第41話 やり残したこと

 あれからしばらくして、アンス=バアル軍の侵攻はぱったりと途絶えた。

 三天星の勇者たちの活躍により世界は救われたのだ。


「じゃあ、なんで俺は誓約を達成できてないんだよ!」


 あてもなく城の廊下を彷徨いながら頭を抱える。

 コンソールを走らせて世界中を検索したけど、アンス=バアル軍のIDは影も形もなかった。

 なのに次の異世界に召喚されない。

 つまり、現時点での誓約が「世界を救う」だけじゃないってことだ。


「まさか姫さんのときと同じじゃねーだろーな……」


 姫さんが俺を召喚したときの誓約は「魔王を倒したらアンタ死んでね♪」とかいうふざけた内容だったと思われる。

 そうでなきゃ王族の命だけで代理誓約が成立するはずはないからだ。

 仮に「魔王を倒して世界を救う」の反対だったら「魔王と手を組んで世界を滅ぼす、あるいは支配する」という内容にしないといかん。

 巨大な望みは俺の機嫌を損ねたとき世界へ跳ね返ってくるようにという、クソ神ならではの邪悪で粋な計らいだ。

 この点に関してだけ、俺は代理誓約のシステムに感謝している。姫さんも俺の手から世界を救った英雄と言えるかもね。


 今回も同じかもしれない。

 俺だけの命でいいなら死んでから復活すればいい。

 だけど三天星の勇者全員の命も誓約に含まれているならコンソールで蘇生できるとはいえ看過できないぞ。

 それに代理誓約で城を消滅させたりしたら、イツナはまだしもチー坊たちとは敵対する気がする。

 負けはしないけど、チー坊たちと戦うのは気が進まない。


「ていうか、そうだ。コンソールで調べればいいんだった!」


 つーわけで。

 こっそり帰還用魔法陣を精査した。

 どうやら異世界間を繋ぐ次元魔法に間違いなさそうだ。


 場所が指定されてないのは魔力波動に応じた故郷にきちんと繋ぐためだろう。

 ちゃんと帰還させられるんだから用済みになった勇者を殺す必要はない。

 俺の思い過ごしだったか。


 そうなると誓約は「世界を救ったら元の世界に帰還する」とかか?

 いや、誓約に関しては俺の呪いが優先されるから「元の世界に帰還する」という条件ならそもそも俺は召喚されないはず。

 じゃあ、いったいどうして……。




 なんて悩んでいたら、帰還の儀の当日になっていた。

 一番帰りたがっていたJKちゃんが第一陣を切るべく、魔法陣へ向けて一歩を踏み出す。


 いや、踏み出そうとしてクルッと一回転し、イツナの胸へ飛び込んだ。


「つむじちゃん?」

「うー……いつなー」


 おお、JKちゃんってイツナの前ではこんなキャラだったのか。

 捨て猫みたいに保護欲をそそる声を出しながらイツナにすがりついている。


「大丈夫かな。ちゃんと帰れるのかな、アタシ」

「大丈夫。きっと帰れるよ」


 涙声のJKちゃんの背中をイツナが優しく撫でた。


「アタシたち、離れても友達だよね」

「もちろんだよ」

「ケータイ買ったらメールして! 待ってるから!」

「う、うん」


 施設出身のイツナは自分の携帯電話を持っていないから、メアドの交換ができなかった……ってところか。

 だけど残念ながら、仮にイツナが帰還したとしてもJKちゃんと連絡を取り合うことはできない。

 JKちゃんだけは三天星の中で唯一、出身の地球が違うからだ。


 地球の存在する宇宙はひとつだけではない。

 無数の並行宇宙に分かれている。

 というより最も並行世界の分岐発生率が高いのが地球だ。


 あの魔法陣は出身世界に帰還する仕組みになっているから、JKちゃんだけは帰る地球が違う。

 もう二度とイツナと会うことはできない。 


「じゃあ、またね!」


 そうとは知らず、JKちゃんは魔法陣の光の中へ消えていった。

 どうか、キミの中でこの異世界での事が良き思い出とならんことを……。


「さあ、次の方」


 兵士が先を促すが、誰も前に出ようとはしない。


「オレは……」


 チー坊が行こうか行くまいか迷っているように見える。


「やっぱり残るんですか?」


 声をかけてみる。

 それで心が決まったのか、首をブンブンと横に振った。


「いや、オレも帰りますよ。やっぱ日本の飯が恋しくって。冒険者になってチヤホヤされるのも悪くない気がしますけど……よく考えたら家族を残してきてますしねー。慕ってくれる妹もいるし、毎朝起こしてくれる幼馴染とは家が隣だし。リアルで現代モノの主人公目指してみますよ」


 はぁっ!?

 チー坊、完全に勝ち組だソレ!

 異世界に召喚とかされて浮かれてる場合じゃねーぞ!


「冒険者生活とスローライフは小説の中で我慢しておきますよ。それにまだ交通事故で転生して今回のパラメータ引き継ぎチートもワンチャンありますし!」


 ううん。

 全然懲りてないなー、チー坊。

 でも、それでこそお前だ。


「……アニキ。オレの目を覚ましてくれたのはアンタの料理だ。ありがとう」

「そんな大したことはしてませんよ」


 微笑み返すと、チー坊もニカッと笑ってくれた。

 つーか、いつの間にかアニキ認定されてっし。


 やがてゆっくりとチー坊が魔法陣へ進んでいく。

 一度だけ俯いて肩を上下させながら立ち止まる。

 それも束の間。顔を上げるとまっすぐ魔法陣へ走って光の中に消えていった。


 それでいいんだ。

 男がそうそう涙を見せるもんじゃない。


「さて、俺もダメ元で行ってみるか」


 前にも言った気がするが、俺は異世界間の移動はもちろん地球に帰ることもできない。

 俺が異世界間を移動できるのは召喚されたときだけだ。アンス=バアル軍が次元門の向こう側に撤退したときも、連中から奪った惑星気化爆弾を放り込んで嫌がらせをすることぐらいしかできない。

 アンス=バアル軍の次元航行技術も手中にあるが、俺自身には使えないってわけだ。いやー、俺が乗りこんだ飛行艇が次元航行しようとして木っ端微塵になったのは傑作だったぜ。


 でもまあ、試せる機会があるなら常に試すべきだろう。

 前に見た構成術式に似てるから無駄だと思うけど、魔法陣に乗るだけならタダだし。


「お待ちを、料理長!」

「え?」


 魔法陣に近づいた俺にストップをかけたのは、ビゼットだった。

 隣にはジャボーン三世が悠然と立っていて、見守るような視線を送ってきている。


「無理を承知でお願いします! どうか、我らにもっとあなたの料理を教えてください!」


 あろうことか、ビゼットが俺に駆け寄ってくるなり土下座した。

 仮にも元料理長ともあろう者が、王の目の前で。


「王も大変満足していらっしゃいます。ずっととは言いません。どうか帰還を少し待っていただきたい!」


 ……ああ、そういうことか。

 理解したよ。

 道理で誓約が完了しないわけだ。


「悪いですが、それはできません」


 申し訳ない気持ちで首を横に振る。

 ビゼットが弱弱しく顔を上げた。


「帰りたいからですか」

「いいえ」

「待っている家族がいるからですか」

「いえ、そういうわけでもありません」

「では何故!」


 そんなの決まってる。

 クソ神を殺すために、俺は立ち止まるわけにはいかない。


「誰かが俺の力を待っているんです」


 なのに俺の口から出たのは全く別の言葉。

 フェアリーマートの田中さんの顔が思い浮かんだと思ったら、こんなセリフを口走っていたのだ。


 召喚者なんてのは大抵クソでどうしようもなく、死んで当たり前の連中である。 

 だけど、たまにそうじゃない人もいる。

 必死だったり、どうしようもなかったり、猫の手も借りたかったり。

 エイゼムや劇団員さんたちのときみたいに、本当に助けが必要な人達に召喚されることだってある。


 もちろん俺の復讐の道程のついでに助れらればいいという、軽い気持ちではある。

 誓約が最優先、それは変わらない。


 俺の旅は長い。だからたまに道草をしたくなる。

 ここで俺が流されるままコックをやったのも、面白そうだったからだ。

 そしてみんなの笑顔を見るたびに、こんな旅なんてやめればいいと弱い自分が誘惑してくるのも事実。


 でも、俺が息抜きをするのは前進する力を蓄えるためだ。

 根を詰めすぎて心を折られないようにするためだ。

 虚しくなりそうな気分に発破をかけるためだ。


 立ち止まるためじゃない。

 



「誓約。逆萩亮二は……ひとつの世界に留まることなく、次の世界を目指し続ける」




 だからこそ「留まってほしい」という願いだけは聞き入れるわけにはいかない。

 だって俺は、通りすがりの異世界トリッパーなのだから。


「これは!?」


 ビゼットが俺の足元に浮かび上がった召喚陣に双眸を見開く。


 ――代理誓約が通った。

 俺の料理が「世界を救ってほしい」という願いを「ここにいてほしい」という願いに書き換えた何よりの証。


 こうなったらもう俺の召喚は止まらない。

 そうとは知らないビゼットは叫ぶ。


「お願いです、考えてくれるだけでいいんです!」

「もう良い、ビゼット」

「陛下!?」


 尚も食い下がろうとするビゼットを、ジャボーン三世が言葉だけで引き止めた。


「我等のわがままで、この者を留めてはならん。サカハギ殿の目を見ればわかる」


 ジッと見つめてくるジャボーン三世が、俺には誰よりも偉大な王に見えた。


「申し訳ありません。ですが、お仕えできて光栄でしたよ」

「ほっほっほ、そうかそうか。素直に褒め言葉として受け取っておこうかのう」


 最後までコミカルに腹を揺らしながら笑うジャボーン三世。


「よかったね!」 


 笑顔でテコテコとこちらに歩いてくるイツナ。

 ああ、そうだった……。


「イツナ」

「へ?」


 なんのことかわからない顔をしているイツナに、帰還用の魔法陣を指し示す。


「お前はどうする?」

「どうするって……へ? わたしはサカハギさんについていくよ?」


 何を当たり前のことをと言わんばかりに俺の側を離れないイツナ。


「あそこに飛び込めば、元の世界に帰れるぞ。お前は帰りたくないのか?」


 そうだ、イツナも本当は帰りたいはずだ。

 俺の料理を食べるたびに思い出を語ってた。

 JKちゃんはもちろん、チー坊ですら最終的には帰還を選んだぐらいだ。


 帰る動機がチキンしかなかった俺なんて例外だろう。

 俺とイツナは違う。


 そのはずなのに、イツナは困ったように考え込む。


「うーん……あそこに行っても、みんながいるわけじゃないし。世話になった人はいるから挨拶ぐらいはしたいけど、もうサカハギさんとは会えなくなるでしょ? だったらわたしはいいかなって」


 えへへと笑い。

 俺の手を強引に掴んだ。


「それに、わたしの居場所はここだよ?」


 さらにイツナにしては大胆に、俺の腕に手を回しギュッと握る。


「……そうか」


 ああ、また俺は馬鹿なことを考えてたんだな。

 こんなことだから、嫁たちに無神経だとかトーヘンボクだとか女心がわからないとか言われるんだ。


 イツナは俺の嫁。

 それでいいんだな。


「ウオッホン!」


 突然ジャボーン三世が咳払いすると、イツナが顔を真っ赤にした。

 確かにそろそろ次の世界に行っちゃうし見送ってもらえるなら見送ってもらおう。


「王様、ビゼット。俺の作った料理をおいしいって言ってくれてありがとうございました」

「いやあ、正直言ってどういうことなのかさっぱりわからんが。おぬしの旅路に幸あれじゃ」


 勇者の帰還までしっかり面倒を見てくれる王様は珍しい。

 この異世界に、どうか幸あれ。


「料理長……」


 おっと、ビゼットもフォローしてあげないと。

 アイテムボックスから大学ノートを取り出して、項垂れていたビゼットに手渡した。

 コンソールコマンド《自動翻訳》でノートの文章を異世界語に書き換えることも忘れない。


「これは……」

「秘蔵のレシピです!」


 おずおずとノートを受け取ったビゼットがハッと顔を上げる。


「え、そんな……料理長!」

「いえ、料理長はあなたですよ!」


 そう、最初から最後まで本当の料理長はアンタだった。

 これからもみんなにうまい飯を食わしてやってくれ。


「……ありがとうございます!」


 料理長ビゼットがこちらに向かって頭を下げた瞬間、俺とイツナは光に包まれた。


「次もこんな世界だといいね、サカハギさん!」

「そうだな」


 消える直前、思うところがあって口を開く。

 それが俺がこの異世界で呟いた、最後の言葉となった。





「あ、やべ。兵士たちのレベルと不死設定、戻すの忘れてた」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る