第40話 昼行燈
「奇襲部隊の艦が丸ごと消えたってぇ?」
「はっ」
次元航行艦隊の旗艦ブリッジ。
アンス=バアル第六軍司令官が部下からの不可解な報告に素っ頓狂な声をあげている。
「わかった、下がってくれ~」
頭痛を抑えるようにこめかみをマッサージしながら部下に退室を促す司令官。
司令官の口調はどこかおどけていて、軍を任される者には到底相応しくない響きを持っていた。
しかし、この場で司令官を諫める者は誰もいない。
司令官が恐ろしいからではなく、注意してもやめないからである。
「ハァ……」
好物のレモンティーをすすりつつ、司令官が思いっきりため息を吐く。
しかし、副官は司令官を咎めるどころかハハハと笑った。
「いやあ提督、こいつは奇妙な話ですな」
「まったくだ」
第六軍司令官と副官が首を捻る。
「奇襲艦は交戦記録すら送ってきていません。事故ですかな?」
「いや、次元移動の成功までは信号が残ってたんだ。何かあったのはその直後だろうね」
魔力ディスプレイに表示された記録とにらめっこしながら、司令官がガリガリと頭のフケを落とした。
「う~ん、城への空挺部隊投下まで飛行艇は見せてなかったのに、なんでかなあ」
これまでアンス=バアル第六軍は洗脳モンスターを中心として強襲揚陸次元門から侵攻し、砦などの軍事拠点のみを攻めていた。
民間人に対する攻撃は極力控えて補給拠点となる街を焼き払わなかったのは第六軍司令官が虐殺を好まなかったというのもあるが。
最大の理由は、陸の攻撃部隊がすべて陽動だったからである。
アンス=バアルの基本戦略は有利な条件で降伏条約を結ばせ、文化的交流を図って社会的、経済的に依存・隷属させるというものだ。
本拠点に対するピンポイント占領攻撃が最も犠牲を少なくし、尚且つ戦費や人材を浪費することなく勝利を収める最短ルートだと第六軍司令官は分析していた。
事実、勇者の投入や突然強くなった兵士たちに陽動モンスターが壊滅させられるという計算外の事態は起きたものの、陽動そのものはうまくいっていた。
城の戦力は王国近衛騎士団、勇者護衛担当の騎士隊、王国兵士団、そして3人の勇者だけで、最前線で急に強くなった精強な兵士はいなかったのだから。
この戦力なら能力者を10名抱える奇襲艦で問題なく制圧できるはずだった。
「提督。勇者パーティに潜入していた諜報員からデジタル信号による電文と写真が届いております」
ブリッジの通信士がヘッドセットを手で抑えながら、腰かけた椅子を回転させて司令官を見た。
アンス=バアルは転生者などから現代知識と現代技術を取り入れた魔法連合国家であり、非常に強大な勢力を築いている。
コンピューターなども発達しており、当然ブリッジにも搭載されていた。
「読んでいいよ」
司令官がひらひらと手を振ると、通信士が首を捻ってから電文を読み上げる。
「『ボンゴレロッソ、最高においしかったです』……以上」
「おいおい、いったい何をやっとるんだ」
さすがに副官が呆れたように首を振った。
上司が上司なら部下も部下である。
しかし、司令官は斟酌することなく先を促した。
「写真を開いて」
そして、ディスプレイに表示された写真をジッと凝視する。
10秒ほど眺めた後、司令官と副官がお互いの顔を見て頷き合った。
「……うん、これなら本国への言い訳もできる。即時撤退だね」
「ですなあ」
写真に写っていたのはひとりのコックだった。
隠し撮りのはずなのに、ばっちりカメラ目線でピースサインである。
「諜報員にボンゴレロッソ、包んでもらうように伝えて」
「了解しました、そのように返信します」
通信士が事務的に応答し、電文を打ち込み始める。
司令官がすべてを投げ出したように椅子の上で大の字になり、思い切り伸びをした。
「いやぁ、サカハギさんがいるんじゃあ無理ゲーだよねぇ」
「個人でありながら星の使徒や
諦め口調の副官にウンウン頷きながら、司令官は椅子をリラックスモードに切り替える。
既に興味は戦場ではなく、次の長期休暇へと移っていた。
こうして、アンス=バアル第六軍はサカハギの知らぬところであっけなく完全撤退を決めたのである。
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