ちゃんも光に包まれ消えていこうとしている。

 その手は俺達に振られてはおらず、セリーナとドレイクを祝福する拍手に参加していたのだった……。




「なによアレ! まさかあんなのが真エンドなんてことないわよね! って、何よココ……いつもの場所じゃない?」


 光が納まると同時に悪態をついていた蓮実が息を呑んだ。

 周囲には無数の瓦礫が散乱し、空は真っ黒な雲に覆われている。

 時々輝く稲光が闇を照らす光源となっていた。


「異世界だよ」


 その光景の意味するところに陰鬱な気分になりつつも蓮実を解放して説明してやる。


「ここはお前がプレイヤーだった恋愛ゲームの中じゃない。まったく別の異世界だ」


 しかも、ケースとしてはおそらく最悪の部類。

 まず周囲に誓約者と思しき召喚者がいない。

 願いが何なのかわからないのはもちろんの事だが、これまでの経験上、誓約者が俺の前にいないのは既にロクでもない事が起きているという証左なのだ。

 幸い、魔法陣と思しき跡が残っていたので『魔法陣のない場所に喚び出される』という最悪中の最悪は避けられたようだが。


「何言ってんのよ、たかが攻略キャラ如きがふざけたこと言わないで」

「まだそんなこと言ってるのか。俺は隠しDLCキャラなんかじゃない」

「ええ、DLC追加キャラはアンタなんかじゃない。本物のドレイクよ。そうよ、そうに決まってるわ!」


 うわー、どうしようコイツ。話が通じない。

 まあいいや、催眠魔法で用務員室での出来事を思い出させよう。

 ついでに『蓮実自身が自分で封じていた記憶』もな。


「……え、な、何よこれ……」

「思い出したか?」


 自分でも驚くぐらいに冷たい声が出た。

 蓮実が自分の体をかき抱きながら俺を見上げ、震える声で呟く。


「アンタは……いや、わたしは」

「そうだよ、お前なんだよ。あのクソゲーをわざわざ再現して、自分自身を主人公にし、しかもゲームに夢中になれるよう自分の記憶を操作して、魔力波動まで偽って……完璧に白海蓮実をいた創世神はな」


 というか、それしかないんだ。

 俺がアレだけゲームをいじって何のリアクションもなかった時点で……創世神が天にはおらず、自分自身がゲームの登場人物になっているのは確定だった。

 そして創世神の願望、目的を考えれば……誰に成りきるかなんて決まっている。


「まあ、お前の正体なんてもうどうでもいい。お前は俺の嫁になることを承諾した。後でルールを説明してやるから、とりあえず今は……」

「い、嫌よ! アンタなんかと一緒なんて……わたし帰る! 次元転――」

「次元楔」


 次元転移で逃れようとする哀れなクズビッチに、俺は次元楔チートを使った。


「え、なんで……!?」


 次元転移できない事に驚く蓮実に、俺は厳しい現実を突きつける。


「お前の次元移動能力はすべて封じた。俺から逃れるすべはない」


 次元移動を封印される手段で簡単に封じられる……シアンヌにも説明した次元転移チートの弱点だ。

 創世神であろうと、それは例外じゃない。


「アンタ、いったい何者なのよ!?」

「俺か?」


 さすがに俺が只の攻略キャラクターではないことを悟ったか、恐怖の混じった視線で見上げてくる。


 いいねえ。

 その目だよ、その目。

 あんな悪役令嬢の異世界じゃまず向けられることのない種類の目だ。

 実に心地いい。


 ああ、そうか。

 ようやく俺は『自分の世界』に帰ってきたんだな。

 ならば、この異世界も手抜かりなく攻略しよう。

 いつもの、俺のやり方で。


 ここはひとつ長いプロローグ明けということで、景気付けも兼ねて名乗っておくとしよう。


「通りすがりの異世界トリッパー、逆萩亮二だ」

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