第34話 師弟

 あれから起きたことを話そう。

 さすがに魔戦大会は一時中断となり、女王の言葉で明日に延期されることになった。

 あのまま続けるってわけにもいかないだろうし、しょうがないね。


 さて、ヒュラム達だが電撃的に逮捕された。

 未遂とはいえ王国全土を巻き込んでの破壊行為を目論見んだという国家騒乱罪の容疑でだ。

 剣星流への道場破りを始めとして他にも様々な余罪が本人の自白により明らかになった。


 特にアマリアとレリスちゃんは、ヒュラムの命令で王国要人を事故に見せかけて暗殺していたという。

 この分だとふたりは王国の地下に幽閉されて厳しい尋問を受け続けることになる。

 やってたことがやってたことだけに最終的には……そういうことになるだろうな。


 ヒュラムの方は新魔法開発の功績により、一時的に処刑を免れた形となった。

 俺に魔力波動と自殺を封印されて開拓地へ辺境送りである。扱いは奴隷。社会的にも完全に死んでいるので復帰することはない。

 アイツのことだから、案外めげずに「この世界の主人公は僕なんだ!」とか叫びながら切り株を掘り返したりするかもしれん。

 それならそれで、大好きな女奴隷のいない男だらけの流刑地で新たな世界を開拓するがいいさ。


 どうせ底辺からの成り上がりを目指したところで待ち受ける運命は変わらない。

 ほとぼりが冷めて忘れ去られた頃、アイツは俺の『死のカウントダウンチート』により世にも恐ろしい幻を見て、惨めな生に幕を引くのだ。

 狂った末に死亡。そう判断され誰に看取られることもなく無意味に消え去る。

 人生をフルに使った死刑執行というわけだ。ま、俺にしてはヌルい気はするけどね。


 多分だけど女王もヒュラムの専横についてもともと苦々しく思ってたんじゃないかな。近衛隊長もそれっぽいこと言ってたし。

 でも、新魔法開発の功績もあって表立って批判するのが難しい。ああだこうだしてる間にヒュラムの権力が高くなっちゃって、みたいな?

 だとしたらアイツの暴走は女王にとって好都合なスキャンダルだったのかもね。

 ま、どうでもいいけど。

 

 そんなことはさておき。

 何故か俺達は王城に招待されていた。

 まあ、俺の正体が剣星トーリスと知られた以上、何故かってこともないだろうが。


 国賓待遇で女王と夕食パーティとのことだったので、遠慮なくご相伴にあずかることにした。

 一応庇ってもらった恩があるし、俺を召喚したクズ王族ってわけでもないから、それぐらいはね。


 人払いされた部屋には、女王と近衛隊長の爺さんしかいなかった。

 豪華な食事は脂っぽいなんてこともなく、しっかり日本人好みの味つけになっている。

 ヒュラムがいろいろ素材やら調理法に拘ったためとのこと。ひょっとするとヤツ一番の功績かもしれん。

 イツナやシアンヌもご満悦の様子だし、何よりだ。


 長いテーブルの向かい側。

 女王が慈しむような瞳で俺を見た。


「それにしても本当にお久しぶりですね。私を覚えていませんか?」


 女王の問いかけに、俺は頭を掻くしかない。


「えーと、どこでお会いしましたっけ?」


 俺の答えは予想していたのだろうけど、女王の表情がはっきり悲しみに歪んだ。

 ため息を吐いてから、額を抑えて頭を振る。


「いざはっきり言われるとショックですね。ですが、貴方は私とは違う時間を生きる存在。仕方のないことなのでしょう」


 う、そんな言い方をされるとこっちとしてもつらいな。


「大会でも申し上げたとおり、貴方は子供だった頃の私を救ってくれたのですよ」


 怒るでもなく責めるでもなく、女王は静かに語りかけてくる。


 えーと、子供ってことはまだ女王じゃなかったってことで。

 小さい姫様を賊から助けたっていうと……。

 あ。


「まさか、お前……お転婆エルか!?」

「ふふ、お久しぶりですね」


 いたずらっぽく笑う女王。

 その顔が、俺の記憶にある10歳ぐらいの少女の笑顔にぴったり重なった。

 いやー、言われてみれば老けたのに面影残ってるわ。


「じゃあ、まさか爺さんのほうはガリノッポか!!」

「ええ、そうです」


 近衛隊長の爺さんが鷹揚に頷く。

 いやお前、もっとやせっぽっちでヒョロヒョロだったじゃんか!

 イメージが違い過ぎるだろ、わかんねぇよ!


「つーかマジか! いやー、ふたりとも立派になったなー」


 誓約を果たすために異世界に逗留していたとき、たまたま国のお姫様を助けたことがあった。

 この異世界に来たことがあるのは思い出してたけど、そういえばそうか。ここってあのときの世界だったわな。


 いやー、すっげえ懐かしい。

 俺の記憶と体内時計が正しければ2464年3時間43分22秒ぐらい前かな。

 まだ俺がロクにチートも持ってなくてメチャクチャ弱かった頃の話だわ。

 もちろん今の俺から見て弱いって話だけど、そんな前のことだっけかー。


「50年ですからねぇ。覚えていますか。あの頃、貴方は私の召使いだったリアムに剣を教えていましたよ」

「ああ、そういやアイツそうだった!」


 というか、前にこの異世界に来た時の誓約がリアムっていうガキに剣を教えることだった。

 エイゼムの父親にあたる人物である。


 誓約自体は「強くなりたい」とかそんな感じだったと思うけど。

 そのときに俺に散々イタズラを仕掛けてきたお姫様が、目の前にいる女王ことお転婆エルだ。

 エルの護衛役のガリノッポが一番被害を被ってた覚えがある。


 女王が思い出を反芻するためか、ゆっくりと瞑目する。


「貴方はなかなか名乗ろうとしてくれませんでした」

「まあ、あの頃は……異世界に自分の名を残すのがなんとなく嫌だったからな」


 エルの懐かしむような言葉に俺も自嘲気味に頭を掻く。


 リアムに何度も何度も名前を聞かれたけど、俺は頑として教えなかった。

 誓約によって召喚され、それを果たせば役目を終えて消える。だから名乗る必要もないんだと……酒の肴に話した記憶がある。


 結果的にそのせいで、不名誉な名前が残ってしまったわけだが。


「それにしても剣星トーリス・ガリノイ……ねぇ。そこまでしか聞き取れなかったわけか」

「ええ……」


 俺のぼやきにエルが優しい笑みを浮かべながら頷く。


 別になんてことはない、まったくもってくだらない話だ。

 エルを賊から助け出した後、何故か俺の足元に召喚陣が現れた。

 転移する直前にリアムに名前をせがまれた俺は仕方なく咄嗟の思い付きで「通りすがりの異世界トリッパー、逆萩亮二だ」と応えようとしたのだが。

 名乗り終わる途中で次の世界に召喚されてしまった。


 そう、劇団員さんたちの異世界のときと同じようにね。


 ちなみにそのとき途中まで言えたセリフっていうのが。

 と、お、り、す、が、り、の、い。

 すなわちトーリス・ガリノイだ。


 エイゼムの構えを見たときに、この異世界がリアムに剣を教えた世界だってのは気づいた。

 エイゼムがリアムの息子で、剣星トーリスっていうのが多分俺のことだっていうのも、あの時点で察したんだけど。

 「なんでトーリス?」という疑問に対するオチが、まさか名乗り損ないだったとは。

 準決勝で女王が剣星のフルネームを宣言するまで想像だにせなんだ。


 今思えば「通りすがりの異世界トリッパー」を名乗るようになったのは、あれがきっかけだったな。

 名乗ることに躊躇を覚えなくなったのも、心のどこかにエル達に名前を告げられなかった後悔があったからかもしれない。


「そういや、そもそもなんで誓約達成になっちまったんだろう」

「きっとリアムの本当の願いは、私を守る力を手に入れることだったのではないかと」


 そういえばエルを人質に取った盗賊の親玉を斬り伏せたのはリアムだったな。

 そうか、あれでかー。

 強くなりたいと願ったのも、全部エルのためだったってわけか。


「あいつはどういう最期だった?」

「……戦争で」

「そっか」


 エルの声からくみ取れた感情は悲しみではなく、懐かしさだった。

 もう彼女にとっては昔のことなんだろう。

 剣星流として王国指南役を務めたリアムと女王となったエルの間に何があったのかは、想像するしかない。


「ところで」


 エルが人差し指を立てて話題を変えた。


「貴方の誓約は魔戦大会での優勝なのでしょう? でしたら、今日はいきなりいなくなるなんてことないですよね?」

「あ、そういうことかエル。謀ったな」


 くすくすと笑うエルは、まるで子供のようで。

 目の前の女王があのときの悪戯好きの少女なのだと実感できた。


「今でも考えることがあるのですよ? もし、貴方について行ったなら……私はどんな人生を歩んでいたのかと」


 誤解されると嫌なので言っておくが、俺は10歳の女の子を嫁に誘っていたわけではない。

 王族という立場に嫌気がさしていたエルが「連れて行ってくれる?」と聞いてきたのだ。

 まあ、断ったんだけど。


「エルは立派にやってるだろ。今の生き方を否定するような『もし』なんて、考えなくていいさ」

「相変わらず、貴方は女心というものがわからないのですね」

「女心っていう歳かよ」

「まあ! 女はどれだけ歳を重ねても女心はあるのですよ?」


 昔のようなやりとりを交わした後、エルがパンパンと手を叩く。

 給仕たちがデザートが運んできた。


「さあ、今夜は語り明かしましょう。あれから何があったか話したいですし、貴方の話も聞きたいですわ」

「あ、それわたしも聞きたいー!」

「フン」


 どうやらイツナとシアンヌも興味があるらしい。

 さて、これは長い夜になりそうだ……。




「剣星流開祖、剣星トーリス」


 観客席でイツナとシアンヌの準決勝が始まるのを腕を組んで待っていると、道場に残っていたはずのエイゼムが俺の隣に座った。

 互いに申し合わせたように舞台の方に目をやり、顔を合わせない。


「サカハギでいい」

「そうか。じゃあ、サカハギ」


 エイゼムが着席したまま、綺麗な一礼をする。 

 俺が教えていないような礼儀作法まで、リアムは息子に叩きこんでいたようだ。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 姿勢を変えることなく、俺は頭だけで頷いた。

 エイゼムが姿勢を戻すと、再び俺たちは不動のまま舞台を見つめる。


「アンタがあれだけの試合を見せてくれたんだ。門下生も戻ってくると思う」

「だといいな」

「それにアンタが教えてくれた魔力波動ってやつ、なんとなくわかってきたよ」

「そうか」


 たった2日だが、俺はエイゼムに魔力波動の操作を特訓した。

 時間がないのでせいぜいコツを教えた程度だが、俺の指示したとおり自己鍛錬に励み続ければいずれ完全に会得できるだろう。


「確かにアンタが見せてくれたとおり、この力なら新魔法にだって負けない剣を使えるようになる」


 エイゼムには鑑定眼を与えていない。

 それでもまるで魔力波動が見えているかのように、エイゼムは自分の手を見つめた。


「だけど、この魔力波動の操作が誰にでも覚えられる技術だっていうことは、ヒュラムがいなくなっても新魔法もどんどん研究されて強くなっていくってことだ」

「そうだろうな」


 エルも今回の事件のせいで魔法が衰退しないよう保護し、発展させていくと言ってたしな。


「だったら俺も剣星流を磨き上げて、新魔法に負けないようにしなきゃいけない」


 エイゼムが何かを思い出したように顔を上げて、舞台の方に視線を戻す。


「そういえば新魔法……ヒュラムが名付けて縁起が悪いって言うんで、波動魔法っていう名前に変えるそうだ。知ってたか?」

「いや、初耳」


 あー、だからエルってばヒュラムとの会話について根掘り葉掘り聞いてきたのか。

 魔力波動を使えば剣と魔法を融合できるだとか目を輝かせてたし。

 まさか剣星トーリスの名前を利用するつもりか。

 お願いだから、やめろください。


 俺が渋い顔をしていると、エイゼムが真剣な顔で口を開いた。


「ひとつだけ教えてくれ。剣星流とは……一体なんなんだ?」


 剣星流か。

 もちろん、そんな名前では呼んでいなかったし俺の我流だ……と言い張りたいところだが。

 実を言うと俺の剣技はチートがほとんどない頃、ある剣の達人から教えられたものを元にしている。

 さらに他の異世界で覚えた剣技……そこに共通する長所を徹底的に伸ばした統合剣技が剣星流だと言えるかもしれない。


 確かに魔力波動を使うことを前提とした剣技としては、俺のオリジナルだと言える。

 だけど、もともとが強大な魔王やチートクズ野郎どもを屠るために編み出した嫉妬と憎悪の剣だ。

 奥義の名前も割とテキトーだし、エイゼムだってそんな真実を聞きたいわけじゃないだろう。


「敢えて言うなら、剣星流は人間の持つ可能性そのものさ」


 チートに頼らずチートを倒す。

 これこそ剣星流の存在意義だ。


 俺の答えにエイゼムは表情を変えぬまま、ただ一礼した。

 まるで、これから始まる試合に対して感謝を捧げるかのように。


「さあ、皆さん大変長らくお待たせいたしました! Aブロック準決勝! 昨日はいろいろあったせいでお流れになりそうでしたが、無事にイツナ選手とシアンヌ選手の試合となります! 早速入場していただきましょう!」


 実況ちゃんの元気な声を皮切りに、会場中が拍手に包まれる。

 観客全員によるスタンディングオベーションだ。

 俺とエイゼムだけが最前列に着席したまま、舞台に上がるイツナとシアンヌを見守っていた。


「魔戦試合、準決勝」


 昨日、ちゃんと場外に避難して星断ほしたちの衝撃波に吹っ飛ばされなかった審判の人が手を振り上げる。

 誰もが固唾を呑んで舞台を見守る中、俺はこの空気の何かに面白さを感じてフッと笑みをこぼした。


「始め!」

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