第33話 剣聖流の極意

「ファイアボール!」

「魔力の練りが甘い。そんなんじゃ綻びを狙われたら消されるぞ。やり直し」

「ライオネットバインド!」

「魔力波動にムラがある。属性をピッタリ合わせなきゃせっかくの利点が死ぬぞ。やり直し」


 なんとか立ち上がったヒュラムは芸もなく単発で撃ってくるようになった。

 それらの魔法をことごとく剣で撃ち落としては、もう一度撃たせる。

 そんな作業を繰り返していたせいで観客も飽きてきており、あくびするヤツも出てくる始末である。


 そろそろ別のパフォーマンスを見せようかなー。


「くそ、当たりさえすれば……」


 なんて思ってたところで、ヒュラムが渡りの船の一言を。


「いいぜ? やってみろよ」


 俺の挑発にヒュラムの顔色が憤怒に赤くなったが、すぐ喜悦に染まった。


「ギガントファイアボール!」


 魔法名を叫ぶと同時、人間4人分くらいはありそうな巨大な火の玉がヒュラムの頭上に生まれる。


「コントロールが難しいけど威力だけは絶大なんだ。お前なんて一撃で消し飛ばす!」

「どーぞ、できようものなら」


 剣を構えず無防備な姿を晒してみせると、ヒュラムが哄笑しながら腕を振り下ろした。

 巨大火球が炸裂し、爆炎が俺の全身を包み込む。


「ひゃははははは! やったぞ、ざまあみろ! 死んだ死んだ、死んだぁー!」

「おおっと、直撃です! さすがにこれはサカハギ選手といえども~!?」


 いえどもって言われてもな。

 残念だけど俺のレジストを抜くにはいろいろ足りない。

 ダメージはゼロだ。


 荒れ狂う炎の中からつかつかと歩いて出てくると、それまで続いていたヒュラムの笑い声がぴたりと止まった。


「む、無傷! あの魔法の直撃を喰らって無傷です! 別格! まるで別格! 私たちの想像する次元の強さではない! 剣聖トーリスの伝説は本物でしたぁー!」


 実況ちゃんが冷めかけていた観客たちの心に再び熱い何かを取り戻させる。

 炎の中から出てくるのも相当インパクトがあったのか、会場は大熱狂だ。


 しかし、ヒュラムだけは過酷な現実を前に情けない泣き顔を浮かべたまま、 無様に思考停止していた。

 隙だらけで、いつでも攻撃してくださいと言わんばかり。

 戦いの素人であっても、はっきりわかるレベルの無防備だ。


「じゃあ、ペナルティだ」

「え? ふごぉっ!?」


 ノーチート・ノーマジックの右ストレートでヒュラムの顔面をぶっとばす。

 抜けた歯をボロボロと飛び散らせて大の字に転がると、ヒュラムはピクリとも動かなくなった。

 審判の人が近づいて気絶と判定する前に、無詠唱チートで覚醒魔法を使いヒュラムを起こす。

 まだ楽にはさせん。


「かはっ! はぁ、はぁ」

「ヒュラム選手ダウン! 1、2、3……」


 カウントが始まるとヒュラムが慌てて立ち上がる。

 しかし生まれたての小鹿のように膝がガクガクと笑っていて、立つのもやっとという有様。

 一応カウントは止まったが、依然としてヒュラムの自意識は別世界に飛んだまま戻ってきてない。


「え~っと、みなさんも何となく思っているかもしれませんが。これは果たして、試合と言えるのでしょうか? ヒュラム選手の魔法をすべて防いでいるサカハギ選手ですが、私には終わらせようと思えばいつでも終わらせられるのに、敢えてとどめを刺していないように見えます!」


 実況ちゃんが割と控えめに、しかし大胆に同意を求める。


「というよりこれ試合じゃなくって……指導、ですよね?」


 ヒュラムの頬がピシッと乾いた音を立てた。


「私にはサカハギ選手がヒュラム選手をはるか高みから指導している……そのように見えるのですが、私の印象は間違っていますでしょうかー?」


 実況ちゃんの問いかけに観客達もしきりに頷いている。

 それがフリーズしていたヒュラムの心に火をくべた。

 最後に残ったプライドを燃料にして魔力を高めていく。


「指導……指導だと? ふざけるな。間違っているに決まってるだろうが。僕は王国宮廷魔術師なんだぞ! 新魔法を開発した天才なんだ! それが……」


 観客に言い散らしていたヒュラムがハッとして、会場中を見回した。

 今更ながら気づいたわけだ。

 誰もが自分を冷めた目で見ていることを。

 自分を称賛してくれていた女性ファンたちにすら見放されたことを。


「お前の味方はもういない」


 俺の口からも告げる。

 

「いいか、この世界はお前が主人公の物語じゃない。ここも俺が通りすがっただけの、よくあるファンタジー世界だ。どこにでもいるただの人間なんだよ、お前は」


 どこにでもいる才能溢れたただの人間として暮らせば良かったのだ。

 俺が成りたくてもなれない、ただの人間として。


「ふざけるな! それなら僕の人生はどうなる!」

「だから知るかっつってんだろ」


 俺的には慈悲深いつもりの。

 だけど嫁達にはすごく怖いと言われる、とっておきの笑みを浮かべて……再度告げる。


「だが光栄に思え。俺を本気で怒らせられるヤツってのは、そう多くない。その意味じゃお前は特別な存在だよ。俺の閻魔帳えんまちょうに見事、名を連ねた。普通に殺して終わりになんてしてやらんぞ。お前の残りの人生を無意味にしてやる。そんでもって浜辺に打ち上げられて白目になった魚みたく腐り果てろ」


 決勝で優勝が決まれば次の世界へ転移するから、どうせ魔戦試合の間に殺す暇はない。

 暗殺しようと思えばできるだろうが、これだけやらかしたんだ。

 死ぬより苦しい余生がヒュラムを待ち受けていると思えば、俺の溜飲も下がる。


「嫌だ」


 静まり返った会場。

 ヒュラムの声はかぼそいのに、やけに良く響いた。


「僕は……俺は、生まれ変わった。クソみたいな人生が終わって、ようやく掴んだ本当の始まりなんだ。それが終わるだなんて、認めてたまるかぁ!!」


 ヒュラムが自分の全魔力を絞り出す。


 最後っ屁だな。

 いいだろう。お前の全力を打ち砕いて、それで終わりにしてやる。


「メテオストライク!」


 声を枯らしたヒュラムの絶叫が会場中に轟くと、ヤツの体から一条の光が天へと伸びた。

 絶望と苦悩、そしてプライドを焼いて捻出された大魔力が禁断の魔法を解き放つ。

 雲を切り裂いて赤い炎のような尾ひれを纏った黒く巨大な岩石が顔を出した。

 大気を震わせ周囲に風を巻き起こしながら、会場めがけてまっすぐに堕ちてくる。


「隕石招来魔法か」


 大抵どの異世界でも大魔法として知られる隕石招来。

 効果は至ってシンプルで、その辺の宇宙を飛んでる隕石を呼び寄せて落とす魔法だ。


「な、なんということでしょう! みなさん、空をご覧ください! とんでもなく大きい何かが、会場めがけて落ちてきています! というか、あれって……私たちもまずくないですかー!?」


 実況ちゃんの危惧するとおり。

 魔力の大きさによって招来される隕石のサイズこそ違うが、一番小さいモノでも威力は絶大だ。

 たとえ俺が無事でもイツナたちはもちろん、観客たちだってただでは済まない。


 会場中がパニックに陥り、逃げ惑う人々が出口に殺到した。

 誘導も何もない以上、このままじゃ圧死する客も出てくる。

 まあ逃げても無駄だ。あのサイズなら城下町も全部巻き込まれて焦土と化す。


「ははは、リセットだリセット! 全部消してやり直しだ!」


 そして、ヒュラムはまさにをするつもりなのだ。

 自分の卑小な正体を知った人間の命を巻き添えにして、すべて消滅させようとしている。

 たぶん忘れているのだろう。このままでは自分も隕石に巻き込まれることを。


 この哀れな道化を仕留めたところで、一度招来された隕石が消えてなくなるわけじゃない。

 だから、止めるなら隕石のほうだ。


 幸い、前々回の世界で見た金の月よりだいぶ小さい。

 むしろ、アレぐらいならチートなしで戦う剣星流の力を見せるのにちょうどいい。


 剣に魔力波動を必要な分だけ纏わせて何度か振る。

 よし、かなり久しぶりだけど……なんとかできそうだ。


 放り投げた剣を逆手に持ち替え、腰だめに構える。

 土属性の魔力で鉄の剣が壊れないよう強化、コーティングした。

 その上から岩塊を掘削する風属性の魔力を、オリハルコンすら溶断する火属性の魔力を、高熱を消失させる水属性の魔力を、互いに打ち消し合わないよう、順番に流し込む。

 繊細な作業ではあったが、かつての血のにじむような訓練は俺を裏切らなかった。


「う、うわあぁーっ!?」


 剣がまるで竜巻を纏ったかのように螺旋の渦を生み出し、舞台の石畳やヒュラムを余波で吹き飛ばす。


「剣星流最終奥義――」


 さあ、エイゼム。

 今こそ見せよう。

 あの夜、お前に伝えた言葉の意味を。


「――星断ほしたち


 全身のバネを使って、逆手の剣を思い切り空に向かって振り上げる。

 切っ先から伸びた魔力の奔流が渦を巻きながら岩塊に叩きつけられた。

 それも一瞬。俺の魔力刃はいともたやすく隕石へ侵入し、反対側へと抜ける。

 真っ二つになった隕石は掘削の風と溶断の熱によりバラバラに砕かれながら、飛散した熱まで散らされて消滅した。


「剣星流は星を斬るつもりで剣を振るう流派にあらず――」


 消え行く星を見上げるエイゼムが誰ともなく呟くのを俺の地獄耳が拾う。

 あの夜、俺が告げた言葉。


「――剣星流の極意はその名の如く、剣で星を斬ることにあり」

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